483.共存と素顔

※お陰様で3巻続刊が決定しました――ッ!


 ウオオオオオアアア!!(((╰(°ㅂ°)╯)))


 皆様の熱いご声援とご協力のおかげですッッ! 本当にッッ! 本当にありがとうございますッッ!!


 早速プロットにも着手しております。レイジュ族の里帰り編になりますが、WEB版よりも山場と盛り上がりを重視して参りたいと思います! ご期待くださいッッ!

――――――――――


 時は少し遡って、エヴァロティ自治区、救護所。


「いてっ、いてていてて!」

「あーもう動かない動かない! 傷がズレますわよ!」


 全身細かな傷だらけで椅子に座ったタフマンが、ヤヴカの治療を受けていた。


 タフマンの血がウネウネと蠢き、傷口を引っ張って強引に接着していく。血を操る魔法、吸血鬼流の治療術だ。普通に縫合したり、包帯を巻いたりするより遥かに早く治るが、半端なく痛いのが玉に瑕。


「また手酷くやられましたわね。なーんでこんなことになってますの」

「いやーまたぞろ魔獣が暴れててよ、衛兵隊も大忙しさ」


 呆れた口調のヤヴカに、苦笑いするタフマン。


「魔獣? わたくしたちも間引いてますのに」

「あー、お陰様でデカブツはあんまり見なくなった。ありがてえよ」

「ではなぜ……?」

「いや、ちっこいやつは普通にいるじゃん……ハウンドウルフとか」

「はぁ~? あんな野良犬ごときで、こんな怪我をしますの?」


 さらに呆れ顔になるヤヴカ。狼型の魔獣で群れを作るハウンドウルフは、ヤヴカからすれば数が多いだけのクソ雑魚だ。しかし魔力弱者からすれば、優れた連携力と鋭い爪、ごわごわして刃が通りにくい毛皮を有した厄介な魔獣でもある。


「ははは……」


 しかしタフマンは、無事な片手で頭をかきながら困ったように笑うばかり。


「……こんな調子じゃ、反乱なんて夢のまた夢ですわね」


 ヤヴカのそれは独り言のようだったが、救護所にやけに響いて聞こえた。


「…………」


 そこはかとなく緊張を孕んだ沈黙。


「……ま、身の程を知るのも、大事なことですわね」


 ヤヴカは唇を尖らせて、そう付け足した。


「あまり大それたことは考えず、この調子でほそぼそと暮らしていけば、無事に寿命も迎えられるのではなくて? どうせあなた、短命ですし」

「……なんでえ、心配してくれてんのか?」

「はぁ~~~~~???」


 からかうようなタフマンの口ぶりに、ヤヴカは心外の極みという顔をする。


「な~~~に馬鹿なことを言ってんですの???」


 吸血種からすれば、ヘタな動乱など起きることなく、安定して血が供給される方が助かるというだけの話――


 なのだが、その言葉が喉まで出かかって、どうにか飲み込んだ。


『魔族にとって、戦場とはいくつあってもいいものだ。自治区の住民に力を蓄えさせて、いずれ反乱を起こしてもらうのが理想』――元代官が打ち出した方針は、今なお健在だからだ。


 いくら代官が変わったとはいえ、それに真っ向から逆らうことを公言するのはよろしくない。すでに、タフマンに限りなく近いことは言ってしまったが、明言するのとしないのとでは大きな違いがある。


「べっ別にあなたのことなんてどうでもいいんですからね!」


 プイッ! とそっぽを向くヤヴカ。色々と細かい部分を省いたらそういう言い方になった。


「だろうな」


 本質的には敵同士。タフマンも、一切の含みなく苦笑している。


(まったく、ジルバギアス殿下はむちゃくちゃですわ……)


 無言でタフマンの治療を続けながら、嘆息するヤヴカ。


 自治区の反乱を容認どころか期待する方針、元から『何言ってんだこいつ』案件ではあったが、考案者のジルバギアスはやっぱりイカれているとしか思えない。風の噂によると、追放中で孤立無援にもかかわらず、人族の大軍に挑みかかって大暴れ、終いには皇帝まで討ち取ったらしい。


(頭のネジが何本か外れてますわね)


