389.手段と目的


「まあ、待ってくれ、アレックス」


 俺を落ち着かせようとするかのように、軽くお手上げのポーズを取るアーサー。


「僕は別に、アレックスのことを……その、人類の敵、邪法使いだと疑っているわけじゃないんだ」


 あくまで穏やかな笑みを浮かべて言った。


「ただちょっと、びっくりしちゃってさ。あれ、アンデッドだよね? 広義の」

「……まあ、死霊術の一形態であることは認めよう」


 俺はいかにも、渋々といった感じでうなずいてみせる。アンデッドなのは事実なので、これ以上グダグダと見苦しい言い訳をするべきではない。


「前にも話したと思うが、俺の家系は代々でな」


 でろっ、と手から闇の魔力を溢れさせた。うん、本当に代々こういう感じなので、何も嘘は言っていないな!


「俺は、諸々の呪詛や死霊術など、いわゆる邪法と呼ばれる術理の、対策を研究する役目も担っているんだ」


 こう見えて魔王国死霊術研究所長(6)なんだ、俺……。ちなみにこの間、しっかりと防音の結界は展開しているので問題はない。


「その中で発見されたのが――アンデッドと聖属性の融合。特定の条件下で、アンデッドは聖属性への耐性を獲得する」

「……その条件ってのは教えてくれないのかい?」

「秘中の秘なんだ、察してくれ」


 軽い調子で踏み込んでくるアーサーに、俺もまたおどけたふうに肩をすくめる。



 これは――罠だ。



 アーサーじゃなく、エンマに対する罠。仮にアーサーが前線で活躍し、その果てに討ち死に、エンマに魂を引っこ抜かれて情報が漏れたとしよう。


 アンデッドに聖耐性獲得の可能性があると知ったなら――アイツはどうする?


 十中八九、その仕組みを解明しようと躍起になるはずだ。そしてアイツの、魂を変質させ死者を意のままに操ろうとする、正統派邪法の死霊術では、絶対にこの領域にはたどり着けない。


 アイツの研究リソースを、かなり無駄遣いさせることができる。あと『闇属性持ちの勇者アレックス像』も、魔王子ジルバギアスからかなり遠ざかるはずだ。聖属性を使えるのが意味わかんないから。


『しかし、愚かとは言えあの女も研究熱心じゃ、時間をかけて聖霊化の手法にたどり着くやもしれんぞ?』


 まあ、それならそれで構わないっつーか……仮に仕組みがわかったところでアイツには絶対再現不可能だしな。


 魂が生前と変わらず、人類の敵への強い憎しみがあり、人類に仇なさない。


 これがおそらく聖霊化の条件だ、そしてエンマは全部外れてる。そもそも聖銀呪の使い手の協力がないと、ロクに実験すらできないだろうし。


『ふむ……ならば構わんか。この男アーサーには、敢えて対死霊術師の自滅方法やらを注意喚起せず、エンマに情報を漏らしてやるという手もあるかもしれんのぅ』


 アンテが意地の悪い声で言った。いや~わざわざそれを狙うのはどうだろうな? 積極的に罠として活用するには迂遠すぎるというか。そもそも、アーサーには死んでほしくねえんだわ、戦力的な意味で。


 まあ、それは追々話すとして……


「俺が一族でも変わり種ってことも、話したよな。闇属性持ちの勇者なんて滅多にいないから、この分野の研究はほとんど進んでいないんだ」


 もしかしたら歴史上、俺以外にもいたかもしれないが、そもそも聖教会における死霊術の研究そのものがそれほど進んでない上に、『アンデッド=人類の敵』という既成概念が強すぎて、聖霊化にまでは至らないと思う。


「聖霊術は、かなりデリケートな魔法なんだ。『聖霊』という存在が成立したのも、あくまで偶然の産物というか、おかしくない」

「……ふむ」


 アーサーが真顔になって、腕組みした。


 聖銀呪のについても、おそらく一定の理解があるアーサーなら、俺の言わんとすることを察しただろう。奇跡的に『人類の敵』判定をすり抜けたのが聖霊たちで、それがいつ崩壊してもおかしくはないということを。


 ……まあ、『人類の敵』を焼くのが聖銀呪。その判定が魂の質にまで及び、前世の強いアイデンティティを保ち続けているならば『人類』判定になる、ということは他でもない俺自身が証明している。


 別に広く知られたところで、大丈夫なんじゃないかって気はするんだが……必要もないのに喧伝する意味はない、よなぁ。


 というか俺が呼び出した霊魂を、第三者が聖銀呪で聖霊化することは可能なんだろうか。闇属性以外の魔力で可能なのか? 俺が術師かつ聖銀呪の使い手だから、成立する芸当なんじゃないかって直感的には思うんだが……


『実験してみればよいではないか。アーサーに知られた以上、今がまたとない機会じゃぞ』


 いや~~~失敗したら霊魂が消滅するからなぁ~~~~! しかもフッと消えるんじゃなくて、聖銀呪に焼かれて悶え苦しんで……ウッ、さっき湖賊に殺られた船員に頼まれて、試しに聖霊化を試みて失敗した記憶が……


『おほーっ』


 あれは悲しかった……。


「なるほど、まさに『秘術』というわけだ」


 密かに凹む俺をよそに、アーサーはうんうんとうなずいていた。


「あんまり知れ渡ると、どんな影響があるかもわからないし、神秘性が揺らぐかもしれないしね……」


 どこかしみじみとした口調。……なんか妙に実感を伴った言葉だな。やっぱりアーサーも何がしかの秘術を抱えてんな?


