191.少し明かりて


 よう! 相変わらず魔族の王子ジルバギアスだ。


 勇者と交戦したあとは、極力戦闘を避ける方針にしたから地味なものだった。導師をはじめとした、敵の上級戦闘員を回避するのは、それほど難しくなかったぜ。


『【魔法抵抗を禁忌とす】』


 魔神さんがそこそこの出力の呪詛を、広範囲に展開するだけ。これで、俺を中心に球状に展開された領域に、強いやつが踏み込めばもれなく抵抗されるってわけだ。


『む。抵抗された。右斜め上前方およそ50歩じゃ。複数おる』


 で、俺の中に居候している魔神さんは魔力で世界を知覚しているから、どの方向、どの距離で呪いが破られたか、精確に把握できている。


 ヤバそうな奴が近づいてきたら、俺はサッサとオサラバするって寸法さ。


 この索敵法の欠点は、魔族や悪魔兵、一部の夜エルフも引っかかり同盟軍との区別がつかないこと。そして、魔法抵抗が皆無な剣聖・拳聖が単独で近づいてきたら探知できないことだ。


(――品のない笑い声が聞こえるな。ありゃ魔族か?)

『じゃのう。まあ無視してよかろう』

(あっちからは剣戟の音。勇者だな)

『うむ。まあたった今、討ち取られたようじゃが……』


 前者は、まあ周りの戦闘音とかをよく聴いておけば、ある程度見当はついた。


『足音への警戒を怠るではないぞ』

(もちろん、さっきから全身を耳にしてるよ)


 後者は――剣聖・拳聖が、勇者や神官の援護も、魔除けの加護もなく、単独で動き回ることはまずないだろうから、たぶん大丈夫だ。


 念のため自力で警戒しておいたけど、ホントにヤバい剣聖は俺ごときが気を張ってても意味ないしな、あくまで気休め程度だ。


 そんなわけで、ヤバそうな相手をやり過ごしながら、王城外壁の見張り塔や守衛室を襲撃していった。元人格が破壊し損ねた新型機械弓(とりあえずそう呼ぶことにした)は、概ね破壊できたと思う。


 ただ、強敵を避けながら動いたので、けっこう時間を食ってしまった。気を張っていたこともあり、流石に疲れたので――元人格は無頓着だったみたいだが肉体の疲労もけっこうエグかった――市街地の攻城拠点にお邪魔して、とりあえず陣中食などもモリモリ食った。


 陣中食、といっても豪華なバーベキューだ。美味い! レイジュ領での訓練のときみたいだな、こんな戦場のど真ん中で焼き肉が食えるなんて恐れ入るよ。


「殿下! ご無事でしたか……」


 俺が串焼き肉に舌鼓を打っていると、いかにも古強者ベテランな風格を漂わせたジジイ魔族が、俺を見かけてホッとしていた。


 たしか、司令官のベテラノス=レイジュだっけ。


「ああ。ぼちぼちやってるよ」


 俺が肉を噛み千切りながら軽い調子で答えると、ベテラノスはパチパチと目をしばたいて、何か変なものでも見たような顔をした。


 ん、何かまずかったか?


「ずいぶんと……その、明るく、なられましたな。何かお気持ちに変化が?」


 あっ、やべえ。そういや俺の家来全滅してるんだった。


 しかし今さら暗い顔するのも変だしな、俺は敢えて変わらぬ調子で答える。


「ああ。戦いのさなかで、開き直れたよ。くよくよしていても仕方がない、と。それに、俺がいつまでも情けないツラを晒していては、神々の戦士の園で見守ってくれている彼らも、心穏やかにいられないだろうから……」


 ここで、言葉を切り、フッと儚く笑ってみせる。


「――俺がさらなる首級をあげることで、彼らへの弔いとしたい。勇ましく散っていったあいつらには、それが、何よりの手向けとなろう……」

「殿下……」


 じわっ、と目をうるませたベテラノスが、唇を引き結んで涙を堪えている。最初の俺の軽い調子は空元気だとでも解釈したのだろう。よしよし。


「……グスッ……しかし、殿下、あまりご無理はなさりませぬよう。鎧も青く染まっております、さぞや激戦をくぐり抜けられたのでしょう」


 言うてお前も怪我してんじゃん、ということだな。それでピンピンしてるのが当然なあたり、レイジュ族って感じだ。


「ン……まあ、なかなかに手強い勇者をひとり討ち果たしたくらいで、そのあとは雑兵ばかりだったがな」

「手強い勇者ですと!?」


 くわっ、と目を見開くベテラノス。陣地で休憩していた他魔族も、一斉に俺へ注目する。


 ん、何かまずかったか?


