553.毒喰らわば

【前回のあらすじ】

オディゴス「考えるな、感じろ」

リリアナ「ぅわん……!」

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「放てェ――!」


 指揮官のかけ声に、壁上、ずらりと並んだ人族兵士が一斉に引き金を絞った。


 ドワーフ製の機械弓だ。ババババッと弓が震える音が幾重にも響き渡り、短く太いダーツのような矢が唸りを上げて魔王軍に降り注ぐ。


 魔族戦士を狙ったものは、ほとんどが矢避けの魔法や防護の呪文に阻まれたが、高所からの打ち下ろしゆえ矢弾にも勢いがあった。当たりどころが悪く矢傷を負う魔族、握っていた棍棒ごと腕を吹っ飛ばされ途方に暮れるオーガ兵、容赦なく胴体を撃ち抜かれて血溜まりに沈む猫系獣人兵――


「当たったぞ!」

「やった、いい気味だ!」

「そのまま苦しんで死にやがれ……!」


 どこか怯えたような顔で、傷を庇いながら下がっていく魔族戦士に、兵士たちが嗜虐的な笑みを浮かべて叫んだ。


 これまでのが活かされた矢だ――ドワーフ仕込みの鉱毒がたっぷりと塗り込まれている。たとえ傷そのものが大したことがなくとも、闇の輩では解毒が叶わず、じわじわと苦しむ羽目になるだろう。


「っと、やべえ、矢に触っちまった……」


 が、それを扱う兵士たちも、毒は素人なのでついうっかりやられてしまうリスクに晒されていた。


「マジか! ……まあ直接体内に入れなきゃ数日は大丈夫って話だし」

「ぶっ倒れる前に解毒してもらえばいいだけのことだからな!」

「どのみちこのまんまだと魔族に蹂躙されて終わりだしよォ!」


 ガハハハ! とヤケクソ気味に笑う兵士たち。闇の輩と違って、聖教会に森エルフの術師と、解毒の手段には事欠かないだけに余裕があった。何より、一般兵士でさえ魔族戦士に致命傷を与えられるかもしれない、という点で毒の弊害を補って余りある。


「ブッ殺してやるぞ、魔族ども……!!」


 血走った目で機械弓を構え、毒の矢弾を装填する兵士たち。この関門を突破されれば、あとは平野が広がるのみ。後方の家族を、故郷を、国を守るには、毒に蝕まれてもここで踏ん張るしかない……!


「じゃんじゃん使え! 材料なんぞ、地下にそれこそ掃いて捨てるほどあるからな! ガアッハッハッハ……!」


 壁上のドワーフ鍛冶戦士もまた、どこかやけっぱちに笑っている。鍛冶仕事の合間に出る有毒の廃棄物は、大昔は適当にそこらへんに捨てていたが、公害が酷いことになり森エルフとの戦争の原因にもなったので、現在では容器に密閉し地下深くに埋めるのがお決まりになっている。


 が、闇の輩にも使える治癒術【転置呪】の存在が判明した以上、ドワーフ連合としても毒の使用に踏み切らざるを得なかった。


 ……苦渋の決断だ。鍛冶の腕を見込まれて捕虜に取られることが多いドワーフも、毒を使えば魔族の怒りを買って待遇が悪化する可能性が高い。また、武具作りが生きがいの職人としても、毒なんぞに頼るのは邪道も邪道で、できれば越えたくない一線だった。


 しかし魔王国の侵攻を止めるには、出生率に劣る魔族の頭数を、確実に削っていくことが何よりも重要なので致し方ない。


「しばらく何も植えられねえなぁ、あの辺りは」

「なぁに。国が亡くなるのに比べりゃマシだ……」


 地面に突き刺さる無数の矢を眺めながら、鍛冶戦士たちがボソボソと話している。それを耳にした森エルフ弓兵が渋面になり、「自分が魔族を仕留めれば毒矢を放つ必要がなくなる」と言わんばかりに、土壌汚染を止めるべく必死で矢を放ち始める。


