51.闇に潜むもの


 どうも、砦に人族の気配がすると報告を受けた魔王子ジルバギアスです。


 人族の気配といっても、ここ魔王国領のど真ん中なんですが……


「どういう理由で人族だと判断したんだ?」

「微弱な魔力を感じ取ったこともありますが、決め手は足跡です殿下」


 ヴィロッサが律儀に答える。


「砦の周辺に、ゴブリンとは違う足跡がありました。靴を履いていない裸足で、足跡を隠すことに無頓着な印象を受けました。足幅や指の形、サイズなどから考えても、人族である可能性が最も高いかと」


 エルフ族は足幅が細い。ドワーフは逆に太い。獣人族は一般的に接地面が少ない。人族と魔族は似通っており、平均的。


 足跡はその『平均的なもの』だった。靴も履かずに出歩いている点、そして砦の外から感じ取れる気配や魔力の質などから、魔族ではなさそうだと判断。


 消去法的に人族の可能性が一番高い、というわけか。


 とりあえず、使用人を含めた手勢と、現場責任者として獣人の村長を連れて、砦の近くまで移動する。


 近づいてみると結構デカイな……500人くらいは収容できそうな山岳要塞だ。


 かつての激しい攻城戦を物語るように、石壁の至るところに傷や焼け跡、ひび割れが走り、壁の一面が砕かれて半ば倒壊している。……正面の入り口より、あそこから入った方が楽かもしれない。


「匂いと漏れ出る熱から、内部には多数のゴブリンもいると思われます。しかし非常に静かで、物音ひとつ立てずに待機しているようです」


 俺の背後で、ヴィロッサが囁くように解説。


「軍事行動中でさえ黙っていられないゴブリンどもが、これほど静かなのは普通ではありえません。森をうろついていたゴブリンにも不自然な点があり、洗脳や魅了などの精神干渉を受けている可能性が高いと判断しました」

「で、砦の中にいるやつが術者だと?」

「おそらくは。魔族の方々に比べると弱い魔力ですが、人族にしてはそれなりの力量の持ち主のようです。具体的には、でしょうか」


 ヴィロッサが自分の魔力を適度に散らして、感じ取った強さを再現してみせた。


「器用だな……」


 魔力の強さって感覚的なものだから、口頭じゃ伝えづらいんだよな。これなら一発でわかる。感心を通り越して呆れちまった。


 夜エルフの平均以上、小悪魔よりちょっと弱めってとこか。人族としては確かに、それなりの魔力の強さだな。


「……逃亡奴隷だろうか?」



 ――もし中にいるのが、本当に人族なら。



 魔王国内で活動するガッツのある奴だ、全力で応援したいし、見逃したい。


 だが、俺の身の回りにはお供が多すぎて、迂闊な行動が取れねえ。


『さすがに逃がす口実が見つからんの』


 だよな……。


 魔王子としては、ここで引き下がるわけにもいかないし。


「脱走奴隷にしても、不可解ですよね。魔法使いの可能性がある場合、かなり厳重に管理されますし……それをかいくぐって逃げたにしては、足跡を隠すのに無頓着な点もおかしいです」


 と、ソフィアの指摘。


「それに、逃亡中の身なら獣人たちにしたのち、追手を警戒して速やかに移動するはずです。未だ砦に留まっている理由が解せません」

「確かに。……ガルーニャは何か気づいたことないか?」


 気まぐれに話を振ってみる。


「……えっ。……申し訳ございません、特には……」


 なんで自分なんだよ! 他にもっと頼りになる人がいるでしょ! と言わんばかりのわかりやすい顔をするガルーニャ。ちなみに彼女はリリアナを背負っている。リリアナは怪我人が出たときの保険だが、手足がないので移動が遅い。


 なのでこういう形になった。ガルーニャはかなり力持ちだからな、リリアナひとりを運ぶくらいわけない。


 そしてガルーニャがどう思っているかはさておき、リリアナはけっこうガルーニャに懐いてる。


「リリアナはどう思う?」

「……わう?」


 俺たちが小声で喋ってるから、音を立ててはいけないと理解しているのだろう。小声で首をかしげるリリアナ。獣人の村長が「他はわかるがこいつは何なんだ……?」とめっちゃ不可解そうな顔でリリアナを見ている。


 何にせよ、仕方ねえ。


「相手の正体も、どこから来たかも、目的も何もかも不明だが、とりあえずひと当てするしかないな」


 俺の結論に、全員が当然とばかりに頷いた。


 皆、落ち着いていて、緊張の色もない。ゴブリンの群れに、そこそこ程度の人族の魔法使いなら脅威になりえないと思っているようだ。


『胸騒ぎがして引き返した』と主張していた村長も、今となっては肩身が狭そうだ。獣人は魔法抵抗が低いから、その判断は間違ってなかったと思うが。


「用意はいいか?」


 人族の兵士たちの骨に黒曜石の穂先をつけて、槍に変形させながら問う。


 リリアナを背負っているガルーニャ以外は、思い思いに武具を構えていた。使用人も全員訓練を受けてるから、そんじょそこらの兵士よりよほど強い。


「自分はこちらの姿で参ります」


 ヴィロッサも人化して、剣を抜いた。剣聖モードだな。何が出てきても負ける気がしねえ……砦の中のやつが助からないことが確定して憂鬱だ。


「して、どのように攻略されますか、殿下?」

「2手にわかれよう」


 砦の門を眺めながら、俺は答える。


「俺と、近接戦闘が得意な者たちで砦の正門をぶち破って突入。術者と思しき人族を討ち取る。飛び道具が得意な者は、猟兵とともにあの崩れた壁の外で待機。魅了が解けたら、ゴブリンたちが逃げ出そうと殺到するだろうから、これを逃さず討ち取れ」


