17.帰還せし魔王子
どうも、現世に戻ったらめっちゃ背が伸びてた上、母に泣きつかれた魔王子ジルバギアスです。
取り乱していたプラティだが、さすがと言うべきか、数分程度で落ち着きを取り戻した。
聞けば、俺がポータルに入ってから丸半年が過ぎているらしい。
てっきり数年くらい経ってるのかと思ったが。意外と大したことねえじゃん――と思いきや、普通は数時間、遅くとも数日くらいで出てくるとのこと。
俺の生存は半ば絶望視されていたそうだ。
悪魔は基本的には魔族に友好的だが、中には、外界からの訪問者を問答無用で食っちまうような輩もいるらしい。ダークポータルに入って行方不明になった魔族も複数名いるんだとか。
俺を不安にさせないため、プラティは敢えて教えなかったそうだが。
「さすがのわたしも、もう、本当にダメかと思ったわ……」
最初の数日は余裕をカマしていたプラティだったが、5日を過ぎたあたりから不安になり始め、しかも話を聞きつけた他の王子の母たちが、わざわざドラゴンに乗って煽りに来たらしい。
「息子さん、まだ出てこないんですって?(笑)」
「生きて帰ってこれたらいいですわね(嘲笑)」
「最年少で魔界入り(笑)行方不明(爆笑)」
あのラズリエルを始めとして、入れ替わり立ち替わりやってきてはプークスクスしていたとか……。
プラティのメンタルはもうボロボロ。食事は喉を通らず、
念願かなって俺が帰還した今、メンタル完全復活を遂げたプラティは、「煽ってきた奴ら、死ぬほど後悔させてやる……!」と目を血走らせて復讐を誓っている。
他の母たち……俺が死んで、プラティは完全に権力争いから脱落したと思ったんだろうな……
これ、絶対ロクでもないことになるぞ。
「……それで、契約はしてきたのよね?」
コスモロッジ、とある宿屋の一室で。
ソファに腰掛けたプラティが、対面のアンテを見やる。
アンテは現世に来てからというもの、ずーっとニヤニヤしていた。プラティはその舐め腐った態度が気に食わないのか、眉をひそめている。
じろじろと、値踏みするような視線――お互いに。
息子がガラの悪い彼女を連れてきたら、こんな感じになるのかな……と俺は益体もないことを考えた。
ちなみに俺は着替えを入手して、サイズが合わないぶかぶかの服を着ている。素肌に毛皮のベストというイケメン蛮族スタイルだ……ポータルに入る直前は初春だったのに、季節はもう秋だよ。
しかし人族の10歳児くらいの体格だったのが、いきなり15歳くらいに……
アンテがこっそり教えてくれたが、契約に伴う俺の急激な『格』の上昇と、魔界→現世と世界を渡り、再構築された肉体が俺の魂の姿に近づこうとした結果らしい。
普通の魔族でも、魔界帰りで肉体が変化することはままあるそうで。
俺の場合それが極端に出た――と、プラティは解釈しているようだ。
「えっと、こいつは……制約の悪魔アンテです。本契約しました」
俺が黙ったままだと、プラティとアンテがいつまでもガンを飛ばし合っていそうな雰囲気だったので、仕方なく口を開く。プラティの目が今度はこっちを向いた。
「本契約だろうとは思っていたわ。……魔界で長く過ごした影響もあるかもしれないけど、あなたの魔力が見違えるほど強くなっているもの。そっちは上級悪魔なの? すごく……独特な感じがするわ」
