219.凸凹仲魔たち


 ――時は少し遡る。


 どうも、弔問を終えた翌日には、エヴァロティ王城に降り立っていた魔王子ジルバギアスです。


 レイジュ領では1泊する予定だったが、遺族のもとを巡り終えたあと、あまりにも気分が優れなかったので、そのまま魔王城に戻ることにした。


『そんなに急がずとも、ごゆっくり滞在されては?』


 と、レイジュ族長ジジーヴァルトには引き止められたが、まあ、形式的な言葉で、俺が帰ってくれて正直ホッとしているみたいだったな。


 俺もまた、折り悪く政務が多忙を極めることを理由に、丁重にお断りした。


 ……政務が多忙を極める6歳。


 うーん。まあ細かいことは気にしないでおこう。


 レイラに乗ってレイジュ領を発つころには、すっかり夜が明けていた。朝日を浴びながらの飛行は、俺の濁った心を洗い流すようで、かなりいい気分転換になったように思う。


 魔王城に戻って仮眠を取り、目を覚ますと、エヴァロティに人員が到着して自治区運営の準備がおおよそ整ったとの報告を受けた。


 なので、またぞろレイラにお願いして――レイラは元気モリモリだった、やっぱりドラゴンなので基礎体力が違う――エヴァロティまで飛んできたわけだ。


 それにしても、魔王城~レイジュ領は馬車で1日、魔王城~エヴァロティは馬車で3,4日の距離なんだが、それを半日足らずでひとっ飛びしたんだよなぁ。ドラゴンの機動力ハンパねえよ。


 逆に、決して竜には乗らない魔王には、この機動力がないワケで……


 魔王国を引っ掻き回すなら、何かに使えるかもしれないな、とは思った。



 ――エヴァロティ、王城。



 窓のない地下会議室にて、自治区運営に携わる各種族の代表者の顔合わせを兼ねた会合が開かれた。


 まずは、現地魔族代表。


「お久しぶりです、殿下」


 会釈してきたのは、貴族服に身を包んだベテラノス=レイジュ侯爵だ。


「ああ。といっても2週間ぶりくらいか? お変わりないようで何より」


 エヴァロティ攻略戦では魔族戦士に多大な被害を出してしまったものの、代わりに爆速で陥落させたことで相殺、司令官としては賞も罰もなし、という結果に終わったそうだ。


 そしてこれを機に、のんびり隠居することにしたらしい。


 ……が、レイジュ領じゃなくエヴァロティ自治区に腰を据えるあたり、この老魔族なりのけじめというか、こだわりを感じさせる。


「いやはや。遅ればせながら、侯爵への授爵おめでとうございます」

「ありがとう」

「すぐに追いつかれるに違いない、とは思っておりましたが……あっという間でしたなぁ。次回、お会いするときは公爵になられていても、某は驚きませんぞ」


 いくらか険の抜けた顔つきで、おどけたようにベテラノス。


 彼は自治区運営に直接関わるわけではないが、エヴァロティに移住・滞在する魔族たちの取りまとめ役や、緊急時は癒者ヒーラーとしても活動するため、一応この場に顔を出している。


 俺に並ぶ侯爵位だしな。


「いやいや。此度の戦は相当な激戦だった、公爵への道のりを考えると頭が痛い」


 ……本当に、頭が痛い。


「それに侯爵と言っても、俺にはまだ経験が足らぬ。貴公の年の功を頼る場面も出てこよう、そのときはよろしく頼む」

「御意に」


 孫でも見るような目で、ベテラノスは笑いながら一礼した。



 続いて悪魔役人代表。


「【横暴の悪魔】ポークン子爵です。よろしくお願いします」


 筋骨隆々の紫肌の悪魔だった。額に生えた一本角が特徴的。会議室に入ったときにコイツの尻尾が目に入ったんだが、見た目に似合わぬ、くるんとカールした可愛らしいもので笑いそうになっちまった。


 魔王城で鍛えた魔王子スマイルがなかったらヤバかった。


「よろしく頼む」


 何食わぬ顔で俺は目礼を返す。ポークンは、レイジュ族の何某かの使い魔らしい。それにしても、ガチガチの武闘派にしか見えないんだが、コイツ役人なんだな……他の悪魔を押しのけて代表になったってことは、有能なんだろうが。


 ただちょっと不安点がひとつ。


「その……お前の権能【横暴】についてだが、独断専行や勝手は認められんぞ?」


 自治区の運営は実験的で、色々と繊細な判断も要求されるんだからな!


