552.理論と感覚

【ジルバギアスひとくちIF話】


魔王「そうだ……選挙だ。選挙で次の魔王を決めよう。これならば内戦で国を割ることもなく、無駄な血も流れまい……」


 そんな思いつきで、魔王総選挙が公布された。魔王国の爵位を持つ者全員に投票権があり、各得票数が最も多い者が次なる魔王の座につく、と……!


 その結果――


「ウオオッ清き一票をよろしくお願いしまァす! さもなくば殺す!」

「俺に投票しろ! 俺が即位した暁には、俺に投票した者全員の爵位をひとつ、いやふたつ上げてやる!」

「なんのッ! それならば俺はみっつだァ!」

「貴様らまとめて俺に投票しやがれッ! おいそこのお前! 党首決闘だコラァ!」


 票の一票は血の一票……!


 暗殺……収賄……なんでもござれ!


 血で血を洗う選挙戦ッ! ここに開幕ッッ!


 ~~選挙制が魔王国を掬うと信じて……!~~


(ゴルドギアス専制の次回策にご期待ください)



【前回のあらすじ】

オディゴス「オディゴスガ――――ッッド!!」

リリアナ「ぐわあああああああッッ!!」(脳と喉と心臓に矢が刺さる

オディゴス「ぐわあああああああッッ!!」(バキボキに4つに分かれる

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「よかった……本当に無事でよかった……!」


 リリアナは胸を撫で下ろしたが、冷静に考えると『無事』ではない。オディゴスは4つの木片にバラされたような状態であり、数多くの悪魔兵も屠ってきたリリアナからすると、なんでこの有り様で爆散していないのか不思議なほどだった。


『よく見てくれたまえ……』


 痛みに震えながらも、オディゴスがふふんと笑う。


『完全に折れているわけではない。ちゃんと繋がっているんだ……!』


 ……よくよく目を凝らせば、物凄く細い糸のような繊維が、確かに繋がっていた。


『それが切れたら非常にマズいから気をつけてほしい』

「えっ……!?」


 こんな……こんな、赤ん坊が「たぁぃ」と引っ張るだけでプチッと切れてしまいそうな繊維1本で、オディゴスの命脈が保たれているというのか……!?


「嘘でしょ……!」


 思わずリリアナは癒やしの奇跡を使った。しかし、朽ちかけた大木をも一瞬で再生させてしまうはずの『聖女』の奇跡は、まるで鉄の塊でも癒やそうとしたかのように、オディゴスには何の効果もなかった。


『悪魔だからね。効かないさ』


 困ったように笑う最古参の悪魔オディゴス。魔力の塊であり、疑似生命体に過ぎない悪魔に、光の神々の恩恵はもたらされない――


 ただ、それ以上困惑する間もなく、ふわりとほどけたオディゴスがリリアナの中に戻ってくる。


『冷静に考えれば、この期に及んで実体を保つ意味があまりなかった。イテテ、これで少しはマシになったぞ……』


 人間であれば腰でもさすっていそうなイメージで、一息つくオディゴス。


『しかし、こんなざまでは当分、杖としても弓としても役目を果たせそうにない。リリアナ、君自身が【案内】の力を使いこなす必要があるようだ』

(任せて!)


 ふんす、と鼻息も荒くうなずくリリアナ。思えばこれまで、オディゴスにおんぶにだっこで頼り切りだった。身を呈して守ってくれたオディゴスに、その期待に応えねば!


(やってみせるわ……!!)


 そうして【案内】の権能を引き出すリリアナだったが――オディゴスの補助がなくなった途端、が一気に頭に流れ込んできた。 


「うっ……!」


 無数の選択肢。無限の可能性。それらが「えらんで、えらんで」と言わんばかりにリリアナに手を差し伸べてくる。あまりの情報量に吐き気を催す――


 正解はどれなのか。どうやって選んだらいいのか……!?


『正解、という呼び方はあまり好みではないね。どの道にも、その道なりの正しさというものがある』


 子どもを見守るような優しい口調で、オディゴスは言った。


(それは……そうかもしれないけど、何を根拠に、どういう基準で選べばいいの?)

『直感だね! 直感で選ぶしかない』

(直感……!? 勘ってこと!?)


 リリアナは胸の内で悲鳴を上げた。


(そんな、無理よ! 私こう見えて理論派なの!)


 そう、実はリリアナはガチガチの理論派だ。森エルフの魔法は、伝承や逸話をもとに魔力を編み上げるもの。広範な知識、繊細な魔力操作に相応の魔力の強さ、そして適切な属性があれば使。なぜならば根底には理論があるからだ。(ただしその前提条件を満たせる人族は滅多にいないが。)


 リリアナはその100年近い人生を理論と実践に費やしてきた。ハイエルフとしての生来の能力――触れただけで癒やしたり解呪したりできる――を除けば、感覚や直感でグワーッとやるのが苦手、というよりどうやればいいのかわからないのだ。


『ふぅむ、導きに関しては慣れと感覚としか言いようがないね』

(せめて目安とかはないの!? 良さげなものを判断する基準とか!)

