395.魂を賭して
どうも、部屋から出るなり、落雷じみた轟音に驚かされた勇者アレックスです。雷の魔法の行使!
「何が起きた!?」
アダマスを手に、甲板へ飛び出すと――
「む、遅かったな……」
レキサー司教が、マントの裾をパンパンとはたきながら、ひと仕事終えた感を醸し出していた。他のヴァンパイアハンターやアーサーの姿もあったが、みな武装解除して解散ムードだ。……どうやらけっこう前から、音がガンガン鳴り響いていたっぽいな。防音の結界のせいで外の音も遮断されて、気づけなかった。
「でかいな!」
「追加でロープもってこーい!!」
「ひっぱれー!」
さらに甲板では、銛を水面に投げつけた水夫たちが、えっちらおっちらと綱引きのようにロープを引っ張って、何かを引き上げようとしていた。
舷側から下を覗き見ると、ぐったりとした体長5
「レイクサーペントだよ」
アーサーが隣に来て教えてくれた。
「あの長い首で鳥を捕まえたり、船の乗員を攫ったりもするんだ。人の味を覚えたら積極的に船を襲うようになるからタチが悪い。でも魔法に耐性が全然なくて、雷魔法の使い手がいたらいいカモだよ」
なるほど、レキサー司教の独擅場だったと。
レイクサーペントの死体を甲板に引き上げて、「おおー!」と船乗りたちが歓声を上げている。
「なんで喜んでるんだ?」
「けっこう美味しいんだよ。めったに食べられないし」
湖の珍味ってわけか……早速解体が始まったようだ。興味はあるものの、今はそれどころじゃない。
「――新しく手がかりが手に入った」
俺が耳打ちすると、ほんわかしていたアーサーの表情も引き締まる。
「また、秘術で?」
「ほとんどついさっき、船が襲われたようだ。犠牲者が山ほど出てきた――」
襲撃場所や状況、被害者の数、そしておそらく吸血鬼どもと湖賊が手を組んでいることなども話していく。アーサーは「そこまで詳しくわかるなんて……!」と感心しつつも、どこか歯痒そうにしていた。気持ちはわかる。
「司教たちにも知らせよう」
すぐさま、情報が共有された。
「……悔しいな。今そこに吸血鬼がいるとわかっているのに、辿り着くまであと何十時間かかることか……」
「しかも何人かは生きたまま捕らえられているようです。恋人が湖賊の慰み者にされている、との証言もありました」
俺が努めて平静に告げると、ヴァンパイアハンターたちがさらに表情を険しいものとした。レキサー司教はギリギリと歯噛みしながら手を握りしめているし、森エルフのイェセラは額に青筋を立てていた。
「どうにか……どうにかならないものか……!」
「魔力は温存しておきたかったけど、そうも言ってられなくなったわね」
イェセラが、懐から小さな横笛を取り出した。
「――風の精霊を呼ぶわ。少しでも良き風を吹かせてくれるように」
言うが早いか、その場で踊りながら横笛を奏で始めるイェセラ。
ふわ、と清浄な風が吹き寄せ、ニードアルン号の帆がパンッと張り詰めた。どこからか、くすくすと少女めいた笑い声が聞こえる気がする。突然勢いを増した順風に、船乗りたちが慌てて索具を調整し始めた。
おおー、精霊か。久々に見たな。
『ん、お主にも見えとるのか?