 極上の美味の血液がたっぷりと詰まった肉体を前に、ヤヴカが辛うじて理性を保てていた(?)のも、その強大な武力があってこそだ。


(でも、無事に帰ってこられるのかしら……)


 そんな殿下も、最後には毒を受けてしまったとか――吸血種がいれば毒抜きも可能だっただろうに。いや、追放刑の間は助力ができないか。ヤヴカならこっそり治療してあげるところだが、そのためだけに同盟圏まで出向くのは御免だ。



 ――夜エルフの諜報員たちは、ごく僅かな生き残り(の、さらに一部)が、何とか撤収に成功したらしい。



 撤退支援のため、数多くの吸血種が陽動として戦線に投入された。ヤヴカの父、吸血公ことヴラドも、「夜エルフどもが同盟圏から叩き出された今、再び我らの時代が来るッ!」と息巻いていた。


 夜エルフ諜報網のせいで吸血種は長らくお役御免となっていたが、本来、水場や廃坑、洞窟が多い地域では夜エルフに勝るとも劣らぬ潜伏力を誇るのだ。肝心の諜報に関しても、継続的に情報を流すのは苦手だが、眷属化して支配すれば洗いざらい機密を吐かせることもできる。


 広域かつ長期にわたる情報収集は夜エルフに劣るので、結果として主導権を握られ続けていたが――諜報網が機能不全となった以上、単独での生存力が高い吸血種が諜報を担うことになるだろう。


 陽動のドサクサに紛れて、北部戦線から同盟圏奥地に入り込み、すっかり居着いてしまった同族も多いとか、何とか。


(ま、ウチの自治区の同胞たちは、ほとんど動きませんでしたけれども)


 ヤヴカがこの辺りの事情に通じているのは、ひとえに、戦力確保のためヴラドから呼び出しを受けて、魔王城で直接話を聞かされたからだ。


 非常に珍しい大人数を導入しての戦働き。しかしエヴァロティ自治区の吸血種は、出世を望む若手以外、ほとんど参加を望まなかった。


(今さら、わざわざ前線にまで人族の血を飲みに行く気にはなれませんもの……)


 ジルバギアスにより魔力強者の『極上の美味』を知った今では、人族ごときの血のために必死になるのも馬鹿らしく感じられるのだった。


 一部のグルメは、森エルフやドワーフといった魔力強者の血を目当てに、戦線に出向いたようだが……


(結局、自治区でのんびりするのが一番楽ですわ~)


 聖教会のような天敵もおらず、治療さえしておけばそこそこに血が飲める。自治区は復興と再開発が進み、工事やら何やらで怪我人は出るので、仕事にも事欠かない。


 ……ちなみに、夜の間に魔獣を間引いたりもしているヤヴカたちだが、あまり住民たちの脅威を取り除きすぎると、怪我人が出なくなって商売上がったりなので、あくまでに留めている。


 その結果がタフマンの負傷だ。自治区の自立と反乱を望むジルバギアスの方針ともがっちり噛み合っている。しかし、あまり手を抜いて魔獣が増え過ぎると、怪我を通り越して死んでしまうので加減が難しいところだ。


 やはりエヴァロティ自治区は、奇妙なバランスで成立しているのだった。


(新しい代官のダイアギアス殿下も、完全に放任主義ですし)


 一時はどうなることかと思ったが、新たな代官の第3魔王子ダイアギアスは、ジルバギアスの方針にノータッチというか、君臨するだけでマジで何もしていない。


「…………」


 ヤヴカは渋い顔をする。ダイアギアスとの初顔合わせのことを思い出したからだ。


『お初にお目にかかります、ヤヴカ=チースイナ子爵と申します――』

『やあ。僕はダイアギアス。よろしくね』


 謁見の間で、けっこう距離があったにもかかわらず、気がつけば手を取られていてチュッと手の甲に口づけされていた。


『吸血種と、それもこんなに美しい方と、語り合うのは初めてなんだ。こうしてみると僕は、あなたたち吸血種について、あまりに何も知らない。どうかな? もしよければ、このあとために食事でも――』


 ……夜の貴族たるヤヴカは。


 本質的に、捕食者だ。


 数多の魔力弱者を屠り、その血をすすってきた。


 だが、このときばかりは、本能的にこう思った――



 ――食われる!!