『そういうのじゃないんだよなぁ、【案内】っていうのは……』


 やれやれ、と言わんばかりに首を振っていそうなオディゴス。


『これだ! と思えるものを選び取るんだ! 大丈夫だリリアナ、君は私が初めて選んだ最高の契約者だ! 君ならきっとできる! 頑張れ! 頑張れ!!』

(そんなこと言われても~~~!)


 わからないわよ、と頭を抱えるリリアナ。例えば、『次に討ち取るべきは誰?』という問いを思い浮かべると、「これだよ」「こっちだよ」「いやいやそっちだよ」と言わんばかりに、有力候補がわらわらと浮かんでくる。


 これはひとえに、『討ち取るべきと判断するか?』をリリアナが無意識のうちに考えてしまうからだ。爵位か? 魔力の強さか? それらに付随する指揮権か? それとも血統か? それらの指標に表れない人望か?


(でも……そうしてみると、理屈で導かれた有力候補が、真の導きにふさわしいとは思えないわ)


 そういったものを超越した、運命的な何かを選び取らねばならない、とリリアナは論理的に考える。


(だって、例えばアレクは、今となっては世界の命運を握るひとりだけれど、前世の勇者時代は決してずば抜けた実力者ではなかった……!)


 どんな戦場に放り込まれても生還するしぶとい勇者ではあったが――そして対魔王軍においてそれは特筆すべき才能ではあったが――強さという点では、上の下か、中の上といったところだった。


 それこそアーサー=ヒルバーンのように、もっと直接的に脅威となる勇者や剣聖は存在しただろう。だが、オディゴスがあの時代の戦場にいて、『魔王国に最もあだなす勇者は?』と問われていたら、真っ先にアレクを指し示していたはず……!


 もしも――魔族戦士の誰かが、しぶとく戦場から落ち延びるアレクをどうにか討ち取っていたら。


 そしてアレクが魔王城強襲作戦に参加することができなくなっていたら。


 世界の運命は大きく変わっていた……!


(何か……運命的な基準で判断しなければ)


【案内】の権能は論理を飛躍している。それはリリアナも理解できているつもりだったが、そういった観点から判断しようとすると――



 世界は、あまりにも無限の可能性で満ち溢れていた。



 ――リリアナの視界を【導き】が埋め尽くす。



「うううっ……!」


 頭がくらくらする。こんな無限に思える選択肢の中から、オディゴスは自信満々に、適切な導きを直感だけで選び取っていたというのか? 信じられない。自分にはできるとは思えない……!


 傍目から見れば、杖が折れてひとり泣いたり笑ったり苦しんだりしているようにしか見えないリリアナに、周囲の兵士たちも困惑気味だ。


『リリアナ、そう難しく考える必要はない――』


 オディゴスも、どう助言したものか困っているようだった。


『――感覚なんだ。これがいいな、とか、あれが良さそうだな、とか、そんなふうに気軽に選んでしまえばいい。己の内なる導きを信じるんだ……!』

(そう言われても……待って、『己の内なる導き』……?)


 その言葉で、リリアナはハッとした。


 そうだ。自分は理論派なのでダメだが。


 もうひとりいるではないか。


 生粋の感覚派が……!!


(『あなた』ならいけるんじゃない!?)


(……わう?)


「…………」


 おもむろに、胸元から1本の木の枝を取り出し、口に咥えてスチャッと四つん這いになるリリアナ。


「……リリィ?」


 何をやっているのか。どこか戦々恐々とした様子で声を掛けるオーダジュ。


「わぅ」


 枝を咥えたまま、リリアナは真顔で答えた。


「…………」


 固まるオーダジュ。怪訝な顔をする周囲の森エルフや兵士たち。へっへっへと息をしながらでキョロキョロとするリリアナ。


 にわかに異様な緊張感に包まれる中、頭を振ってペッと枝を放り捨てたリリアナが、「わぅん……!」と何か確信に満ち溢れた顔で、ペシッと枝を叩いた。前足で。


「……わかったわ」


 何事もなかったかのように、すっくと立ち上がるリリアナ。


「い、今のはいったい」

「……ある種の秘術よ」


 遠慮がちに声をかけた森エルフに、神妙な顔で答えるリリアナ。


「己の……その、獣性を解き放つというか。野生の勘で次に討ち果たすべき敵の位置を占ったの」

「な、なるほど……?」

「聞いたこともないぞ……」

「流石は秘術といったところか……」


 神話にも逸話にも伝説にも全く心当たりのない術に、ざわめきつつも(そして訝しみながらも)納得する森エルフたち。オーダジュだけが、額の汗を拭っていた。


(どうにかなったわね……)