ちなみに当のアンテは、「この我が……ひよっこ悪魔どもに等しい扱いを……屈辱……っ!」などとつぶやきながらビクンビクンしている。いや、まあ、独特っていうか、うん。とにかく、プラティもアンテの力量は測りかねたらしい。
「かなり上位なのは間違いないです」
上位どころか魔神だけどな。
「権能は?」
「契約内容や権能については、制約の関係で詳しく言えません」
俺は言葉を濁した。
「ただ、自分も含め、行動に何らかの制約を加えられると思っていただければ。あとは制約を課す、破るといった行為から、力を得ることもできます」
「ふむ……呪縛系の魔法ね。
憮然とした顔でプラティ。俺の不在中、無様を晒した自覚はあるのだろう。そして他の母たちへの怒りが再燃してきたか、どんどん不機嫌になっていく。
しかし、冷静に考えてみると、こんな感じで不機嫌なときも、理不尽に八つ当たりされたことはねーんだよなぁ。
「かなり遠くまで行きましたので……」
「案内の悪魔には会わなかった?」
「会いました。道を示された上で、こんなに時間がかかってしまったんです」
まさか現世で半年経ってるとは思わなかった。
「いずれにせよ、母上にはご心配おかけしました」
「……いいのよ。無事帰ってきてくれた。それだけで十分だわ」
ふぅ、と短く息を吐いて、気持ちを切り替えるプラティ。
「次に魔界入りしたら、近場で見つけることね」
おいおい、こんなことがあっても、まだ魔界入りさせるつもりかよ。
だが心配ご無用。
「それなんですが……もう魔界には入れないそうです」
「は?」
「魂の器いっぱいに契約したので、次に入ったら戻ってこれません」
俺の言葉にギョッとしたプラティは、険しい表情でアンテを睨む。
「――そこの悪魔! なんてことをしてくれたの!!」
テーブルを挟んでなければ、そのまま胸ぐらを掴んでいそうな勢いだ。
「なんじゃ、騒々しいのぅ」
耳に指を突っ込んで、白々しく顔をしかめるアンテ。
あ、こいつ絶対、おもちゃにするつもりだな。目つきが変わった。
「魂いっぱいに契約したですって!」
「いかにも。はち切れる寸前まで我が権能を流し込んでやったぞ」
「はち切れ……」
プラティは絶句している。
「なんて、ことを。これじゃもう、他の悪魔と契約できないじゃない!」
「いかんのか?」
尊大に足を組んでソファに身を沈めながら、アンテは馬鹿にしたように問う。
「当たり前でしょう! 契約で縛られた部下も得られないし、権能の魔法も、お前のものしか扱えない……!」
「それが本来あるべき姿じゃろう」
はん、と鼻を鳴らすアンテ。
「定命の分際で、いくつも権能を扱おうというのがおこがましい。契約者のためにもならん。力の純度が薄まって弱まるだけじゃ。いくつもの権能に手を出して、大成できる者なぞおらんわ……その性根が惰弱よ」
出たーッ! 惰弱!
魔族が言われて一番カチンと来るやつ!
「……その物言いが許されるのは、」
唸るようにしてプラティは、
「自らも大成した――真の実力者だけよ」
「試してみるか?」
アンテはふんぞり返り、座りながらにしてプラティを見下す。
「――――」
腰のベルトに手を伸ばし、プラティが金属の棒を抜いた。
蔦が絡まったような、まるで剣の柄のような造形――ぱちんっと魔力が弾け、それが解けるようにして槍へと姿を変える。
魔法の武器かよ!