『わっ――わたくしは、血が主食ですので! 申し訳ございません~~~!』


 貞操の危機を感じたヤヴカは、その場から霧化して逃走した。そうでもしないと手を振り払える気がしなかった。


 冷静に考えると、代官との初顔合わせで中座するという普通にヤベーことをしてしまったが、特にお咎めはなかった。その後、ダイアギアスは私室に閉じこもったきりほとんど姿を現さないようで、特に交流もない。


(でも……もし、あのとき誘いを受けていたら……)


『私は血が主食ですの。お食事なら、ダイアギアス様の血を飲ませていただけませんこと……?』とお願いしていれば。


 何の躊躇もなく、快諾されていたかもしれない……!!


 ジルバギアスの血に匹敵する美味を、味わえたかもしれないのに!!


「くっ……!!」


 そう考えると、少し残念な気もするヤヴカだった。


 ただ……その代償に、おそらく自分も何か大事なものを失う羽目になっていたのではと思うと……


「うーん……うーん……」


 突然、何事かを悩み始めたヤヴカに、タフマンは訝しげな目を向けつつ深くは尋ねないのだった。



 ――そんなこんなで治療は終わり、タフマンは包帯だが、概ね元気になった。



 完璧に塞がったわけではないので無理は禁物だが、一日二日で、薄く傷が残る程度になるだろうとのこと。


 ヤヴカは治療の対価に、無傷のタフマンの同僚たちから血をいくらか抜き取り(瓶に保管された血は晩ごはんになる)、それでヤヴカの勤務は終わりだ。


 吸血種には人気のない、日中のお務めだった。


 昼間の救護所の人員増強を! との住民たちの要望に応え、かつその姿勢を示すために、吸血種代表でありながらヤヴカ自身も月1くらいで日勤を担当しているのだ。


「よっしゃ、今日は飲み会だ~!」


 タフマンは今にも小躍りしそうになっている。


「あまり呑みすぎると、長生きできませんわよ」


 血も酒臭くなりますし……と呆れた口調のヤヴカ。


「そりゃ仕方ないさ。呑まないって選択肢はない」


 かつてなく真面目な顔で、タフマンは言う。


「吸血種でいうところの血みたいなもんだからな」

「それは仕方ありませんわね」


 ヤヴカも一発で納得した。



          †††



 その日はただの飲み会で、顔役たちの会合でもないので、ヤヴカは帰宅。


 タフマンはウキウキで町中心部の酒場へと向かう。


 ホブゴブリンが経営する高級志向の店だ。


「お、今日も来たなタフマン。よしよし」


 旨い酒と香辛料たっぷりの料理が売りの酒場は、いつも通り大賑わいだった。帳簿をつけていた店主のホブゴブリンが、タフマンの姿を認めてニヤリと笑う。


「よお、ハンヴオオッ! 今日も盛況だな」


 タフマンが気合を入れて挨拶すると、店主ホブゴブリンは顔をしかめて、耳に指を突っ込んだ。


「ハンヴォ゛ォ゛、だ! まったく、聞くに堪えんぞ」

「ハンヴオオッ!」

「……ハァー。もう無理しなくていい、ハンヴォーと呼べ」


 諦め顔で溜息をつく店主。その名をハンヴォ゛ォ゛という。親戚にけっこう偉い役人がいるらしく、そのコネで店を構えられたとか。


 タフマンも、名前を聞かされてからは頑張って正確にその名を発音しようとしているのだが、未だにうまくいかない。……というか、ハンヴォ゛ォ゛の言う正しい発音と、何が違うのかさっぱりわからない。


「今日はな、新しいメニューがあるんだ」


 ハンヴォ゛ォ゛がクイと厨房の方を顎で示した。


「ウチの料理人が面白いキノコを仕入れてきた。塩と香辛料に漬け込むことで、凄まじい旨味を出せるらしい。それを用いた創作料理だとか。ただ辛味がけっこう上級者向けらしいからな、慣れた奴に試してもらいたいんだと」

