125.初顔合わせ


 どうも、レイジュ族長の本邸にたどり着いて早々、歓迎の横断幕に目を白黒させているジルバギアスです。


 本邸の庭には、横断幕アタックを仕掛けてきた若者3人組のほか、貴族っぽい礼服(蛮族風)を身にまとった魔族たちがたむろしていた。


「ほほー、あれが例の若か」

「大した魔力だな」

「聞いてたよりデカい」

「ってかほんとに5歳かよ……」


 ひそひそと言葉をかわしながら、こちらを興味深げに見守っているが――



 件の3人組は、周囲など気にするふうもなく。



「若!」


 横断幕の支えをほかふたりに任せ、灰色の髪を後頭部へ撫で付けたオールバックひとりが、バッと俺の前に膝を突いた。


 その両手には、それぞれ扇子が握られており――


『前線へ』『連れてって♡』


 と書いてあった。


「俺たちを家来にしてください!」


 扇子を掲げたまま、シュバッと頭を下げる灰色オールバック。それに続いて横断幕のふたりも「お願いしやす!」と叫ぶ。


 いや……何だコイツら!?


 5歳児相手にプライドもクソもねえな! ほんとに魔族か!?


 だけどちゃんと角は生えてるし、肌は青いし、魔力そこそこあるし……俺と比べてこの3人組ってどんなもん? アンテ。


『それぞれ、お主の3分の2よりちょっと強め、といったところかのぅ……』


 アンテが客観的に教えてくれるが、その声には困惑が滲む。なるほどね。男爵以上子爵未満ってとこか……


「この頃、なかなか戦に出る機会がないんでさぁ!」

「絶対にお役に立ちますんで!」

「なにとぞ、お願いします!」


 無反応の俺に、食い気味で懇願する3人組。


「誰だよお前ら」


 俺は至極まともな問いを投げかけた。


「アッ! コイツは失敬、俺たちは――」


 扇子を畳みながら、灰色オールバックが照れ笑いを浮かべて自己紹介しようと――


「ごるァ!!!」


 が、その後ろ――邸宅の玄関口の方から、もはや咆哮に近い怒声が響いた。


「族長を差し置いて挨拶たァいい度胸だな、おォン!?」


 玄関の豪奢な扉を蹴り開けるようにして、大柄な魔族の初老の男が姿を現す。白髪まじりの銀髪。今は深いシワが刻まれているが、かつては相当な美男子であったことをうかがわせる面構え。矍鑠かくしゃくたる足取りで、肩を怒らせながらノシノシと歩み寄ってくる――背後には、似たような顔立ちの男女が何人か。たぶん親戚。


「やっべ!」

「逃げろ逃げろ!」

「若ッ! また御挨拶に伺いますのでー!!」


 見事な連携で横断幕を畳み、俺に手を振りながら3人組はピューッと一目散に走り去っていった。逃げ足クソ速いな……戦場でもあのノリで逃げそう……


「まったく、あやつらは……」


 渋い顔で3人組の背中を見送りながら、嘆息する初老の魔族。


 が、すぐにその猛禽類のような鋭い視線が、こちらへ向けられた。



「魔王国公爵にしてレイジュ族が族長、ジジーヴァルト=レイジュだ」



 初老の魔族――ジジーヴァルトは堂々たる名乗りを上げた。



 こいつが、レイジュ族の族長……!



 プラティの話によれば、今年で220歳。しかし老いも衰えも感じさせない。公爵に相応しい魔力と、いわおのような存在感。立ち居振る舞いひとつとっても、ひとかどの戦士であることは明らかだ。それでいて、身体に古傷のひとつもないのは、さすがはレイジュ族といったところか……!


「無事にこの日を迎えられて嬉しいぞ、プラティ。やっと、お前の自慢の息子を拝むことができた」


 ニッ、と野性味のある笑みを浮かべて、プラティに話しかけるジジーヴァルト。


「ごきげんよう、伯父さま。ええ、私としても待ち望んでいました」


 プラティもにこやかに一礼する。ちょっと冗談めかした感じで。


 族長を敬いつつ、親しげな雰囲気を出すことで、大公妃としてへりくだりすぎない態度を保つ――絶妙な塩梅だ。


 言葉遣いについては、俺も事前に指導を受けている。俺は将来の魔王(候補)だが現時点では子爵。偉すぎるのも卑屈すぎるのもダメだ。現族長に対しては相応の敬意を払いつつ、あとは無礼にならない程度に毅然とした態度を保たねばならない。


 この場の全員の視線が、話を促すように、俺へ向けられた。


 さて。俺も挨拶のため口を開こうと、唇を湿らせ――



「おおっ……」



 ――ようとしたのだが、周囲がどよめいた。



「わんっ」


 何事かと思えば、後続の馬車から身内が降りるところだった。具体的にはリリアナを抱えたガルーニャと、ちょっと心細そうな顔のレイラが。


「あれが……噂の……」

「ハイエルフ……ペット……」

「異常性癖……ダイアギアス……」


 ひそひそひそ。再び、ささやき声と好奇の目が――


「あっちは……人族……?」

「いや……角があるぞ……」

「ドラゴンじゃないか……?」


 レイラが居心地悪そうに身じろぎしている。


「件の……手篭め……」

「闇竜……献上……」

「メイド奴隷……羨ま……」



 ひそひそひそひそひそ……



 プラティは笑顔のまま、ジジーヴァルトとその係累はちょっと引き気味に。



 なんだろうな……ホームに帰ってきたはずなのに、この外様感は……



「んんっ!」


 が、このままお見合いしていても仕方がないので、俺は咳払いをひとつ、気まずい空気を打ち破った。


「お初にお目にかかります、第7魔王子ジルバギアスです」


 ピシッと一礼。型にはめたような礼儀作法で。


「う、うむ」


 気を取り直したように、ジジーヴァルトもうなずく。


「会えて嬉しいぞォ! なんとも凛々しいな、噂に違わぬ――」


 ……おいジジイ、そこでチラッとリリアナたちを見るな!!