そして一切の躊躇なく、アンテに鋭い突きを見舞うプラティ。
「――【槍働きを禁ず】」
が、アンテの呪詛とともに、ガチンと動きが止められた。剣呑な光を放つ槍の穂先が、アンテの眼前でぴたりと静止している。
「っ……」
プラティの角から強い魔力が放たれ、絡みつくアンテの呪詛を振り払おうと――
「――【抵抗を禁ず】」
しかし新たに押し寄せたアンテの呪詛が、その試みごと、プラティを包む魔力の殻を粉砕した。
「…………」
立ち上がり、槍を突き込んだ姿勢のまま動けないプラティ。
対するアンテは悠然とソファに腰掛け、指先ひとつ動かしていない。
「どうじゃ? まだ何ぞあるか?」
傲岸不遜に問いかけるアンテ。
きっ、とその顔を睨んだプラティは、今一度魔力を振り絞る。
ばちん! と革紐がはち切れるような音を立てて、強引にアンテの呪詛を振りほどいた。
「ほう」
感心するような声を上げたアンテは、「まあ、こんなもんかの……」とつぶやき、俺に意味深な流し目を寄越した。
……アンテは【槍働きを禁ず】と唱えていた。【禁忌とす】ではなく。
「……認めましょう」
魔法の槍を収めながら、プラティが静かに言った。
「あなたは強い」
すとん、とソファに腰を下ろす。
「当然じゃ」
アンテは鷹揚に頷く。
「大船に乗ったつもりでいるとよい」
その笑みが、邪悪の色を帯びる。
「――お主の子を、立派な魔王に仕立て上げてやるでな」
得体の知れぬ気迫に、プラティが息を呑む。
やおら立ち上がったアンテは、「ん~~!」とその場で伸びをした。
「やはり現世は窮屈じゃのぅ。我は休むとするわ」
と、俺に抱きついてきた。かと思えば、俺の中にシュポッと。
「…………」
プラティが変なものを見たような顔をしている。
「えーと……魔力節約のため、俺の中に居場所を作ったらしく」
「……本契約した悪魔の一部や、複製を収めることは珍しくないけど、本体が丸ごとってのは初めて見たわね……」
あ、悪魔を収めること自体は珍しくないんだ……
「いずれにせよ……ジルバギアス」
「はい」
「大した悪魔を連れてきたようね」
「苦労しました」
一時はどうなることかと思ったよ。今こうして、魔族の王子ヅラをしていられるのが奇跡だ。
「……よし。こうしてはいられないわ。一刻も早く魔王城に戻りましょう」
ぱちん、と両手で頬を叩いて気合を入れたプラティが、立ち上がる。
「もう、ですか? 少し休まれた方が……」
俺の帰還で気力が復活したとはいえ、身体はフラフラだろ。
馬車に乗るならともかく、ドラゴンに騎乗だぞ?
「あなたは公式にはほとんど死亡扱いなのよ、ジルバギアス。早く取り消さないと、面倒なことになるわ」
「あー……」
というわけで、休息もそこそこにコスモロッジを発つことになった。
ドラゴンに乗る。行きと違い、俺の身体が大きくなったせいで、プラティが俺を抱きかかえることはできなくなっていた。
なので、俺がプラティの後ろに座る。
秋空は思ったより寒い。風が冷たいな……と俺が鼻をすすると、プラティが思い出したかのように防護の呪文を唱えて風圧を軽減した。
そして離陸後しばらく、飛行が安定すると、プラティがうつらうつらし始める。
おいおい。こんな上空で鞍から転げ落ちたら死ぬぞ。
「母上、やっぱり無茶だったんですよ……」
仕方ねーな。
「俺が支えるんで、母上は休んでください」
俺が代わりに鞍の取っ手を握り、プラティを抱きとめる。
「……そう? ……悪いわね……」
プラティはそう言って、俺に身を預けた。それでも意識は保とうと頑張っていたみたいだが、やがてすうすうと寝息を立て始めた。
ドラゴンに乗りながら仮眠とは、ふてえ奴だな……
『親孝行な息子じゃのぅ』
アンテのからかう声がする。
うるせー。今ここで死なれたら俺が困るんだよ。
それにしても、さっきの会話。「お主の子を、立派な魔王に仕立て上げてやる」って何のつもりだよありゃ。
俺は力を求めたけど、魔王になりたいなんて一言も言ってねえぞ。
『簡単なことよ』
アンテは酷薄に笑った。
『力を求め、魔王を倒し、兄弟姉妹を殺し――母を裏切る。お主が望む魔族への復讐を遂げたら、名実ともにお主が次期魔王となろう』
…………。
『だから約束してやったのよ、その女に。息子を――お主を、立派な魔王に仕立て上げてやるとな』
――そうだ。
それこそが、俺の悲願。
その血塗られた結末こそが……俺の望みなんだ……
『楽しみじゃのぅ。待ち遠しいわ、その日が』
そうしてアンテは静かになった。
俺は、プラティの温かな身体を抱きしめながら、地平の果てを睨む。
やがて魔王城が見えてくるであろう、地平の果てを。
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