「はっ。その点はご心配に及びません、殿下。私は普段、己の行動を律することで、ここぞというときに横暴さを発揮し力を得ております。その際は、殿下に横暴許可を願い出ますので、よろしくお願い申し上げます」

「横暴許可」

「はっ。横暴許可であります」


 ポークンは大真面目だった。なんだコイツ……


 ま、まあ、行動が制御可能なのは良いことだ。俺はうなずいておいた。



 続いて、吸血種代表。


「ヤヴカ=チースイナ子爵です。どうぞよしなに」


 俺とベテラノスに向け、優雅に会釈したのは吸血令嬢、ヤヴカだ。


 無事、と言っていいかは謎だが、父親のヴラド卿とも合意に達し、エヴァロティ自治区の吸血種のまとめ役に就任したようだ。


 心なしか、『せいせいしたぜ!』と言わんばかりの希望に満ちた顔をしているが、あんまりお気楽なようじゃ困るな。


「ヤヴカ嬢は、自治区に住まう吸血種のまとめ役だ。吸血種には夜間警備と、他氏族からの干渉・住民への加害の防止に協力してもらう」


 俺の言葉に、一同がヤヴカへ若干懐疑的な目を向けた。『最も加害するのはお前ら吸血鬼では……?』と。


「……魔王国の今後を占う奇貨であると同時に、貴重な財産である自治区民を、吸い殺すなどもってのほか。仮に干からびた死体や行方不明者が出た場合、吸血種が容疑者に上がり、加害が確定した場合は容赦なく処罰する。加害者も、管理不行き届きを起こした代表者も、だ」


 俺が威厳たっぷりに言うと、ヤヴカは表情を引き締めた。


「吸血種が何かやらかしたら、お前の牙をバキバキにへし折って、日の下に引きずり出してやるから覚悟しろよ」

「殿下を煩わせることのないよう、全力を尽くします!」


 よし。それでいい。



 続いて――


「ホブゴブリン代表のタヴォ゛ォ゛です」

「夜エルフ代表、ニチャールです」


 おっと。


 末席のふたり、ホブゴブリン代表と夜エルフ代表の声がかぶった。


「「私が先だ」」


 異口同音に互いを牽制し、机を挟んで「ぐぬぬ」と睨み合っている。



 ホブゴブリンは、なんというか、神経質そうな顔をしたゴブリンだった。いや、ゴブリンではなくホブゴブリンなんだが、見た目がほとんどゴブリンなので、どうしてもそういう表現になってしまう。緑色のゴツゴツした肌に黄色い瞳、ギザギザの歯。貴族服より数ランク下の、しかし仕立ての良い上品な服に身を包んでおり、常にメモ帳と羽ペンを手に動き回っている。


 ちなみに、『タヴォ゛ォ゛』という名前は、喉を震わせるような独特の発音なのだが、俺は何度か試して無理っぽかったので、『タヴォー』と呼ぶことにした。


 それでも、何度か試しただけで、タヴォーにはいたく感激されたけどな。大多数の魔族は、ホブゴブリンの名前をきちんと発音してやろうなんて、そもそも試みもしないらしく……



 対する夜エルフは、シダールの縁故採用だ。夜エルフらしくニチャニチャ粘着質な野郎で、俺個人としては全く好かないが、表には出さないようにしている。一応、夜エルフのシダール一派は、俺の強力な手駒でもあるからな。


 ……いや、ホントに、シダールの親戚であること以外に語るべきことがない。見た目は、夜エルフらしい色白で、濁った赤い瞳に灰色の髪。顔立ちはそれなりにいい。今後は、夜エルフ役人のまとめ役として、自治区運用の実務の大半を担っていくことにはなるんだろうが……



「ふたりとも」


 俺は若干呆れ顔で、睨み合うタヴォーとニチャールに声をかけた。


「いがみ合いは構わんが、業務にだけは支障をきたすなよ」

「「もちろんです!」」


 異口同音に答え、火花を散らすふたり。お前らホントは仲良くねえか?