「――噂に違わぬ、その、豪放ぶりじゃねえか! グワッハッハ……!!」


 笑って誤魔化してんじゃねーよ!! せめて口調に困惑滲ませるのやめろ!!


「いやはや、このまま歓迎の宴となだれ込みてェところだが、まずは、ワシの家族も紹介せにゃならんな!」


 徐々に調子を取り戻しつつ、ジジーヴァルトが背後の魔族たちを示す。


「我が息子、ジークヴァルトだ」

「よう、久しぶりプラティ。そしてはじめまして、だな。ジルバギアス」


 ニカッとワイルドな笑みを浮かべたのは、濃いめな顔立ちのイケメン銀髪魔族。


 話には聞いている。ジークヴァルト=レイジュ、120歳。階級は侯爵。プラティの従兄弟にあたり、次期族長と目されている男だ。


 こちらもかなり鍛えられているな。立ち姿の安定感が半端ない。笑顔こそにこやかだが、その目は俺の一挙手一投足をつぶさに観察しているようで油断ならなかった。笑顔のまま殺しに来そうなおっかなさがある。プラティとの槍試合で勝てる数少ない一族の者とは、ひょっとするとコイツのことだろうか。


「はじめまして、ジークヴァルト殿」


 俺も、その赤褐色の瞳を真っ直ぐに見つめながら、そつなく返す。


「そして、こっちが俺の息子と娘だ。ちょうど似たような年頃――ではないが、まあ見た目的にはそう変わらんし、若い者同士、仲良くやってくれ」


 そう言うジークヴァルトの隣には、魔族の青年と若い娘。それぞれ人族でいうなら20歳すぎと16、7歳くらいの見た目だが、15歳で肉体が完成するのが魔族だ、事前情報によればもうちょっと若い。


「やあ、ジルバギアス。エイジヴァルト=レイジュだ。階級はきみと同じ子爵」


 微笑んで、青年の方が手を差し出してきた。エイジヴァルト=レイジュ――順当にいけば、次期次期族長になる男。年齢はたしか17歳。


「よろしく、エイジヴァルト。ジルバギアスだ」


 俺は気負わずに、その手を握り返した――魔族で握手とは珍しい。案の定、グッ、とちょっとばかり力を込められた。俺の力量を確かめようとするかのように。


「はは。こちらこそよろしく、……?」


 エイジヴァルトは、軽く一礼した。おっと――声をひそめたとはいえ、衆目環視でブッ込んできたな? 冗談めかして笑っているが、エイジヴァルトの目は父親同様、あんまり笑っていなかった。


 俺が「いいのか?」とばかりに族長ジジーヴァルトを見やると――


「おう、あんまり滅多なことを言うんじゃねェぞ」


 ジジーヴァルトが少し硬い口調で釘を差した。プラティは相変わらず、何も言わずにただ笑っている。


「滅多なことだなんて! 我が一族きっての若き天才なんだ。ちょっとくらい期待しても可笑しくはないでしょう、お祖父さま?」


 パッと手を放して、おどけたようにエイジヴァルトが笑う。


 この場の誰も言及してないが、俺はあまりに若い(5歳)。


 にもかかわらず――エイジヴァルトは、階級が同じとはいえ、年下の俺を限りなく目上に近い同格として扱っている。


 エイジヴァルトは俺の将来性に敬意を表しているのだ。しかしプライドの高い魔族のことだ、このあたりの機微は一筋縄ではいくまい――


「……未だ若輩者ではありますが」


 俺は、エイジヴァルトではなくジジーヴァルトを見据えて、敬意の対象を意図的にズラしながら慎重に言葉を紡いだ。


「誇り高きレイジュ族の戦士として、今後も精進して参りたいと思います」

「……うむ! その心意気やよし!!」


 ジジーヴァルトは、そして隣のジークヴァルトも、感心したようにうなずいた。俺の態度は正解だったのだろう、エイジヴァルトの発言は流しつつ、否定も肯定もせずに、ただ努力するとだけ――


「あはは」


 他人事のようにエイジヴァルトが笑ってやがる。このガキ……!


『かく言うお主は幼児じゃがの』


 まあねえ!!


「ジルバギアス、お前はまさに我が一族の期待の星だな! 最後に、我が孫娘を紹介しよう。ルミアフィアだ」


 ジジーヴァルトが笑顔になって、端っこの若い娘の背中をポンと叩いた。爺さん、目を弧にしてやがる。歳の離れた孫娘だから可愛いくてたまらないんだろうなぁ。


 前に押し出された当人は、嫌そうな顔をしているが……


「……よろしく」


 目を逸らし気味に、ぶっきらぼうに一言だけ口にする娘。


 ルミアフィア=レイジュ、確か今年で13歳だったか。


「よろしく、ルミアフィア」


 俺も社交的に微笑んで目礼したが、ルミアフィアはじろりと俺を睨みつけて。


「……あたし、部屋に戻る」


 そのままプイと踵を返し、早足で去っていった。


 ええ……一同、呆気に取られる。


 なんかすげー感じ悪いんだけど。


 俺、なんか嫌われるようなことしたっけ?


『年頃の女子おなごじゃぞ? 自身を顧みてみい。ほれ背後』


 言われて振り向けば、レイラと目が合った。


 その足元には、ちょこんとおすわりの体勢のリリアナ。


「ああ……」


 してたわ。嫌われるようなこと……。

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