126.歓迎の宴
やたらツンケンしたルミアフィアのせいで、微妙に気まずい感じになってしまったが、俺たちは気を取り直して歓迎の宴に突入した。
邸宅の大広間。
100人は軽く収容できそうな空間だ。
洗練されたデザインのクリスタル製シャンデリアが吊り下げられ、煌々と広間を照らし出している。闇の輩の宴とは思えないほどに明るかった。給仕は獣人――それも白虎族の者が多い。さすがはレイジュ族の本丸といったところか。
俺は、族長たちとともに、広間の上座にある雛壇みたいな横一列のテーブルに座らされた。まるで結婚式の披露宴にでも出てるような気分だ。
『お主の
言われてみりゃそうだな。一段高い場所から魔族どもを見下ろしていい気分だぜ。
ちなみに配置だが、中央は当然族長のジジーヴァルト。右手側に次期族長のジークヴァルト、俺、エイジヴァルト。左手側にプラティ、ジークヴァルトの妻、そして部屋から連れ出されたと思しき、不満顔のルミアフィア。
○ ● ○ ☆ ● ○ ○
エイジ 俺 ジーク 長 プラティ 妻 ルミア
(※↑こんな感じだ。ちなみに族長の妻は随分昔に亡くなっている)
俺の将来性や、それぞれの現在の地位を加味すると、こんなもんだろう。にしてもルミアフィア、俺が気に食わないのはわかるが、一族の者たちを前にしてあからさまに嫌そうな表情はどうかと思うよ。内々の食事会ならともかく……族長も家族も誰も注意しねえし……甘やかされてんのかな。
まあ……それはそれとして、広場に集まった一族の面々も、俺から引き離されるのを嫌がったリリアナが、くーんくーんと鳴きながら俺をめっちゃペロペロしてたときは、すげえ顔してたけどな!!
年頃の娘なら当然の反応、と同情的にみなされてるのかもしれない。
魔王城だと、夜エルフなり闇竜なりエンマなり、腐れ外道が多すぎて感覚が麻痺してたけど……うん……
なんか思わぬ方向から常識パンチを食らっちゃって、俺ちょっとつらい。
こんなことで自分を客観視しとうなかった……!
「それでは、我らが魔王子の来訪を祝して。そしてレイジュ族の未来に――乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
族長ジジーヴァルトの音頭で、宴は始まった。
その瞬間、驚いたことに、音楽が流れ始めた。
クッソ驚いた。広間の下座、垂れ幕の向こう側から、軽妙で陽気な管弦楽団の音色が響いてきたのだ。魔族に生まれてこの方、初めてといっていい。太鼓とか角笛とかじゃない、繊細で文化的な音楽に触れたのは――
「驚いたか?」
イタズラを成功させたような顔で、ジークヴァルトが言った。
「これは?」
「レイジュ族がこの地を支配して以来、生かして置いている楽団の一族だ」
ぶどう酒の盃を傾けながら、薄く笑みを浮かべて。
「惰弱なる人族ではあるが、奏でる音色はなかなかどうして悪くない。これもまた、宴を盛り上げるには一興だろう? 我が一族は他部族と違って
その瞳には、どこか俺を試すような色がある。
「――とはいえ、下賤な者どもであることに変わりはない。気に食わんようならやめさせるが……?」
「いえ、とんでもない。実に気に入りました」
俺は笑顔で答えた。とんでもねえ。上級奴隷の職人たち以外にも、技で生き延びた一族がこの地にはいるのか……!!
「これほどの演奏は、父上の宮殿でも耳にしたことがありませんよ」
俺の言葉に、ジークヴァルトは満足げにうなずいていたし、エイジヴァルトも小鼻を膨らませて得意げだった。魔王の宮殿よりも文化的、と解釈して自尊心をくすぐられたらしい。そもそも魔王の宮殿には楽団とかいなさそうだが。
豪勢な料理が運ばれてくる。台車でガラガラと、子羊の丸焼きやスープの大鍋が。
俺にとっては幸いなことに、魔族の宴は、まず飯に集中するものらしい。給仕たちが手際よく、その場でガンガン皿によそって、そのまま供されていく豪快なスタイルだった。
族長や俺たちのところには、子羊の丸焼きの最も上等な部位が運ばれてきた。味付けはハーブの使い方が独特で、どこか荒削りながらも、肉の旨味を最大限に味わえるものになっていた。スープは具だくさんで根菜がホクホクと美味しい。滋養たっぷりな味わいで、腹の底から力が湧き上がるようだ。
話によれば、レイジュ領に併呑される前の、この辺りの郷土料理だったとか……。ジークヴァルトが食べながら教えてくれた。
この食文化を生み出した人々の末裔は、今や奴隷どころか牧場で飼育される始末。そして図々しく居座った魔族どもが、我が物顔で食らっている――
俺は、湧き上がる複雑な想いにフタをして、愛想よくジークヴァルトやエイジヴァルトと言葉をかわしながら、笑顔でよく飲み、よく食べた。
この味を噛みしめるように。
この味を忘れまいとするかのように――
食事が一段落すると、この宴の本来の目的であろう――やはり魔族であっても逃れられない――怒涛の挨拶ラッシュが始まった。
デザートじみたカットフルーツをつまみながら、俺は偉そうに席にふんぞり返ったまま、一族の重鎮どもを相手した。
いやー、来るわ来るわ。俺の前世より柔らかい頭でも、とてもじゃないが名前なんて覚えきれねえ。
「本日はご機嫌麗しゅう、ジルバギアス殿下――」
老いも若いも、基本的にはにこやかだが、全員が好意的ってワケじゃなさそうだ。
目を見ればわかる。前世で散々見てきた目だ。
お貴族様みたいな――相手を値踏みするような――
魔族も、こんな目をするんだな。意外だぜ。
皮肉にも、お偉方の巣窟たる魔王城はもっと直情的な連中ばかりで、こういう視線に晒される機会はあまりなかった。
真の実力者、あるいは実力者たらんとする者しかいないから、相手におもねるような真似をしないんだ。力こそ全てで、小手先の腹芸なんて弄してる暇がない。
あの(名前は忘れたが)天然記念物級のアホでさえ、正々堂々と俺に突っかかってきたくらいだ。
笑顔でへりくだりながら腹で何を考えてるかわからないなんて、やるとしたら夜エルフか闇竜くらいのもんだ、魔王城では……。
やはり、平和は蛮族どもでさえ腐らせるんだろうか。まあレイジュ族がどれほど腑抜けになろうと、俺の知ったことではないんだが。
……にしても、なんか、アレだな。
『どうしたんじゃ? 何食わぬ顔をしておきながら、憤懣やるかたなしといった風情じゃの』
俺の内心なんてお見通しなアンテは、からかうように。
いや、だって腹立つだろ。
俺……なんかナメられてる気がするな?
