482.新たな機能


 魔王城、地下深く――


「と、いうわけだったのさ」


 宮殿の最重要区画の会議室にて、エンマはジルバギアス大暴れの件を話し終え、お手上げのポーズを取った。


「まさか、追放中にこんなことをやるなんて、思いもしなかったよ」

『そうですねー、無謀というか何というか……』


 机を挟んで対面、エヴァロティから定時連絡に来ていた霊体のクレアも、神妙な顔で相槌を打つ。


「聖教会とも交戦したらしいよ。そして最後の最後に、毒を受けたとか……聖教会がしきりに『魔王子は毒で重傷』と喧伝しているらしいね」

『へー、王子さまが毒を。油断したんですかね?』

「そうかもね。だとすれば、もう長くはないかも……♡」


 頬に手を当ててクネクネするエンマ。


(これで毒殺なんてされた日には、とんだお笑い草ね……)


 クレアは努めて神妙な顔を維持しつつ、内心呆れていた。


 ――いくら魔力強者とはいえ、敵地で孤立無援なのに単騎で軍に挑むか普通?


 もしもジルバギアスがそれでくたばって、エンマ軍団の仲間入りをしたら、全力でプークスクスと笑ってやろうと心に決める。


(それにしても、あんな気さくな奴でも、そんな真似するのね……)


 普段から身内にはフレンドリーで、魔族とは思えないほど理知的な性格をしているように見えるのに、無謀にも大軍相手に殴り込むとは。血に飢えた獣のような、戦闘狂の一面が、あの魔王子にすらあるというのか?


 もしジルバギアスが、その場のノリや思いつきで殺戮に走ったのだったら……なんというか、「こわー」という感じだ。なまじ話が通じるだけに。


 次の行動や思考の予測がつかない奴が、一番恐ろしい。


(ま、それならうちの上司も負けてないけど)


 ジルバギアスの死を願ってクネクネするエンマを、冷めた目で見るクレア。


『まだ、死んではいないんですか?』

「呼び出し器には……反応なしだね。ああ!!」


 ひしっ、とエンマはにすがりつく。



 ――そう、デラックス1/1スケールパーフェクトジルバギアスのボディが、当然のように隣の席に座っているのだ!



「聖属性に焼かれるんじゃなく、純粋に毒で息絶えたなら、魂の損傷は最小限に抑えられるはずだからね! ジルくーん! いつでもコッチに来ていいんだよぉ! 待ってるからねぇ!」


 軟体動物を思わせる動きで、ジルバギアスボディにまとわりつきながら――


(うわ、普通にちゅっちゅしてる……)


 内心げっそりするクレア。あのボディをお披露目したばかりの頃は、「危うくちゅーするところだったよ!」とか言って、まだ、辛うじて……恥じらい(?)のようなものを見せていたのだが。


 どうやら、四六時中連れ回している間に、エンマはどこかで一線を越えてしまったようだ。タガが外れたか。


『それにしても、前線がやたら騒がしい感じになってたのは、そういうわけだったんですね』


 上司の醜態から目を逸らし、クレアは夜エルフ諜報員の撤退支援について話を戻すことにした。


「そそ。まあボクらはただの陽動だったけどね!」


 エンマいわく、アンデッド陣営は、下位アンデッドを散発的にけしかけたり、前線で陣地構築を進めるなどして、聖教会や同盟軍の目を引き付ける役だったらしい。


「結局ボクらが中央から南部を、吸血鬼どもが北部を担当することになったんだ」

『ああー。吸血鬼、コソコソするのは得意ですから、撹乱とか陽動には向いてそうですよね』

「そうだね」


 フン、と鼻を鳴らすエンマ。


「特に北部戦線は、ドワーフたちが放棄した坑道や要塞が多いから、吸血鬼どもも身を潜める場所には事欠かないみたい。結構な数の吸血鬼が投入されたらしいけど、あまりにも楽な狩り場だから血の飲みたさに帰ってこない奴らも多いんだってさ」

『ははぁ、なるほど』


 エヴァロティ自治区にいると忘れそうになるが、暗所閉所が多い戦場では、吸血鬼は恐るべき捕食者となるのだ……


 本当に、エヴァロティ自治区にいると忘れそうになるが……


「たかが陽動で戦力を消耗した、といえばその通りなんだけど、ジルくんの足跡が知れたから個人的には満足かな。死んだ夜エルフ諜報員からはロクな情報も取れてなかったし」

『やっぱり、対象が曖昧だと呼び出し器じゃ限界ありますよね。先輩方とかに、直接やってもらうって手はなかったんですか?』

「みんなはみんなで忙しいからねえ。夜エルフ呼び出しは、ボクがジルくんのことを知りたかっただけだし、趣味みたいなもんだから付き合わせるのも何だし」


 唇を尖らせて、指をいじいじしながらエンマ。


「……そういえば、そっちは最近どう? 農業について進展は?」


 今度は逆に、エンマが尋ねてくる。


 これも忘れそうになるが、クレアがエヴァロティに常駐している理由のひとつは、農業のノウハウを吸収し、アンデッドによる食糧生産を可能にすることだ。そうして魔王国の一次産業に食い込み、アンデッドの地位を向上させる狙いがある。


