146.奔放なる者
色々と開き直った俺は、それからも何食わぬ顔でプラティと接している。
接しているというか、相変わらず訓練漬けの日々だ。
ゴリラシアには注意を払っているが、特に俺を警戒している素振りはない。
【
いずれにせよ、一番重要なのは、気取られずに今を乗り切ることだ。
俺がレイジュ族の里に留まるのは1ヶ月ちょい。俺が魔王城に戻るのにあわせて、ゴリラシアもドスロトス領に帰るらしい。
『しかし、ゴリ姐はなぜドスロトス領に?』
食事を一緒にした際、流れで尋ねてみた。ゴリラシアはレイジュ族に嫁入りし、かつてはゴリラシア=レイジュと名乗っていたにもかかわらず、今ではドスロトス族に戻っている。
『んん? レイジュ領がつまらないからさ』
レイジュ族の目などまるで気にする風もなく、ゴリラシアは飄々と答えた。
『見りゃわかるだろうけど、アタシゃ古式ゆかしい魔族でね。あんまりこっちの
ゴリラシアが鎧を脱げば、その下は貴族服ではなく、古風な毛皮の装束だった。
ドスロトス族は、戦闘面では先進的だが、その他は割と保守的な一族らしい。
『アタシらの【
シャッ、と指先に、黒曜石に似た魔力の刃を生やしながら、ゴリラシアは語った。
『なにせ魔族の故郷『聖域』はとにかく貧しい土地で、ロクな金属製品がなかった。みんな黒曜石の刃で、毛皮をまとい切った張ったしてた時代では、切れ味鋭く無限に使える【
だけど、とゴリラシアは反対の手の指で、ピィンと刃を弾き、粉々に粉砕する。
『――知っての通り、それは大昔の話だ。鉄器どころかドワーフ製の武器まで手に入るようになって、【
魔王国の広がりとともに、他の氏族たちが台頭していく中で、魔族きっての武門であったドスロトス族は生き残りを模索し。
結果として、気合でカバーすることにした。
開き直って、新たに流入してきた技術や文化のうち、戦闘に役立ちそうなものは片っ端から導入するようになったのだ。まさに筋肉的解決法と言える。その上で鍛錬に鍛錬を重ね、恐れ知らずの戦士を数多く輩出することで、魔王国内での存在感を維持し続けたのだ。
そんなわけで
……で、そんな一族の族長筋であるゴリラシアは、生粋のドスロトス族であり。
明けても暮れても戦闘戦闘戦闘で育ってきたから、レイジュ族のノリにイマイチ馴染めなかったそうだ。さもありなん。
『旦那も死んじまったしねェ』
そう言って嘆息するゴリラシアは、ちょっとだけ、寂しそうだった。
プラティの父ジゾーヴァルト=レイジュ。初代魔王崩御後の王位継承戦で、現魔王陣営に参戦し、討ち死にしたらしい。
『アンタのじいちゃんはね、最初は、レイジュ族らしいのほほんとした男だったよ。でも、アタシに槍でブチのめされたのが、よほど悔しかったらしくってねェ』
ゴリラシアはくつくつと喉を鳴らして笑っていた。最終的には、魔法ありならゴリラシアと五分に戦えるようにまでなったとか……。
にしても、ヴァルト家の男が戦死するって、どんだけ激しい内戦だったんだろうな王位継承戦は。
『現魔王が崩御しても、似たような騒動が起きるじゃろうなぁ』
アンテがほくそ笑むようにして囁いた。
そうして、未亡人となったゴリラシアは(『未亡人』という単語がここまで似合わない人物も珍しい)、プラティが現魔王に嫁入りしたのを見届けてから、ドスロトス領に戻ったというわけだ。
『ま、アンタが並々ならぬ闘志の持ち主で良かったよ』
わっしゃわっしゃと頭を撫でつけてきて、ゴリラシアはニヤリと笑う。
『アタシとしても、鍛え甲斐があるってもんさ』
――そしてその言葉通り、俺は容赦なく、ビシバシ鍛えられていた。
「1,2! 1,2! 走った走った! 剣聖の大軍に追われている気持ちで!」
「そこッ、三馬鹿ども! もっとシャンとしな! 5歳児に負けて恥ずかしくないのかい!!」
メガホンを構えたプラティとゴリラシアにドヤされながら、山道を駆け回るトレーニング。フル装備に加え、食料や水などを詰めた背嚢まで背負っているせいで、重いのなんの。
普段から実戦形式訓練で鍛えていた俺でも、これはかなりキツい。体力錬成が甘かった三馬鹿たちに至っては、毎度死にそうになっている。
ただ、クヴィルタルとその部下たちは多少汗をかく程度で涼しい顔だし、同じ条件のプラティとゴリラシアに至っては、怒鳴りながら俺たちと並走して呼吸さえ乱していないので、「鍛え方が足りない」と言われたらぐうの音も出なかった。
プラティはまだ、俺みたいな軽鎧を装備してるからわかるけどさ……ゴリラシアは重装鎧じゃん。なんでそれで山道走り回って平気なんだよ。バケモンか。
魔力で身体を強化してるから、ってだけじゃ済まされない、基礎体力の違いを感じさせられた。
体力お化けといえば、ゴリラシアの弟レゴリウスをはじめとした、ドスロトス族の者たちも訓練に参加している。
参加っつーか、時々俺たちに奇襲を仕掛けてくるんだが。
それが休憩中だったり、曲道で視界が悪くなってるときだったり、長い坂道を登り切って気が緩む瞬間だったりと、とにかくタイミングがいやらしい。
しかも、最初は寸止めだったのに、俺とリリアナの治癒力を知って「おほーなんと便利な!」と実戦形式に切り替わった。
『まあ、人族を消費せずに傷が治し放題なら、そうするじゃろうなぁ』
アンテが他人事みたい言った。
そーだな。俺の苦痛は度外視されてるけどなァ!!