「いいぞ、その調子だ! 第2隊前へ!」


 そんな他種族の複雑な心境などどこ吹く風で、人族の指揮官がさらに命じた。撃ち終えた兵が下がり、すでに装填を終えた次の兵士たちが続々と機械弓を構える。


「放てェ!」


 ババババンッと唸る機械弓の群れ。矢弾の餌食になった者たちの悲鳴が響く。ちらほら戦果は上がっているが――犠牲になるのは木っ端魔族や獣人兵ばかり。生物ではない悪魔兵に毒は効かないし、有力な魔族は【石操呪】やら【狩猟域】やらで防御を固めながら進軍しているので、そもそも矢が届かない。


「クソっ、アイツらはどうしたら……」


 結界の内側でぬくぬくと過ごしている魔族の一団を睨み、機械弓を手に歯噛みする兵士。しかし迂闊にも壁から身を乗り出したままだった彼は、眼下の悪魔兵が呪いの炎弾を放とうとしていることに気づかなかった。


「危ない!【神鳴フールメン!】」

「うおっ!?」


 兵士のすぐそばの双剣使いが、銀色に輝く雷の魔力で火の玉を迎撃。空中で魔力がぶつかり合い、爆発。壁下で粘つく闇の炎が撒き散らされた。


「あっ……ありがとうございます、勇者殿」

「あいや、私はヴァンパ――うん。まあ何事もなくてよかった」


 九死に一生を得た顔面蒼白の兵士に、訂正しかけた双剣使いのは、言葉を飲み込んで小さく微笑んだ。双剣使いは激戦をくぐり抜けてきたらしく、体中が砂埃にまみれ、特徴的な片眼鏡モノクルには血が付着し、赤黒い革のコートはずたぼろ、胸元に揺れる懐中時計には穴が空いていた。


「夜エルフの矢が止まったとはいえ、敵の呪詛や魔法は健在だ。油断しないように」

「はっ、はい」


 笑みを消し、言い含めるようにして注意する双剣の勇者に、兵士もこくこくと壊れた人形のようにうなずいた。双剣の勇者はそのまま慎重に、城壁に設けられた鋸壁(上部の凸凹した部分)の隙間から、眼下の様子を窺う。


 魔王軍は機械弓の迎撃で少なくない死傷者を出しながらも、進軍の足を止めることなく着実に距離を詰めてきている――


「……勇者殿、夜エルフの毒矢、全然飛んでこなくなりましたね」

「そうだな。先ほど、あの美しい光の矢の雨が降り注いでからパッタリと止んだ……偶然とは思えない」


 正門を挟んでここから反対側、壁上で大規模魔法が行使されたときは、思わず同盟軍の皆が見惚れたものだ。おそらく森エルフの神話級の奇跡――周囲の森エルフ弓兵たちも唖然としていたあたり、予定されていた援軍ではないのかもしれない。


 ただ、早々連発できるものでもないようで、今は控えめな光の矢や成長する枝の矢(?)が時折放たれるに留まっている。それでも魔族戦士が確実にブチ抜かれており大戦果だ。


「あの結界使いの魔族ども、どうやって対処したらいいんでしょう?」


 遠慮がちに、どこかすがるように、兵士が尋ねてきた。


「……あの結界には、我々も前線で手を焼かされたよ」


 苦虫を噛み潰したような顔で双剣使いの勇者は答える。結界使いの魔族どもは、石壁を展開しながら進む魔族の一団と、文字通り双璧をなす強敵だ。


「たいていの魔法は弾かれてしまうから、もっと引きつけて鍛冶戦士団にかち割ってもらうか、はたまた接近戦で武聖を援護して突破するか――」


 ぶぉぉん。


 頭上を、大質量が飛び越えていく。


「――もしくは、結界でも防ぎきれないほどの威力を叩き込むか、だな」


 ドワーフの投石機だ。人族の大人を優に超える大きさの岩砲弾が、勢いよくドーム状の結界に激突し、バキンッとヒビを入れた。魔族たちが慌ててその場でくるくると舞い、結界を張り直している。