『そっちはぼちぼちですね。実際に働いている農民から話を聞いて、レポートを作ったりしています』


 表向き、クレアは『自分は書記官の娘で魔族に雇われている下っ端役人のさらに下っ端』という設定なので、それらのレポートも「魔族に作れと命令された」ことにしている。


「順調そうでよかった。その調子で頑張ってね! そういえば、新しいボディを送ったんだけど、無事に届いてるかな」

『あ、報告が遅れましたけど、さっきちょうど受け取ったところです。ありがとうございました。……まだ試していないんですけど、例の、表情搭載型ですか?』


 心なしか期待した様子を見せるクレア。


「ふふふ……聞いて驚け! 実はねえ!」


 エンマもまた、得意げな表情を見せた(プリセットの)。


「今回のボディは、自然な表情だけじゃなく、擬似的な味覚と嗅覚も再現したやつだよ!!」

『えっ、味覚と嗅覚を!?』


 大躍進ではないか!!


「ふふーん!」


 エンマのドヤっぷりは留まるところを知らない。胸を張るエンマ。


『いったいどうやって、そんな機能を?』

「クレアも知っての通り、ボクらのボディの舌は発声器官としての役割が強い。ただでさえ繊細な部位なのに、そこに味を感じ取る機能まで追加するのは、流石に難しかったんだ。……そこで! 発想の転換!! 重要なのは、『ボディの使い手が口に入れた食物の知覚する』ことであって、『舌で味わうことではない』! 必ずしも舌で味を検知する必要はないってことだね。それで色々と調べてたんだけど、『ナラク』から興味深いことを聞いてね」

『ナラク先輩ですか』


 別のリッチの先輩の顔を思い浮かべる。


「そう。彼女は東部出身だけど、地元に『死者や祖霊にお供えものをする』って風習があるらしくてさ」


 祠に、祖霊や死者たちに味わってもらうため、生前の好物などをお供えする風習があるのだという。


「それを体系化し、呪術に落とし込むことにボクは成功した! 口蓋にその『祠』の構造を組み込んで、食べる前に祈りの所作を取ることで、口の中に入れた食物を霊体への『お供えもの』とみなし、それを『魂で味わえる』ようにしたんだ」


 祈りの所作――エンマは合掌してみせる。


『逆にその動きをしないとダメってことですか?』

「そうなるね。ちなみに、これの副次的な効果で匂いもわかるようになったんだよ。味と香りはセットだったわけ」

『ほほーう! やりましたね!』


 にわかに興奮気味な口調でクレアは言う。


「ただしこの嗅覚は不完全だ。鼻で嗅ぐわけじゃなく、あくまで口の中の『味』の一部として捉えられるからか、生前の嗅覚に比べると遥かに弱いし、鼻じゃなくて口で匂いを嗅ぐことに違和感はある。……まあ、あくまで食物を味わうため、って感じだね。犬獣人たちみたいな本格的な嗅覚は、今後の課題かな」

『いやーそれでも助かります。匂いとか味の話って、あたしたちにはわからないじゃないですかー』


 いかにも実用面で不便があったかのような言い方をしながら。


 クレアは、今は心臓もない胸が、期待に高鳴るのを感じた。


『……あ、すいません、そろそろ今日の会合があるので……』


 壁際の時計を、チラチラと見やって辞去したいアピール。


「うんうん、生者に成りすますのは色々と大変だろうけど、頑張ってね」


 それじゃまた~、とエンマが開いた霊界の門をくぐり、ふわふわと虚空を漂って、エヴァロティに戻るクレア。



 ――エヴァロティ王城、自室。



 もとから決して広い部屋ではないが、今日はひときわ狭く感じる。というのも、部屋の真ん中にデン! と棺桶が置かれているのだ。中には、今ベッドの上に寝転がっているボディとは異なる、新たな『自然な表情・味覚嗅覚搭載型』のボディが収められている――


「それじゃあ早速……!」


 新型ボディに取り憑いて、起き上がる。……特に違和感はないが、鏡をチェックしてみると。


「わ、すごい動く……!!」


 にへら。にやにや。ぷんすか。きりっ!


「すご……」


 なんという滑らかな表情の切り替えか! 思った通りに、いや思った以上に忠実に表情が動く! 鏡の中の自分がほっぺたをムニムニしながら、心底驚いたような自然な顔をしていて、さらに驚く。


「これは……すごいわね。流石はお師匠さま……じゃあ、匂いと味も……!?」


 合掌して、周囲の空気が『自分へのお供えもの』であると意識しながら、空気を食べてみる。


「すー、はー、すー、はー」


 なんだろう。


 味がある……ような気がする。


 数十年ぶりの感覚なので、違和感の方が強いが。


「この部屋、カビくさ……」


 これはちょっと知らない方が幸せだったかもしれない。数十年ぶりの味覚も楽しんでみたいところだったが、菓子のひとつどころかナッツの一粒さえ手元にはない。



「がぜん、楽しみになってきたわね」



 今日はまたぞろ、自治区の顔役たちの定例会――という名の飲み会だ!



 いそいそと、外出の準備を始めるクレアには、自覚はなかったが。



 その顔は、嬉しそうにほころんでいた。



――――――――――

※次回、エヴァロティ呑み&クレア数十年ぶりのグルメ回

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