そして主に重傷を負うのは、三馬鹿どもなわけだ……連中を軽い気持ちで手下に加えたのを、何度後悔したかわからない。
だが、度重なる奇襲を受け、毎度死ぬほど痛い目を見ているせいか、三馬鹿たちはメキメキと練度を上げている。休憩中も油断しなくなったし、基礎体力も身についてきているようだ。
――まあ、肝心の戦闘力は一朝一夕じゃ伸びないわけだが。
「オラオラどうした小僧、もっと腰を入れんかい!」
「ぐわああ!!」
レゴリウスの盾にぶっ飛ばされ、セイレーナイトが宙を舞う。プラティから新たに槍を下賜されて張り切っていたものの、根本的に地力が足りてない。剣と盾を扱っているレゴリウス相手にこのザマだ。
まあゴリラシアの弟相手に、魔族の若造がそう簡単に太刀打ちできるわけないんだけどな……俺だって前世の経験ありきだし……。
あと、セイレーナイトは【力業の悪魔】と契約している関係で、パワーはぐいぐい伸びるが、技量が伸びづらいらしい。最近では指導するゴリラシアもさじを投げつつあり、『アンタは雑魚狩り専門だね』などと散々な評価をくだされていた。
対して弟のオッケーナイトは、よく言えば要領よく、悪く言えば小ずるく立ち回っている。【解剖の悪魔】と契約しており、相手の弱点を突くことに長けた技巧派だ。ただコッチはコッチで、押しが弱いというか強引さみたいなものが欠けているフシがあるので、囲まれて叩かれるような状況で踏ん張りがきかないという欠点がある。
セイレーとオッケーを足して2で割ったらちょうどいいんじゃねえかな?
『どちらも中途半端になるだけではないか?』
うーん、否定はできない。
そんな中で――
「殿下! アレやりましょうよ!」
目覚ましい進歩を遂げつつあるのが、三馬鹿の兄貴分ことアルバーオーリルだ。
ひらりひらりと軽やかな足取りで、剣と盾を構えたドスロトス族の戦士と
その手には――人族の剣を穂先とした、俺の得物にそっくりの、剣槍が。
「ああ――【斬撃を禁ず】」
アルバーオーリルの声に応え、俺は制約の魔法を行使した。斬る動作が封じられ、レゴリウスたちが自由に動かなくなった剣を手に「ぬぅ……!」と呻く。
「はっはぁ! 行きますぜ先輩方!」
そしてその【制約】の中で――
アルバーオーリルだけが、自由に剣槍を
「クッソ、汚えぞ坊主!」
「へへっ、勝ったもん勝ちだい!」
防戦一方のドスロトス族の戦士相手に、ガンガン斬りかかるアルバーオーリル。
――奴は、【奔放の悪魔】エレフェリアと契約している。
しきたりや伝統に縛られることなく、自由に振る舞うことで力を得る。
そしてその権能により、俺の【制約】をすり抜けられることが判明したのは、全くの偶然だった。
今では俺を見習って、魔族のしきたりを無視した剣槍を振るい、さらに【制約】をすり抜けることで魔力を育てている――
「そぉら、足元が甘いぞ坊主!」
「のわーッ」
とはいえ、年季の差だけはどうしようもなく、ドスロトス族の戦士の逆襲を受けてひっくり返されていた。
今はまだ、ペーペーの魔族の若造だ。
だが……
『……危険じゃのぅ、こやつは』
アンテが酷薄な声で言った。
ああ。
俺も、そう思う。
今日明日の話じゃないだろうが……
このまま育っていけば、俺の天敵になるかもしれない。
――早めに排除しなければ。
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