「ああっ、惜しい!」

「連続で命中すればかち割れるかもな。君も狙撃の機会を窺うといい」

「はいっ! 結界が割れたらブチ込んでやるぞ……!」


 鼻息も荒く、魔族どもの動向を注視する兵士。


「そうだ、その意気だ」


 もまた、その手に握った双剣にパチバチッと雷の魔力を走らせる。


「皆の敵を討つ……!!」


 凶暴で、悲壮な笑みを浮かべながら。


 石壁と結界、それぞれ展開する上位魔族どもの軍勢が、ついに関門の城壁に迫ろうとしていた。まもなく、血で血を洗う白兵戦が始まる――



          †††



 ――赤熱したアダマスが、ゆったりとしたリズムで銀色のオーラを放っている。


「ようやくお目覚めだ」


 額の汗を拭ったアインツが呆れたように溜息をついた。長かった……ここまで本当に長かった。これでようやく、打ち直しが本格的に始められる――ということを考えると、気が重くなってしまいそうだが。


 それでも、アダマスが目覚めてくれたことが、何よりも嬉しい。俺は喜びを噛み締めながら、機械的に手を動かす。


 ゴリゴリゴリ……


「おっ、おほっ!♡ ほぉぉぉぉッッ!!♡」

「まったく手間かけさせやがって……」


 ――アインツの目には、手のかかる子どもに苦笑いする親のような、慈愛が満ちている。ここまでぶっ通しで、魔力を振り絞りながらアーヴァロン・ハンマーを振るい続けていたのだ。今はアーヴァロンを俺が借り受けていることもあり、しばし腕を休めている。


「そう言わないでやってくれ、悪いのは俺だから……」

「それは全く間違いないが、こいつの目覚めが悪かったのも事実だからな。もう下手な剣ならとっくの昔に打ち終えるくらい魔力を注ぎ込んだぞ……」


 俺の言葉に、フンと鼻を鳴らすアインツ。


 ギコギコ……ゴリゴリ……


「つっ角がっ♡ 我の角がぁぁぁ!♡ 魔神の象徴がぁぁぁ!♡」


 アダマスはゆらゆらとオーラをたなびかせている。まるで「ここは……? 自分はいったい……?」と困惑しているかのような印象を受けた。


 ギコギコギコ……


 ――クソッ、それにしても硬いな。もうちょい力いれるか……


 ギーコギコギコ! ゴリゴリゴリ!


「ほおおおああああっ!? おおおおおぉぉぁぁっっ♡」


 うおっめっちゃ暴れ始めた……これ手元が狂って危ないぞ。


「レイラ、悪いんだけど、ちょっと押さえててくれないか? やりづらくて」

「は、はい……」


 少し顔を引き攣らせたレイラが、俺の膝の上、暴れ散らかす褐色の疑似生命体の足を両手でギュッと押さえつけようとした。


 が、想像以上に力が強く手に負えないので、やむなく足の上に全体重をかけて座り込む方針に切り替えたようだ。


「これでいいですか?」

「うん、だいぶんやりやすくなった。ありがとう」


 さて、ちゃっちゃと仕上げよう。なんていうか……たまれないし……


 ギコギコギコ! グリグリ!


「おおおおあああッ!♡ ほあああああ――ッッ!♡」

『うーん……なんともアレだねえ……』


 テーブルの上で頬杖をついたバルバラが、渋い顔をしている。


『見るに堪えないね……』

『まさかアーヴァロンのこんな使を見る日が来ようとは……』


 その隣、アーサーも遠い目をしている。バルバラもアーサーもボードゲームどころではないようだ、気持ちはわかる……


 ゴリグリガリ……ボギンッ!


「ほぁっ」


 あ、白目剥いた。


「ぉ……ほぉぉ……!!♡」


 もはや声もなくビクンビクンと悶絶している……


「採れたか」


 鍛冶場に何とも言えない気まずい空気が漂う中、アインツだけが平然とした顔で、まるでいちご狩りから戻ってきた俺を出迎えるかのようなノリで言った。


「うん……どうぞ。こっちもお返しする」


 俺はノコギリ状に変化させていたアーヴァロンと、をアインツに手渡した。



 ……魔神の角を。



「おへぁ……♡」


 ……それにしてもどうしたもんかな、この恍惚とした顔で失神した大魔神……。



 というわけで、どうも、鍛冶仕事に精を出していたジルバギアスです。



 魔神の角、伐採完了しました。





━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「よし、じゃあ次はお前の角だな」

「ウス……」



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