「おっ、まじか。つまりタダ飯だな!」

「バカモン、そんなわけがあるか!! ……ただ、まあそうだな、普通の飯くらいの値段にしておいてやろう」

「おおー、それなら頼むぜ。せっかくだし、クレアちゃんに――」

「こんばんは」


 からんからん、と店のドアベルが鳴る。


「おっ、クレアちゃん」


 噂をすればなんとやら、常連客で、店のみんなのアイドル(?)でもあるクレアが入ってくるところだった。


 書記官の娘で深い教養を身につけている彼女は、エヴァロティ王城で役人の助手として雇われているらしい。辛いものが大好物で、酔っ払いの話を聞くのが好きという稀有な嗜好の持ち主でもある。


(ん? なんだか、今日のクレアちゃん……)


 フードを脱ぐクレアは、いつもより柔らかい表情をしているような気がした。普段はどこかミステリアスで、とらえどころのない笑みを浮かべているのだが――


「クレアちゃん、新作のウマい飯があるんだってさ」

「え、本当? 嬉しいな。今日はお腹が空いてるの」


 ――おっ、まただ。こんなに口元をほころばせるなんて。


 いったいどうしたのだろうか?


(……よっぽど機嫌がいいんだろうな!!)


 タフマンは自己解決して、うんうんとうなずいた。


 それからタフマンの他、衛兵隊のメンバーたちも合流し、いつものようにエールなども頼み。


「あ、わたし今日は葡萄酒がいいな!」


 その日は珍しく、クレアも酒を頼んでいた。普段は『自分は酒の美味しさがよくわからないから』と言って、一番安いエールばかり呑んでいたのに。


「それなら、メノーラ=カエメ=ウエテッゼの15年ものがあるぞ」


 耳ざとくハンヴォ゛ォ゛が聞きつけてオススメしてくる。


「じゃあそれでー」

「毎度」


 値段を聞きもせずにホイホイ頼むクレア、ニヤリと笑うハンヴォ゛ォ゛。けっこう高いやつだぞ……とタフマンは思ったが、クレアは機嫌がよさそうだし、自分よりお金持ちだろうしで、余計な口は挟まなかった。


 それから早々に酒が運ばれてきて、「かんぱーい!」と飲み会は始まった。上機嫌でグビグビと酒を流し込むタフマンたちは、クレアがカップを前に、素早く合掌するのには気づかない。


「……ん! おいしー!!」


 口元を手で押さえて目を見開くクレアに、タフマンたちは顔を見合わせた。


「なにこれー! こんなに……わぁ、香りが! すごい、ぶわって広がって……こんな、……こんな……!!」


 顔をくしゃっと歪めたクレアは、うつむいて、「おいしい……!」と、噛みしめるようにつぶやいた。


「メノーラの15年ものだもんな……」

「そりゃ美味しいだろうよ……」

「うっ……ううっ! よかったなぁクレアちゃん」


 タフマンは、思わず涙ぐむ。


「とうとう……とうとう、クレアちゃんもッ! 美味いと思える酒に、出会えたのか……ッッ! うっ、おおぉん、お゛お゛お゛ん!」

「そ、そんなに泣くようなことかしら」


 人目をはばからず男泣きし始めるタフマンに、引き気味のクレア。自分より感極まっている人がいたら、スンッと冷静になってしまうやつだった。いつものようにどこかミステリアスな笑みを浮かべようと頑張るクレアだったが、口の端がちょっと引きつっている。


「当ッッたり前だッ! 美味い酒との出会い……それが人生なんだよ!!」

「そ、そう……」

「はい、お待ちー。サラミの盛り合わせと、三種のチーズ入りの焼きサンドイッチ、フラムキノコと粗挽き肉の灼熱パスタです」

「おっ、来た来たァ! 最後のは嬢ちゃんのかな」

「わー、おいしそー!」


 と、できたて熱々の料理が運ばれてきた。


 ほかほかと湯気を立てるパスタに、両手を合わせて目を輝かせるクレア。すんすんと匂いをかいで――「?」とちょっと変な顔をして首を傾げたクレアは、鼻で空気を吸い込みつつ、湯気をかじるようにぱくぱくと唇も動かす。


「お……おいしそう……」


 ごくり……。まじまじと料理を見つめるクレア。


 いつも、食事に対しても淡白な様子だったクレアが、ここまで興味を惹かれた様子を見せるのも珍しい。よほど腹が減っているのだろうか……?


