328.想いと裏技


「……コフッ、……コホッ」


 どうも、宿屋まで引き返してきたけど、咳が止まらない勇者アレックスです。


「大丈夫ですか……?」


 寝転がるとキツいのでベッドに腰掛けていると、レイラが心配そうに背中を擦ってくれる。


「大丈夫。死にはしない」


 そう、死ぬほどではない。ただ、肺の中にホコリの塊を詰め込まれてるみたいで、めっちゃ息苦しくて、すぐに息が上がっちゃうだけで。


『いざというとき、戦いにならんじゃろコレ……』


 て、転置呪で押し付けるから問題ないし……。


「わたしも、癒やしの奇跡を使えたらよかったんですけど」


 俺の背中を擦りながら、しょんぼりするレイラ。


 光属性の魔力を持つ彼女は、確かに、癒やしの奇跡を扱うポテンシャルがある。


 問題は、ホワイトドラゴンが光の神々をあんまり……信仰していないことだ。ドラゴン族は生物としての強度が高すぎるため、何かを崇め奉る意識が希薄らしい。


 森エルフや人族が、『自分たちは神々の寵愛を受け繁栄してきた』とのに対し、ドラゴン族は『神々はオレたちをこの地に生み出した。あとは、オレたちで好き勝手に暮らしてるぜ!』というノリ。


 基本的に祈りや奇跡は、神々への信仰と、語り継がれた神話の蓄積だ。リリアナが使っていた【神話再演】はその最高峰で、聖教会の神官たちが扱う奇跡は、……まあアレのもっと小粒で小規模なヤツと考えれば、わかりやすい。


『要は劣化版じゃな』


 劣化言うな。小回りが利くんだよ! ともあれ、人族よりも強大な光属性の魔力を持つレイラでも、種族としての信仰と神話がゴッソリ抜けている分、癒やしの奇跡を身につけるのは険しい道となるだろう。


 何より、教えられる人がいない。


『お主も使えんしのぅ』


 前世じゃ火属性だった上に、特に信仰心もなかったからなぁ俺……。人族は、光の魔力を浴びて修行しまくれば、後天的に光属性も芽生えることがあるんだが、勇者はそのへんの修行をすっ飛ばして前線に投入されるから、実践的な知識もねェんだわ。


 せめて、正気を取り戻したリリアナともっと長く一緒にいられたら、森エルフ式の奇跡を教えてもらえたんだろうけど。森エルフ式は、魔力への鋭い知覚と魔力操作のセンスさえあれば、人族式より身につけやすいと聞いたことがある。


 魔力強者(人間比)のレイラなら、あるいは……


「アレク。わたしに考えがありますっ」


 と、レイラがキリッとした顔で俺を見つめてきた。


「その肺病、転置呪でわたしにうつしてください!」

「コホァッ! いや~~それは~~~……!」

「大丈夫です。自己強化の魔法で治しますっ」


 グッと拳を握って意気込むレイラ。


 ああ、そうか、ファラヴギと戦ったときもそうだったけど、ホワイトドラゴンには自己強化の魔法があったな。あれは自分の治癒力も高められたはず。


「だけど、人化したままでも使えるのか?」

「使えます。……たぶん」

「うーーーん。ケホッ」


 仮に可能なら……非常に合理的な選択だ。だが、人として、男として、抵抗を感じずにはいられない……ッ!


「アレク。わたし、あなたの力になりたいんです……」


 俺の手を握りしめて、レイラが訴えかけてくる。真摯な眼差し。彼女の言うことは正しい、俺もそれはわかってる。


『おほォ~~~!』


 そしてお前は楽しんでんじゃねえよ人の苦悩をよォッ!!


「……わかった。ありがとう、レイラ」

「はい」


 俺は、嬉しそうに口元をほころばせるレイラを、闇の魔力で絡め取り――


「【転置メ・タ・フェスィ】」


 ――スゥッと胸の内が軽くなった。病に冒されていない健康な肺とは、こんなにも清々しいものだったのか……!


「んんッ」


 反対に、顔をしかめるレイラ。わかる、めっちゃわかる。苦しいよねそれ……。


「じゃあ……んフッ。ちょっと、っ、試してみます」


 咳を噛み殺しながら、レイラがスススと俺から距離を取る。部屋の隅っこで、彼女の魔力が活性化し、金色の瞳に虹の輝きが宿った。


「【我こそはパラディソス 光の化身コズモス しかと目にエゴケントゥリ 焼き付けよインペリファス】」


 レイラが太陽のごとき輝きを身にまとう。雨戸閉めといてよかった。


 ああ――懐かしいな。この光。ファラヴギ、バカみたいに強かったな……。


「ぐ……うぅぅぅっ……!!」


 しかし何やら異変、光をまとってブルブルと身震いしたレイラが、いきなり俺に向かって突進してきた。


「レイラさん!?」


 いかがなさいました!?


