266.壮年勇者


 ――エヴァロティ西部、平野部。


「ここ仕上げたら俺らも休憩すっかー」


 ショベルで地面を掘り進めながら、タフマンは周囲に呼びかける。


 ういーす、と口々に答える衛兵隊や労働者たち。彼らは現在、魔獣よけの前線基地を建設している。


 衛兵隊の努力で野犬の群れや小さな魔獣の駆除は進みつつあるが、それでも自治区西部にはアスラベアのような大物が潜んでいる可能性も否定できず、このままでは自治区民が安心して農業に勤しめないためだ。


『基地』といっても、土壁と堀があるだけの簡素な造りで、魔法的な防御は一切考慮されておらず、魔獣相手にしか役に立たないシロモノだ。魔王軍に対する脅威足り得ないので、建設許可も紙一枚で下りた。


 廃村を再利用する形で建設が進んでおり、井戸などの水源も生きていたため、ゆくゆくは拡張されて村として蘇るだろう。


(魔族なら一瞬で工事が終わるんだろうけどなぁ)


 人の身ではそうもいかず、こうしてタフマンたちがせっせと手を動かしている。


 言うまでもなく、土を掘り進めるのは重労働だ。この手の力仕事において、瞬発力では獣人たちに分があるが、真夏の日差しの下では彼らはバテやすい。今も作業小屋の日陰で、舌を出して休憩している。


「おーい、ちょっと手ぇ貸してくれ。でっけぇ岩が出てきた!」


 と、人族の作業員の声に、獣人たちが立ち上がりそちらへ向かう。土中に岩などが出てきたら、腕力に物を言わせてどかすのは彼らの仕事なので、役割分担はうまくできていた。


「しっかし副長、今日はえらい調子がいいな」


 隣で、手押し車に土を載せる作業をしていた衛兵が、感心した様子で言う。


 今日のタフマンは人一倍働いていた。もりもりと土を掘りながらも疲弊した様子は見せず、山盛りの土砂もすいすい運んでいく。


「まあな」


 ひょいと肩をすくめるタフマン。


 ギンギラギンの直射日光を浴びて、まったく目立っていないが……


 実はその体は、かすかに銀色の輝きを帯びていた。


 聖属性だ。



 ――結論から言うと、タフマンは勇者になった。



『こんなことがあり得るなんて!!』


 あのリハーサルのあと、マイシンは大興奮だった。


 、前例がないことらしい。


 なぜ今になってタフマンが目覚めたのか、はっきりとした理由はわからない。一番あり得るのは、昔のタフマンが受けた成人の儀に、何らかの問題があったことだ。


『本来、聖属性に目覚めるべきだったタフマンさんが、何らかの原因で恩恵に与れていなかったのではないかと……』


 今となっては確かめようもないことだが。


『つっても、ここまでドバドバ浴びちゃいないが、しっかり銀色の聖水もかけられたんだがなぁ』

『うーん。自分の場合、軽くかけられるだけで目覚めましたからねぇ……』


 自身の経験を振り返りながら、首をかしげるマイシン。


 マイシンは、聖水をパシャパシャとかけられる程度で問題なかったのだ。あるいは適性が低い人間でも、ドバドバ浴びせたら聖属性に目覚めやすいのか。


 それとも他に理由があるのか……。


 ただ、成人の儀を、大人になってからやり直した、という話は聞いたことがないのも事実だ。というより、大人になって目覚めることもある、というのがそもそも盲点だった。


『自分が知る限りでは、聖教会でもそういう取り組みはしていない……と思います。でも自分はペーペーだったんで、上層部がどうしていたかまではわかりません』


 もしかしたら秘密裏に実験していた可能性はある。魔王軍に圧されまくっている現状、聖属性の使い手が多いに越したことはないし、そのあたりの仕組み――神秘に切り込む者がいたとしてもおかしくはない。


『しかし、実践されていない以上、成果が芳しくなかったのかも……』


 それか、本当に誰も試みていなかったか、あるいは試みても結果が出ていなかったか、だ。マイシンも予行演習としてたまたまやっただけで、まさかタフマンが覚醒するなんて夢にも思っていなかったのだから。


『けど、個人的には思うところもあるんだよな……』


 当事者として、一応、タフマンは自身の心境の変化についても触れておいた。成人の儀を初めて受けたときとは、心構えがまったく違うということを。


『なるほど……精神性によって変わってくる可能性ですか……。まあ、むしろ子どものときから、そんな心境の人間の方が……その、少数派かもしれませんしね……』


 マイシンは曖昧な顔でうなずいた。自身は成人の儀で目覚めているので、客観的に話しづらい点もあるのだろう。


『実際、勇者も神官も……けっこう、キマってる人が多いもんな?』


 タフマンは言葉を選ぼうとしたが、語彙力の乏しさゆえあまり選べていなかった。


 しかしそうなのだ。聖教会の面々は、自己犠牲の精神と、人類の敵への反骨精神に溢れた連中ばかりだ。


 眼前のおとなしそうな元見習い神官マイシンでさえ、エヴァロティ攻防戦においては、絶対に敵わない上位魔族に物陰から剣で切りかかり、返り討ちにされた経歴の持ち主だ。(実力差がありすぎたため、パンチ1発でノされてしまい、結果的に軽傷で生き延びたらしい。)


 今のタフマンなら、たぶん似たようなことはするだろう。


 ただ、成人の儀を受けた当時のタフマンでは、無理だ。


 同盟圏において、勇者や神官は――聖教会の面々は丁重に扱われる。それは聖属性の使い手であるからだけではなく、人類の敵に対する精神性に、誰もが一定の敬意を払っているからだ。


 そんな精神の持ち主、などと自ら吹聴して回る気はないが、タフマンとしては、この差は無視できないと感じていた。こうして、大人になって目覚めたからこそ。


『…………確かに、魔王軍の戦線に近い地域ほど、目覚める者が多いとは言われているんですよね……逆に、同盟圏東部の戦線からはるかに後方では、それほど多くないとも……』


 マイシンは神妙な顔で相槌を打ったが、その目は、ある種の確信を抱いているようでもあった。



 で、あれば、だ。



 タフマンたちの次なる行動は決まっていた。



「よーし終わった、休憩しよう」

「すげえな、思ったより早く片付いてるぜ」

「この調子なら明後日には形になるかもな」


 予定していた堀があらかた形になり、人族たちも休憩に入り始める。


 ワイワイとにぎやかな衛兵たちのうち、数名が、タフマンに意味深な目を向けた。



 ギラギラと降り注ぐ、真夏の太陽の下では目立たない。



 だが――タフマンにはわかる。



 彼らもまた、その身に銀色の輝きを宿していた。

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