「それは……もしや、市街地の犠牲を生み出した張本人では……!?」


 そうなのかなー???


「たしかに、曲者ではあったが……何とも手癖の悪い奴でな、俺も顔を聖属性で焼かれヒヤッとさせられたわ」

「殿下ほどの強者に、そのような一撃を……! やはり当初の予想通り、奇襲・奇策に長けた勇者でしたか……!」


 ベテラノス、なんか納得しそうになってるぞ!!


「いや、わからん。確証がない以上、断定するのは危険だ」


 俺は神妙な顔で答える。


「これで、手強い勇者は死んだと思い込んで、逆に不意を打たれるようではお笑い草だ。『強敵と見て臆せず、弱敵と見て侮らず』を徹底しようではないか」

「うぅむ……返す言葉もございませんな」


 苦笑して頭をかくベテラノス。周囲の魔族戦士たちも、互いに顔を見合わせて「気をつけよう」「だな」みたいなノリでうなずきあっている。よしよし。


「しかし、いずれにせよ、間もなく夜が明けます。王城攻めも佳境といったところでしょうな」


 空を見上げながら、ベテラノス。


 俺もつられるようにして、天を仰ぐ。王都中心街の高層建築に切り取られた空は、いつの間にやら、ほのかに色づき始めている。



 ――夜明けが近い。



「戦況はどうなっている?」

「王城外壁はほぼ制圧が完了しましたが、東城門塔一帯にはドワーフ鍛冶戦士団が居座っており、強固な抵抗を続けております。また、王城内部もデフテロス王国の上級貴族や、温存されていた近衛騎士団などが守りを固めており、なかなか手ごわいですな。普通の城攻めならば、ここまで包囲されれば、投降者が出てきてもおかしくない頃合いですが――」


 ベテラノスは王城を見やりながら、ひげを撫でる。


「依然として敵は士気旺盛で、諦める気配がありません。援軍の目処が立っているのか、はたまた秘策でもあるのか……一兵卒どころか、民兵さえも、刺し違える構えで抵抗するものですから、まともな捕虜が取れたという報告は今のところありません」

「ふむ。不気味だな」


 グビグビと薄めたぶどう酒を呑みながら、俺もまた王城を眺めた。魔王城ほどではないが、立派な城だ。ところどころ火の手が上がり、制圧された箇所からは続々と物資も運び出されているものの、【聖大樹】の結界は健在だし、各所の見張り塔も生きている。石弾や沸騰した油、アツアツの糞便なんかも降ってくるので油断できない。



 ――と。



 ズガァァンという轟音が、城の反対側から聞こえてきた。


「!? 何が……」

「【伝令! 伝令!】」


 眉をひそめるベテラノスに、風が魔力のこもった言葉を運んでくる。


「【東城門塔が、破られました! ドワーフ鍛冶戦士団および近衛騎士団が一転攻勢を――ぐがッ】」


 報告が途切れ、魔力の風が消えていく――


「いかん! これが敵の狙いだったか! 皆の衆、迎撃するぞ!」


 ベテラノスが「伝令! 伝令はどこか!」と叫び、休憩中だった魔族の戦士たちも慌てて槍を取り駆けていく。


 やれやれ、騒がしいな。


 俺もまた、串焼き肉の残りを口に詰め込み、ぶどう酒で流し込んでから、席を立つのだった。食べた直後だから、あんまり動きたくないんだがなぁ。


『お主は能天気じゃの……』


 魔神さんが呆れたように、でもどこか寂しげに、小さくつぶやいた。

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