「よし、こうしよう」


 気持ちを切り替えたアーサーが、ぱんと手を叩いて居住まいを正す。


「僕は魔法学者じゃないから、詳しい術理とかは割とどうでもいい。今、最も大切なのは、アウリトス湖に棲み着いた吸血鬼どもをいかに一掃するか、だ。詮索はなしにして、事実だけを教えてくれアレックス」


 ニヤリと笑うアーサー。


「君は、死者からの証言を『占い』の結果ということにして、僕を導こうとしてくれていたんだろう?」


 それについては隠しようがないな。俺は無言で首肯した。


「犠牲者たちの証言で、僕に話してないことはあるかい?」

「吸血鬼どもの居場所を特定するのに、必要と思われる情報は全て話してある。割愛したのは……犠牲者たちのプライベートな話だ」


 最期に家族に会いたいとか、個人的な感情のアレコレとか、そういうやつだ。


「……なるほど。君は、犠牲者を全て把握しているのか?」

「いいや、全員じゃない。死亡時に強い憎しみや未練などを抱いていない限り、自我や記憶は速やかに喪われていく。霊魂が消滅することもある。特に、魔力が弱い人族は、な……」

「…………」


 アーサーは何か聞きたそうに口を開きかけたが、鋼の意志でそれを抑えつけたようだった。死者について、何か尋ねたいことでもあったのかな。まあ、あるよな。前線で命を落とした戦友や親戚、可能なら話してみたいよな……


「すまない、力になれなくて」

「いや……いいんだ。素人がみだりに踏み込むべき領域じゃないってことは、わかってる。下手に手を出して、勇者の資格を失いでもしたら大変だ……」


 苦笑いして、アーサーは首を振る。


 ……なんというか、身につまされる言だ。


 俺は今でも当然のように聖銀呪を使っているけど、それがずっと続くとは……そうだな、限らないわけか……。




 その後、俺はアーサーと実務的なことを話した。


 アーサーは俺の『占い』を情報源のひとつとみなしていたが、100%信頼していたわけでもなかった。……当たり前だ、『占い』程度じゃな。


 しかし、犠牲者から直接証言を得ていたとなれば話は別、信頼性が段違いだ。都市国家アテタイの中型商船が襲われて多数の犠牲者が出たのは『事実』――であれば、俺がさり気なく促すまでもなく、アーサーも旅程を早める必要性を感じ始めた。


「ちょっと船長に相談してくる。積み荷の問題があるから簡単ではないけど、最悪の場合はニードアルン号を借り上げることも考慮にいれなきゃ」

「別の小型快速船を借りるって手は?」

「今の情勢下で、北部まで乗り込んでくれる船乗りって意外と少ないんだ。さらに、信頼できる人となるとね」


 なかなか見つからない、と。


「各都市国家で都度、連絡船を手配するくらいなら、最初から遠距離航路を取る予定だったニードアルン号に頼んだ方が早いし、確実だし、結果的に安い」

「そりゃそうだ」


 予算だって無限じゃないしな。


 シャツと短パンだけというめっちゃラフな格好をしていたアーサーは、港で船長に相談するために、身支度を整え始めた。


「……もうちょっと早く話してくれていたら、って気持ちがないと言えば嘘になるんだけど」


 腰に聖剣を佩きながら、アーサーが複雑な面持ちを見せた。


「僕もあんまり人のことは言えないんだよね……」


 左手に、勇者王の小型盾を装着しながら。


「今度、僕のこともちょっと話すよ」

「暇ができたらでいいさ」

「幸い、出航したら暇な時間はあるからね」


 防音の結界を解いて、階下へ。居間ではレイラと、アーサーの臨月の奥さんがお茶を飲みながら談笑していた。


「あら、あなた――」


 階段からの足音に、パッと顔を輝かせた奥さんが、身支度を整えたアーサーに何かを察したような笑みを浮かべる。


「……もう、行くの?」

「まだ出発するわけじゃないよ。ちょっと港に用事ができただけさ」


 椅子から立ち上がろうとする奥さんを押し留めて、アーサーがチュッとその頬に口づけた。


「ごめんね。すぐに帰ってくるから」

「いいの、気をつけてね」


 ……非常に申し訳なくなった。


「すいません奥さん、旦那さんに用事を作ってしまって」

「いえいえ、大事な御役目ですから。それに……」


 大きなお腹を撫でながら、奥さんは微笑む。


「アーサーと、勇者と結婚したときに、覚悟はもう決めたんです」


 ねえ、となぜかレイラに笑いかける奥さん。レイラもはにかんだような、どこか寂しげな、それでいて確固たる意志を覗かせる笑みでそれに応えていた。


「じゃ、行ってくるよ」


 それから家を出て、アーサーは夕暮れの街へ足早に消えていった。


「……俺たちも帰ろっか」

「はい」


 レイラの指と、俺の指が、すっと絡み合った。手をつないで、俺たちも宿屋に向かって歩き出す。



 悪いことしたな。とっとと吸血鬼どもを片付けて、アーサーには家族とのんびりしてもらわないと。



 ……その、身体がひとつしかない以上、家族とゆっくりするのは、なかなかに大変だろうけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る