「……あ」


 そして、周囲が物珍しげにしていることに気づいたクレアは、慌てて何でもないような顔を取り繕いながら、フォークを手に取った。


「それじゃ早速……」


 くるくる。


 パスタを巻き取って。


 髪が皿の中に入らないように手で押さえながら。


「はむっ」



 ――口にした。



「…………ッ!?」



 次の瞬間、ぴたりと、まるで置物のように動きを止めるクレア。



「……どうだ? クレアちゃん」

「…………う」

「うまい?」

「うぁ……あぁ……!!」


 かたかたと細かく震えながら、顔を上げるクレア。



 そこに貼り付いていた表情は――驚愕。



 いや、恐怖か!?



「うっ……ぅああ……あああぁぁぁッ! ああああ――ッッ!!」



 クレアは、未知の感覚に悲鳴を上げた。



 なんだこれは!?



 なんだこれは!?



 口の中が……まるで、燃えてッ!! 燃えてッッ!!



 アンデッド化して、痛みなんてもう忘れていたはずなのに!!



 そう、これは――痛みだ! 紛うことなき痛み!!



 すなわち――



「辛ぁぁぁぁぁああああああああああいいいいッッッ!!」



 ドガシャアアァと音を立ててクレアはひっくり返った。



「いやあああああ!! ああああぁあぁぁッ! んあああああ――――ッッ!」



 これが!? これが辛さというやつなのか!? そんな! こんなの知らない!



 こんなの知らない!!



 悶絶しつつ、クレアは混乱していた。実は彼女は、今まで知らなかったのだ。本格的な『辛味』が、どういうものなのか。


 というのも、子ども時代からほどなくして死んでしまった彼女は、生前もそこまで辛いものを食べたことがなく。


 せいぜい口にしたことがあるのは、親がお子様向けに調整してくれた、『甘口』のものだけで――


 つまるところ、ナメていた。


 激辛料理を。


 人生初の辛いものを、上級者向けで味わってしまったのだ――ッッ!


「うわあああぁぁぁあん!! 辛あぁぁぁい! 辛ああぁあぁァァァァッ!!」


 じったんばったんするクレアの両目から、ブワッと涙が溢れ出す。エンマが以前、ジルバギアスに謝罪するために開発した泣き落とし機能が、今ここでその真価を発揮するッッ!


(どうしたらいいの!? どうしたら味覚消せるのぉおぉぉぉ!?)


 クレアは混乱の極致だった。味覚を遮断することができない!!


 そう――これは、エンマが実装した味覚と嗅覚の罠だった。


 食物を、『お供えもの』と定義することで魂で味わうことを可能としたが――


 その代わり!


 一度『お供えもの』と定義してしまえば!!


 それはずっと『お供えもの』であり続ける……!!


 つまり、消費かんしょくするまで――クレアは自らの意志で味覚を消すことができないのだッッ!


「く、クレアちゃん!?」

「おい、これ毒キノコじゃねえだろうな!?」

「水だー! 水もってこい!」

「ダメだ! 辛いもんに水は! ミルク、ミルクもってこーい!」

「うわあああああああああんっっっ!!」


 子どものように泣き叫ぶクレアに、周囲の男たちも大混乱。



 結局、毒キノコの混入さえ疑われた料理が他の人の手によって破棄されて、『お供えもの』の定義から外れたことで、ようやく味覚は消えた。



 そして、『あの』クレアが泣き叫ぶほどヤベー料理ということで、皆が恐れ慄いて注文せず、料理人渾身の新作は日の目を見ることなく消えていくのだった――






 ――ただ、その日を境に、クレアは酒場で自然な表情を見せるようになった。



「今まで、カッコつけてたけど」



 恥ずかしそうに、肩をすくめて。



「あんな醜態を晒しちゃったし、もう表情を取り繕う意味もないかなって」



 そう言って美味しそうに葡萄酒を傾けるクレアは――



 柔らかく、どこまでも自然に、微笑んでいた。




――――――――――

※ちなみに、『クレアが辛すぎて号泣する』とかいう面白イベントを見逃したヤヴカは、「あの日は自分もついて行けばよかった」と口惜しがったとか何とか……。



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