直接的にカチンとするようなことを言われたわけじゃねえんだが、やっぱり、この目がな。
『御しやすそうなガキだ』とでも思われてそうだ。
理由はだいたい察しが付く。
他の者たちを差し置いて挨拶に来るような重鎮どもだ。実力者が多い。
どいつもこいつも階級が高く、魔力も強い。俺と同格の子爵はゴロゴロ、伯爵級や実力的には侯爵に近いようなヤツまで。
対する俺は子爵。【名乗り】で強化していないこともあって、魔力も
そりゃ年齢を考慮すれば大したもんだが、俺の右横のエイジヴァルトくんと同様、まだまだガキでその気になれば一捻りできるとでも言わんばかりだ。
そして、俺の武装。宴会とは言え蛮族なので、みな丸腰ではない。携帯式の魔法の槍や、最低でもナイフなんかをベルトに差しているが、俺は堂々と帯剣していた。
俺との挨拶待ちをしながら、腰の古びた剣をチラチラ見やって、何やらヒソヒソと言葉を交わしたり、笑いを噛み殺したりしている者たちがいる。当然、俺と挨拶中はそんな色はおくびにも出さないが――
『でかい刃物だから気に入っちゃったのかな?』『下賤な人族の武器なのに』――ってなノリでプークスクスと内心馬鹿にしていそうだ。
クソが、イライラするぜ。
テメェらいっぺん味わってみるか? この聖剣の刃をよォ――
と、思った瞬間、腰の鞘がカタカタと震えだした。
――まずい!! 落ち着け!! この状況はヤバいって!!
まだその時じゃない!! まだその時じゃないから……!
眠れ……!! 今はまだ眠れ……!!
……よーし、いい子だ。
ふぅ。
『意地になって連れてくるからじゃよ……』
アンテが呆れ気味に言った。
だって……これがなかったら丸腰だし……物理的にも精神的にも……。
今やプラティとでも互角に打ち合えるのが剣槍だ、恥じるつもりはない!
プラティといえば、この挨拶回りはどう思ってるんだろうな。
チラッと横目で確認すると、プラティはこちらには見向きもせず、親しげに族長と談笑していた。
……なるほどね、全部俺に任せるってわけだ。
ってか、ついでに気づいたけど、いつの間にか端っこの席からルミアフィアの姿が消えてんな?
みなが俺に気を取られてる隙に離脱したのかな。
まあ、あんなとこで仏頂面してるくらいなら、もう部屋にでも戻った方がマシってことなのかもしれない。
本人的にも周囲的にも。
「殿下! お会いできて光栄にございます、私は――」
おっと、新しい客人だ。
なんで俺がこんな目にあってんだろうな、つくづく。
だがそんな内心を悟られぬよう、俺は気位の高い王子の仮面をかぶり、延々と挨拶を続けるのだった――
†††
「あーあ、つまんな」
――広間の外、庭の木陰で溜息をつく少女の姿があった。
他でもない、ルミアフィア=レイジュだ。
みながあの
自室に引っ込んだら連れ戻されかねないので、こうして隠れるように庭で時間を潰している。
(……これじゃまるで、あたしが遠慮してるみたいじゃない!!)
なんで王子とはいえ、生まれてから5年も顔を見せなかったような放蕩野郎のために、自分が気を遣わねばならないのだと憤慨するルミアフィア。
チラッと窓から宴会場を覗き込むと、シャンデリアの明かりに照らされて、雛壇で偉そうにふんぞり返った魔王子ジルバギアスが、一族の主だった面々と言葉を交わしていた。
「……チッ」
ルミアフィアは不機嫌そうに顔をしかめて、ガリッと親指の爪を噛んだ。
偉そうで不潔な魔王子は、聞いた印象でも実際に顔を合わせてみても気に食わなかったが、それより何より気に食わないのは……
「なんでヘラヘラしてんのよ、お
敬愛してやまない兄・エイジヴァルトが、その隣の端っこの席で、まるで添え物のようになっていることだった。
――――――――――――――
明日はルミアフィア視点で。
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