 ホントに万全を期すなら――火魔法が使える部下に攻撃させて、炙り出してもよかったんだが。たかがゴブリン&術者ひとり相手に弱気過ぎるからな。


 俺の無難な作戦に反対意見もなく、猟兵組が弓を担いで速やかに移動していった。


「行くぞ」


 突入組も、真正面から砦の正門へ肉薄する。


 重厚な金属扉だな。かつては強力な護りの魔法が込められていたんだろうが、錆びついて風化している。今ではただの頑丈な金属の塊に過ぎない――




 そしてそんなものじゃ、『剣聖』は防げない。




「ヴィロッサ」

「御意に」


 ぐんっ、と踏み込みで不自然な加速を見せたヴィロッサが、手の刃を閃かせた。


 キンッと短く澄んだ音が響き渡る。注意深い者ならば気づけたはずだ、それが何重にも折り重なった斬撃の音であると。


 正門が、ばらばらに崩壊する。


 その断面は恐ろしく滑らかだ。鏡のように自分の顔が写り込んでいるような気さえした。


 無防備に口を開く砦の中から、むっとするような臭気が押し寄せてきた。獣臭さをさらに酸っぱく発酵させたような、何とも不快な匂い――


 ああ、戦場で何度も嗅いだ。


 暗闇でぎょろりと、いくつもの黄色い瞳が光る。


 砦内部の広間に、小柄な人影がズラッと並んでいた。


 血管が浮き出た緑色の肌、ずんぐりむっくりとした体型、口の端から飛び出た黄ばんだ牙。


 ゴブリンどもだ。こんなにお行儀よく整列してるのは初めて見た。そして俺たちの姿を認めるや否や、鳴き声のひとつも上げずに、一斉に襲いかかってきた。


「なるほど、これは異常だ」


 飛びかかってきた1匹を槍のひと突きで仕留めながらつぶやく。常にギャーギャーうるさいのがゴブリンという生き物だ。なのに黙ったままで、ゴブリンたちはまるでぼんやりと白昼夢でも見ているかのような顔をしていた。


「わたしも槍を持ってきて正解でした」


 俺の隣、プラティのような携帯型の魔法の槍を繰り出しながら、ソフィアが危なげなく立ち回っている。そうだな、間合いを一定に保てる槍は、こういう点は便利だ。返り血も浴びにくいし。


 夜エルフや獣人のメイドたちは、ナイフやらナックルやらのリーチが短い武器なので、ちょっと嫌そうにしている。リリアナを背負い待機しているガルーニャが、ホッとしたような、同僚に申し訳ないような、情けない顔をしていて笑ってしまった。



 そしてそんな中でも、やはりヴィロッサは別格だった。



 夜エルフの歩法と、人族の剣術が見事に融合され、完成されている。ゴブリンたちの間を縫うように音もなく走り抜け、一拍置いて、哀れな獲物たちがと鋭利な断面を晒して倒れ伏す。


 俺とソフィアが数匹仕留める間に、10匹以上が血溜まりに沈んでいた。


 ほぼひとりで広間のゴブリンを殲滅し、周囲を警戒して佇むヴィロッサは、返り血はおろか、剣に血糊すら付けていなかった。


「……妙ですね」


 ゴブリンの死体に目を留めて、ソフィアが言う。


「異常なほど痩せ細ってます。ほとんど餓死寸前ですよ」


 ヴィロッサに切り裂かれたゴブリンをよくよく観察してみれば、確かに、体の中がカッスカスになっていた。


 もともとゴブリンは体内の構造が人よりも単純で――だから転置呪の対象としては使えない、臓器の場所が一致してなければ傷を押し付けられないからだ――内臓の類が少ないことを考慮しても、あまりに干からびたような異様な印象を受けた。


 まるで――何かに、栄養でも吸い取られたかのような――




「……騒がしイと思ったラ」




 不意に、金属が軋むような声が響いた。




「随分ト活きのイイ客が来タ」




 広場の奥の、螺旋階段からだ。




 ぺた、ぺたと足音もする。誰かが上から降りてきている。


 ザッ、と俺の周囲に、皆が集まった。剣を構えるヴィロッサを筆頭に、ソフィアやヴィーネが盾になるように立ち、リリアナを背負ったガルーニャが背後に控える。


 やがて、声の主が姿を現した。


 人族、のように見える。透き通るように真っ白な肌に、申し訳程度に布切れをまとっただけの格好だ。その瞳は金色で、爛々と光り輝いている。



 だが、人族と決定的に異なる点があった。



 ――角が生えている。



 それも、魔族のような禍々しく反り返る角とも、悪魔のような額の角とも違う。



 こめかみから後方へ流れるような2本の角。あの角度、どこかで見覚えが――



「いかん」



 ヴィロッサがつぶやいた。



「お前タチは食いでがありそうダ。いい魔力をしていル、ちょうどよかっタ」



 べろりと舌なめずりした、その白い人影は。



「我が糧となレ」



 口を大開きにした。



 ゆらりと、その姿が揺れ――膨れ上がった。



 魔力が、爆発する。人の姿の擬態が解かれ、本来の力を取り戻す。



 そこには、白銀の鱗に覆われた巨大な生物が――鎌首をもたげていた。



 ドラゴン。



 それもただのドラゴンではない、この鱗の色は、光属性の――



「――ホワイトドラゴン!?」



 嘘だろ、なんでこんな――人化の魔法を――いや、それにしてもなぜ……!



 なぜ、魔王国領に!?



「――ガァァァァァァ!」



 俺の疑問を押し流すように、凄まじい咆哮とともに、白銀の光が溢れ出す。



 ドラゴン族の切り札、吐息ブレス



 光の奔流が、真正面から俺たちに叩きつけられた。

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