 それにしても俺とベテラノスが侯爵、ヤヴカとポークンは子爵なのに対して、ホブゴブと夜エルフは無位だ。


 これが森エルフなら、同盟圏じゃ無条件でそれなりの待遇なんだけどな。夜エルフが一級国民扱いと言っても、獣人よりマシ、くらいのノリで、魔王国ではあまり地位が高くないのだとしみじみ実感する。


 そんなわけで簡単な自己紹介を終え、資料などを見ながら、今後の自治区の方針について意見の統一を図った。


『ふむ、住民名簿などは出来上がっているようじゃの』


 幻想のアンテが、資料を覗きながら言った。


 まだ完璧じゃねーけどな。これからデフテロス王国東部の残党狩り・制圧が進むにつれて、自治区民の人口も増えていくだろうし。


「まだ捕虜たちには具体的な情報は伝えてないんだったか」

「はっ。一定人数ごとに隔離し、監視下においております」


 俺の独り言じみた問いに、ポークンが答えた。


「ふむ。では連中に、ありがたくも魔王陛下から『生存権』が与えられたことを教えてやるとするか」


 俺が意地の悪い顔でそう言うと、一同もニチャァと陰湿な笑みを返した。



 はー。



 コイツら全員ブチ殺してぇ。



「では、捕虜の代表者を集めろ。説明会と洒落込もうじゃないか」



 ――というわけで、謁見の間で、俺が直々に自治区の方針を説明することにした。



「殿下! こんなこともあろうかと、殿下に相応しき座をご用意いたしました!」


 謁見の間に移動すると、ニチャールが意気揚々と話しかけてきた。


「ほう」


 あの、玉座っぽいところに布がかけられてるヤツか? 随分と仰々しい椅子だな。


「はい、こちらになります……!」


 得意満面で、バサァッ!! と布を取り払うニチャール。



 それは――


 白骨を組み合わせた、あまりにも禍々しい玉座。


 長大な背もたれは肋骨と背骨が絡みつくような構造。


 座板は腰骨、脚は大腿骨や脛骨と、几帳面に使用部位が分けられ――


 肘掛けのぴかぴかに磨き上げられたドクロが、虚ろな眼窩で俺を睨んでいる。



「こちら、オッシマイヤー13世および王国重鎮の遺骨を組み上げた玉座です!」

「馬鹿野郎」


 俺はニチャールをド突いた。


 ふざけんなよ玉座じゃなくて玉体座じゃねえか!!


「ごフゥ。……お気に、召しませんでしたか……?」


 なぜ……? とショックを受けた顔で、俺を見やるニチャール。雨に濡れた子猫みたいな目が、俺を若干、冷静にさせた。こいつ、もしかして若いのか……?


「いや……この椅子自体は、よくできている。……お前の作か?」

「いえ、みなで作りました」

「うーん……」


 夜エルフみんなで、ってことだろうなぁ……。


 誰も止めなかったのかよ……。


「…………お前たちの心遣いには感謝しよう」


 俺は今後のことを考えて、かろうじて、ねぎらいの言葉を絞り出した。


「だが、俺が望むのは、円滑にして円満な統治だ。わかるか?」

「はい。なので、愚かな人族にもわかりやすい形で殿下の武威を示し、誰が征服者なのかを教え込んでやることが必要かな、と思いまして……」


 必要かな、じゃねーんだよ。


「だからって初手から反乱の種を撒く必要はないだろ。考えてもみろ、お前が森エルフの捕虜になったとして、ハイエルフの女王が夜エルフの骨を組み上げた椅子にふんぞり返ってたら、どう思う?」


 ニチャールはちょっと考えた。


「ありとあらゆる手段で、惨たらしい死を与えてやろうと思いますね」

「人族もそれは同じだろうがよ」

「はぁ。しかし反乱を許容する統治、とのことでしたので……」

「数十年後を見据えた話だから、最初は善政敷いて安定させたいんだわ」

「なるほど……」


 おい、シダール! コイツとその仲間たち、ホントに大丈夫かよ!! 全然打てば響く感じがしねえんだけど!!