『流石は私の契約者だ……見事! と契約できて良かった』

(わっふん)


 ただ人前では使いづらいかも――と思いつつ、城壁の向こうを見据えるリリアナ。


 現時点で、総大将は先ほどかち割り損ねた【石操呪】の防壁の向こうにいる。


 次点の重要人物は――リリアナから見て右手側、大規模に展開されたドーム状の結界の中にいるようだった。


 あれは知っている。サウロエ族の血統魔法、【狩猟域】。


(順当に考えてスピネズィアかしら)


 この戦場の鍵を握る重要人物、と考えると、理論的にも筋が通る相手。


 ジルバギアスの姉――そう思うと、少し、胸が痛むような感じがして、リリアナは自分でも驚いた。これまで戦場で敵に情をかけたことは一度もないのに。


 第5魔王子スピネズィア=サウロエ。面識はない。


 魔王城で何度か遠目に見かけたのと、エヴァロティ自治区でのジルバギアスとスピネズィアの会食に、『ペット』として同席したことがあるだけ――


「…………」


 ジルバギアスの愛犬と化していた自分を、蔑むでも憎むでもなく、どこか、憐れむような目で見てきたのを――ぼんやりと覚えている。


 そしてジルバギアスが、思いの外、わんこを可愛がっていることを、意外に思いつつもどこかホッとしたような――


(……くぅん)


 リリアナは頭を振って、脳裏に浮かんだ光景を拭い去ろうとした。


(倒すべき、相手なのよ)


 感傷じみたものを振り払い、魔法で生み出した光の弓を構えるリリアナ。


【案内】に従って矢を放つ。……やはりサウロエ族の守りは硬い、普通に弾かれた。オディゴスが健在でも、あの幾重にも張り巡らされた結界は貫けたどうか。


(魔王の宮殿の結界を担当する一族は、伊達じゃないわね……)


 唇を引き結ぶ。極めて厄介な相手だ、特に弓矢と相性がいいとは言えない。あの結界をかいくぐるか、かち割ってしまう『何か』が必要だが……そんなことが果たして可能なのか。ドワーフ鍛冶戦士団の突破力に期待するしかないのか?



 と、そのとき、戦場が揺れた。



「うわあぁぁなんだアレは!」

「巨人!?」

「デカ魔族だ!!」


 突如として、地面から岩の巨人が


(! 偵察飛行で見かけた岩の魔族!!)


 最前線で、崩れ落ちたドワーフ砦を掘り返していたやつだ。近くで見ると確信できた、これはコルヴト族の【石操呪】で動かされている!


 険しい表情、眉間のシワやあごひげまで再現された岩巨人は、おもむろに長大な石の槍を上段に構え、関門の城壁を叩き割ろうと――


「させない!」


 リリアナは木の実を取り出し、生命の息吹を吹き込む。


「【天恵セレナム・繁茂オブシトゥス】」


 生ける枝の矢を放った。オディゴスほどの強弓ではないので、【石操呪】をかち割ったり傷つけたりすることはできない。


 だが、生い茂る枝葉の生命力は健在だ。


 みるみるうちに枝が巨像に絡みついていく。続けざまに矢を放つリリアナ、巨像の腕や足、胴体に枝の矢を絡みつかせ、その動きを阻害する――



 ぶおぉん。



 鈍い、風を切る音。後方から岩の砲弾が飛来した。ドワーフの投石機だ。



 大の男ほどの大きさもある岩が、動きを封じられていた石像に直撃。ごがぁんっ、と重低音が響き渡り、直撃に耐えかねた石像がぐらりと傾いて、土埃を巻き上げながら地面に倒れ込んだ。


「おおおおぉ……!」

「いいぞ、やっちまえ!」

「近寄らせるな――!」


 歓声を上げる兵士たち。人族の兵士も、獣人兵も、森エルフ弓兵も、各々に弓やドワーフ製の機械弓、はたまた投石紐スリングや単純にぶん投げる用の石ころを握り、眼下の魔王軍に次々に投げ落とし始める。



 ――裏を返せば、それらの射程に収まる程度に、距離が縮まっていた。



「…………」


 これからが本当の正念場だ。ぺろりと唇を舐めたリリアナは――


「わふん」


 スチャッと四つん這いになって、今の自分でも気軽に討ち取れる、優先順位高めの標的を――その答えを導くのだった。




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オーダジュ「もうちょっとこう、なんとかなりませんかの」

 リリ公 「くぅーん」

オーダジュ「…………」



※次回は戦場の他種族視点→アレク視点に戻す予定です。

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