「ふーっ! ふーっ! アレク……ッ! アレクぅ……ッッ!」


 鼻息も荒く、俺に掴みかかってくるレイラ。そのままベッドに押し倒されて、上にちょこんと乗っかられた。


 あっ、目が正気じゃない。


 あっ、これ……暴走してます……?


『自らを魅了する自己強化魔法じゃからのー! ほっほー!』


 なんか楽しそうだなアンテ……


「アレク……んっ、ふぅっ、うぅぅ……!」


 ぐいぐいと顔を近寄せてくるレイラに、俺は――


「【暴走を禁忌とす】」


 その額を、ちょんと指でつついた。レイラの瞳から怪しい虹色の輝きが吹っ飛ぶ。


「……はっ!?」

「大丈夫か、レイラ?」

「あっ……あふっ! わたし、すいません……、その……!!」


 真っ赤になったレイラが、慌てて俺の上から飛び退った。よかった~一瞬で正気を取り戻してくれて。


『はァ――――ッッお主という奴は!! かぁ――――ッッッ!!』


 うるせえな! 俺の中で叫ぶな!!


「それで、どう? ちゃんと治ったか?」

「っ、はい! バッチリです!」


 レイラが顔を赤らめつつも、グッと拳を握りしめて見せる。


 どこか無理のある笑顔。


 俺は、そっとレイラの首紐チョーカーに触れた。


『――めっちゃ咳出そう――』


 …………治らなかったみたいだな。


『――はい……人の姿だと、力が足りないみたいで――』


 レイラが肩を落とし、観念したようにコホコホと咳き込んだ。上位の奇跡じゃないと完治させられないって話だったからなぁ、この肺病。竜の姿ならともかく、人化した状態だと厳しかったようだ。


『――ごめんなさい、役に立てなくて――』


 いや、そんなことはない!! 謝る必要はないよ。俺には、レイラに押し付けるって発想そのものが抜け落ちてたから……。今みたいに、街中に潜伏しているときは難しくても、野外ならできるかもしれないし、戦術の幅は広がった。こんな邪法、使う機会がないに越したことはないけど……。


 何より、俺のことを心配してくれてるってだけで、ありがたいっていうか、俺には過ぎた思いやりっていうか、うまく言い表せないんだけど……本当に、ありがとう。レイラには、いつも助けられてるよ。


『――…………――』


 喜びと、無念と、ある種のやるせなさと、悲喜こもごもなレイラの感情が、洪水のように流れ込んできた。


 ――【転置メ・タ・フェスィ】。


 レイラの肺を蝕む病を、引っこ抜いて俺自身へと戻す。ウォッヘ! 戻った途端にきっつい、イザベラさん、よくこれに耐えてたなぁ。


 やっぱり、母親って、強いんだなぁ……。


『ふーむ、しかし。そうなると……人化の魔法か、よし!』


 と、何やらアンテが俺の中から飛び出してきた。


「我が一肌脱いでやろうではないか!」


 そして人化の魔法を行使。アンテが生身の存在と化す。


「我に押し付けるがよい」

「なるほど、その手があったか! 【転置メ・タ・フェスィ】!」

「いやためらいッ!? ウォッヘ、ゲホッゴホッ、なんじゃこりゃ~~~ッ!」


 咽せて悶絶するアンテ。


 どうだ、それが定命の者の苦しみだ……!


「……アンテさんには、ほんとに容赦ないんですね」


 レイラが、唇を尖らせながら言った。


「うん……だって、こういうやつだし……」


 俺は、床の上で「かっは、キッツ……! この我がッ……魔界を統べる大魔神が、肺病ごときに苦しむ肉塊と化しておるゥ~~ゲホッゴホッ」とビクンビクンしているアンテを指差す。


「…………」


 レイラは、何をどう言えばいいのかわからなくなってしまったようだ。


「で、人化を解除したらどうなるんだ? それ」

「そうじゃの」


 冷静になってスクッと身を起こしたアンテが、人化の魔法を解除。


 在り方が、定命のそれから、悪魔らしい不定形な気配に変わる。


「……ふむ。なるほどの」


 胸部を撫でたアンテは、冴えない顔。再び人化したかと思うと――



 コホッ、と咳き込んだ。



「ダメじゃな。人化して受けた傷や病は、人化を解除しても持ち越すらしい」



 ……そう旨い話はなかったか。


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