 何かあったら縁故採用したお前に責任取らせるからなマジで!!



 ……ともあれ、玉体座はボツ。



 もしかしたら、今後人族を刺激したい場面で使うかもしれない、ということで、俺の私室に運ぶよう指示しておいた。


 しょんぼりしたニチャール以下、夜エルフたちが数人がかりで、えっちらおっちら運び出していく。ホブゴブのタヴォーがそれを見て「ザマァ見ろ」とばかりに嘲笑していたが、このときばかりはホブゴブリンに同意だよ。


 まったく……仮にも国王の遺体だぞ……。


 ホントに申し訳ねえ……できれば丁重に弔いたいが……。


 そして代わりに、オッシマイヤー13世が使っていたとされる、本来の玉座を用意させた。


 うん!! これならマシだな!! 無傷で残っててよかった。


「それでは、捕虜の代表者どもを連れてまいりますので、殿下はこちらに」

「うむ」


 俺は、謁見の間の奥、控室的なところで待機する。姿見もあったので、髪型などをチェック。かつてのデフテロス王族も、こうやって事前に身だしなみを整えていたのかと思うと、感慨深さやら虚しさやらが同時に襲いかかってくるな……


『――聞け、同盟の者たちよ。……いや、汎人類同盟の諸君』


 扉越しに、謁見の間のニチャールの声が響いてきた。どうやら代表者が集まり、説明が始まったようだ。


 出番を待つ。


『――くれぐれも、殿下には失礼のなきよう。諸君らだけではなく、自治区に住まう者たち全員の命運がかかっているのでな……』


 扉の横にいた夜エルフ役人が、手で合図を送ってきた。



 出番か。



 俺は、せいぜい魔王子らしい、傲慢な笑みを浮かべながら悠々と謁見の間に足を踏み入れる。



 ひざまずいた捕虜たち。……負傷兵が多いな、それとアレは、貴族の従者か何かかな、そんな雰囲気だ。聖教会の関係者までいるぞ! 指示は出しといたが、ちゃんと生かされていたか……!



 もったいぶった足取りで、玉座に腰掛ける。



「面をあげよ」



 彼らが顔を上げ、俺の姿を捉えて、目を見開いた。やはり、俺の年若さに驚いたのだろうか。



 それにしても、なんでこういうときに限って鼻が痒くなってくるんだろう……。



 ふむ……みな、大人しく従う素振りを見せてはいる、が……。



「【我が名はジルバギアス=レイジュ】」



 俺は、【名乗り】を上げた。



「【第7魔王子にして、エヴァロティ暫定自治区代官なり】」



 威圧的な魔力が、捕虜たちに吹き付ける。



 それ、見たことか……従順な仮面が一瞬剥がれたな。



 恐れや怯えの色もあるが――それらを遥かに上回る、怒りと憎しみ。



 視線が心地よい。いい目をしている。実にいい目だ。



 特に、真ん中あたりの負傷兵なんて、一緒に呑みに行きたいくらい、威勢のいい顔つきをしてやがる。……なんか見覚えあるなコイツ。



 まあ、それはそれとして。



 困ったもんだ。やる気があるのは良いことだが、あまりやる気を出されすぎると、それはそれで不味い。



 存分に牙を研いでほしいが、噛み付いてまでは来てほしくない。



 俺が、魔王国に痛撃を加えるその日まで、虎視眈々と力を蓄えていてもらいたい。



 ――そのためには。



「さて、『魔王国にようこそ』、とでも言おうか」



 俺はゆったりと、玉座に身を預けながら、ことさら不遜な笑みを浮かべた。



「――お前たちの未来の話をしよう」



 輝かしい未来につながる――苦難の道のりの話を。

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