あ、いや、人化して魔力感覚が鈍化してるから、うっすら魔力の塊みたいなのが感じられるだけ。森エルフが精霊を呼ぶところを久々に見た、って意味だ。
『ほーん。いや、精霊の姿まで細かく具現化しておって、よく出来た魔法じゃのぅと思っての』
…………よく出来た
『うむ。森エルフの集合意識が生み出した、自然の擬人化というか疑似人格じゃな、これは』
……あ~。
いや、実は、そういう説を唱える魔法学者もいるらしいんだよな……。精霊って、御伽噺にせよ実話にせよ、
森エルフが精霊に愛されているのではなく、森エルフが精霊を生み出しているのでは? って考え方は昔からあって、ただこれを言うと当の森エルフたちが烈火の如く怒り出すんだよな……。
『本人たちは素朴に信じとるんじゃろ。人族が聖属性を信じておるように』
信仰と信念が力を生む、か……。森エルフたちがありがたがってる自然の化身が、実は造られたモノだと考えると、皮肉でしかないな。
『というか我が現世に来た最初の頃は、そもそも精霊とかおらんかったし、森エルフも信仰しとらんかったぞ』
…………またとんでもねえ昔話が出てきた。
今度、時間があるときに、ゆっくり昔の話も聞かせてくれよ。
『忘れとることも多いがのぅ』
――何はともあれ、イェセラが風を呼んだおかげで、船はわずかに加速した。
ただ、ドラゴンの翼に比べるといかにも遅い。アーサーはキャプテンに、さらなる最短ルートを求めて相談しに行ったようだ。他のヴァンパイアハンターたちは、自分たちにはどうしようもないことなので、また見張りや休息に戻っている。
俺は――解体されつつある魔獣の死体に目を留めた。
……大量の骨。
「それ、後始末はどうするんだ?」
「どうもこうも、湖に投げ捨てるだけッスけど……」
「そうか。……解体し終わるには、まだ時間がかかりそうだな」
「ええ、けっこうな大物ッスからね!」
船員はナイフを振るいながら、ほくほく顔で言う。
――俺は船室に戻り、再びロメオの霊魂を呼び覚ました。
「……というわけで、極力急ぎながら現場に向かっているところだ」
『ありがとうございます……!』
深々と一礼するロメオ。
闇の魔力をまとった彼は、それでも狂おしいほどの焦りに苛まれながら、舷窓から外を眺めていた。
実はロメオは、聖霊化していない。
吸血鬼というより湖賊に憎しみが向けられているため、聖銀呪に『生者の敵』判定を受ける恐れがあったからだ。悪霊化まではしていないが……まあなんというか、彼は普通のアンデッドだった。
『……こんなに、船がまどろっこしく感じられたのは初めてです』
俺の視線に気づいて、自嘲するようにロメオは言った。
「気持ちはわかるよ」
『……一刻も早く、彼女を助け出さないと……彼女まで、湖賊の慰み者にされた上、殺されるなんて……俺には耐えられない……!!』
頭を抱えて、苦悶の表情を浮かべるロメオ――
一刻も早く、か。
「……それほど劇的な効果が望めるかはわからない。そもそも失敗するか、ほとんど意味がないかもしれない。だけど、ほんの僅かでも船足を速められる可能性があるとしたら……あなたはやりたいか?」
『当たり前ですよ!! …………まさか』
苛ついたように叫ぶロメオだったが、俺の表情に、何かを察したようだ。
『あるんですか? 何か、方法が』
「……あなたの魂を賭せば」
『やります! やらせてください! こんな俺でも役に立つなら……!』
一切の躊躇なく、ロメオは答える。
「……そうか」
俺は湧き上がるおぞましさを、吐き気に似たそれを抑え込みながら、うなずく。
ロメオは聖霊化していない。
普通の霊体だ。
つまり、彼の魂は、
――加工可能だった。
†††
イェセラが笛の音が鳴り響く中、休憩に入った操舵手に代わり、船長センドロスは舵輪を握っていた。
空は朝焼けに染まりつつある。まさに順風満帆、ニードアルン号は波をかき分け、いつにも増して軽やかに進む。
「これが、風の精霊サード様のご加護……!」
船乗りたちも崇める風の精霊だ。特に帆船乗りには人気が高い。
魔法の素養なんてこれっぽっちもないセンドロスには、精霊が見えるどころか気配すらロクに感じ取れないが、それでも帆の辺りに、尋常ではない『何か』が渦巻いているように思えた。
これがおそらく、森エルフが呼ぶ精霊様なのだろう。
いつもより舵が軽く感じられるのは、きっと気のせいじゃない。
(まるで……誰かに船が押されてるみたいだ)
ざぱんっ、と船尾で水面が白く泡立つ。
その下で密かに船を支え、懸命に水を掻く存在に――
センドロスが気づくことは、ついになかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます