403.それぞれの今後


 ――ニードアルン号は、まもなく最寄りの都市国家に到着した。


「世話になったな、アレックスくん。君と一緒に戦えてよかった」


 レキサー司教たちとはここでお別れだ。


 この街で待機して、他に被害が出ないか――眷属の狩り逃しなどがないか、しばらく経過を観察するという。一箇所にとどまるのは、被害が出た際に連絡を取りやすいようにするためだ。


「ティーサンとレイターたちにも手紙を出さねばな」

「ツードイに置いてけぼりを食らって、今頃ヘソ曲げてるかもしれやせんね!」


 レキサー司教の言葉に、ルージャッカがカラカラと笑っている。


「ああ。だが、予定を早めた価値はあった……!」


 感慨深げにつぶやくレキサー司教。ニードアルン号から、船員や森エルフの手を借りて、よろよろと降りていく被害者3名を見守りながら――


 ジュリエッタを含む生存者たちも、この街で降りる。特にジュリエッタはここが出身地だそうで、無事に実家へ送り届けられることだろう。


 ロメオの手紙も。……機密保持の観点から、手紙は聖教会経由で数週間ほど時間を置いてから配送される予定だ。


 アーサーの治療を受け、身体には傷ひとつなくなった彼ら彼女らだが、心に負った傷はあまりに深い。


 誰もが俺たちのように、悲しみや痛みを、怒りや憎しみに転嫁して奮起できるわけじゃない。せめて、彼女らの今後の人生に、幸多からんことを……と、みなが自然に祈りを捧げていた。


 ……ところで、みなは光の神々に祈りを捧げているが、俺はどうなんだろうな?


『そんなもん、決まっとるじゃろ?』


 ふっふーんと笑うアンテ。


『我じゃよ、わ・れ♪』


 ご利益なさそ~。


『うーん、あながち否定できん』


 むしろ祟りそうだよな……


『それは言いすぎじゃろ』




「ところでアレックスくん」


 と、レキサー司教が改まってこちらに向き直った。


「どうだね、君は休暇中とのことだが……休暇が明けたら、ヴァンパイアハンターにならないか?」


 熱い眼差し。アーサーがその隣で「やはりな」という顔をしていた。


 うん、俺も予想していたよ。この勧誘は。


「ハッキリ言うが、君の秘術が喉から手が出るほど欲しいのだ」


 気持ちはわかる。吸血鬼探しに、これほど向いた技もないだろう。というか吸血鬼狩りだけじゃなくて、殺人事件とかにも応用が利くし、死霊術はとんでもないポテンシャルを秘めてると思う。


「これまでの所属や経歴は気にしなくていい。君の上司が仮に教皇猊下だったとしても、君を引き抜いて見せるとも。……もちろん、君が望めばの話だが……」


 どうだね? と。熱く、それでいて、どこか歳の離れた子でも見守るような目で、レキサー司教は微笑んだ。


 俺の答えがわかっているかのように。


「申し訳ないです。俺はこの力を、魔王軍と戦うために使っていきます」

「だろうな。そう言うだろうと思った」


 レキサー司教は大して口惜しがる様子もなく、ひょいと肩をすくめた。ただ、ルージャッカはとても残念そうに、くるる~と唸り声を上げている。


「脅威度を考えれば、君が正しい。同盟圏後方の吸血鬼より、魔王軍に注力すべきだと私も思う。……ただ、もしも万が一、君の気が変わることがあったら」


 彼が手渡してきたのは一枚の紙切れ――連絡先が記してあった。聖教国、聖戦局、退魔部第6課『夜明けの狩人』。ヴァンパイアハンターの総本山。


「いつでも連絡を寄越してくれ。歓迎するよ。君の上司には文句を言われるだろうがな……」


 では達者で、と短く告げて、アーサーとも握手してから、レキサー司教は去っていった。狼獣人のルージャッカは尻尾と手をぶんぶんと振り、森エルフ射手のイェセラも軽く手をひらひらさせて。


「……行っちゃいましたね」


 レイラが、ほぅ……と肩の力を抜いて溜息をつく。ルージャッカがいる間、正体がバレるんじゃないかと気が気じゃなかったからな……。「父の形見なので」(竜の鱗スチャッ)(キリッ)で誤魔化してたけど。


「アレックスたちは、このあとは?」


 アーサーが前髪をファサッとやりながら、尋ねてくる。


「そうだな。聖霊として協力してくれた人たちから、手紙を預かってるから……それを届けて回るつもりだよ」


 吸血鬼狩りが終わったので、当初の予定通り、のんびり各地を巡るつもりだ。


「じゃあ……引き続き、ニードアルン号に乗っていくかい?」


 クイッと親指で、背後の船を示しながらアーサー。


「ここらの目ぼしい都市国家には、これから寄港していくし……もしも一緒に色んな街に行くなら、今度こそゆっくり案内できるよ。観光名所とか、地元民御用達の美味い店とか、景色のいいデートスポットとか――」

「美味い店……」

「デートスポット……」


 ごく……とつばを飲み込む俺たち。


「せっかく休暇中だったのに、無理やり連れ出しちゃったからね。しかも大活躍だったし。お礼と言っちゃなんだけど、せめてそれくらいはしたくってさ」


 アーサーが困ったように笑う。


 良くも悪くも、アーサーとはもう気が置けない仲だからなぁ。エドガーと違って、色々と詮索してこないから距離感もちょうどいいし。


 ここらで失礼して、手紙を送り届けるためレイラで飛んでいくって手もなくはないんだが……地図と照らし合わせながら、アウリトス湖の各地に点在する都市国家を訪ねて回るのも、けっこう手間だもんな……


 俺にとって急ぐべきミッションは、夜エルフ諜報員の殲滅だった。しかし湖の東端にあるツードイにも、魔王子追放の報せは届いていたし、夜エルフ諜報員の狩り出しも各地で始まっている。少なくともアウリトス湖沿岸地域――ノッシュ=ウゴー連合では、俺がそこまで急ぐ必要はなくなったワケだ。


 ……ちなみにツードイでは、一足先に集まっていたレキサー司教たちの手で、諜報員も狩り出されていた。ルージャッカの嗅覚は尖すぎて、街中だと逆に色んな臭いとごっちゃになってしまい使いづらいそうだが、他の獣人たちが新種の日焼け止めなどの臭いをシェアされて、見事に嗅ぎつけたそうだ。


『霧化もしない、眷属も増やさない、魔力も魔法も大したことない諜報員は、居場所さえ特定できてしまえば容易い相手』というのはレキサー司教の言だ。まあ吸血鬼に比べりゃな、連中の戦闘力なんてハナクソみたいなもんだ。


 しかしそんなハナクソ連中でも、商業や政治には厄介な毒を撒き散らす。そして、そんな奴らが大陸の東部にはまだうじゃうじゃいるはず――霊たちの手紙をダッシュで届け終えて、大陸の東端を目指して飛んでいく? それもアリっちゃアリだが……


 正直……けっこう疲れたんだよな……今回……。


 霊体を何十体も使役(この言い方はあまり好きではない)したのも初めてで、神経使ったし……


「……いいんじゃないでしょうか? このままお世話になっても」


 レイラがガシッと俺の肘を掴みながら言った。


 デートスポットへの並々ならぬ執着を感じる……ッッ!


『ま、しばらくならええじゃろ。疲れが取れるなり、情勢が変わるなりすれば、そのときさっさと離脱すればいいんじゃから』


 珍しくアンテも素直に賛同するんだな。


『別に珍しくはなかろう、数日程度なら誤差にしかならんじゃろうし、取り立ててアーサーを警戒する必要もないじゃろうという見立てよ。コレがアーサーではなくエドガーじゃったら、即時の離脱を提案しておった』


 エドガーに鍛えられちまった感、否めない。


「じゃあ……しばらく厄介になるよ」

「よかった! こんな形でしか恩返しできないからね」

「いやいや、アーサーの結界もすごかったから……あれのお陰で吸血鬼野郎を逃さずに仕留められた」

「アレックスの力がなければ、えげつないくらい時間と手間がかかってたはずだよ。ささ、じゃあ早速、この街のおすすめのレストランを紹介しよう」

「おっ、いいねー!」

「もちろん、僕のおごりさ」

「いいねーーーっ!!」



 意気揚々と街に繰り出していく俺たち。



 その後アーサーおすすめの店に入ったら、大テーブルに陣取ったレキサー司教たちと鉢合わせし、みなで大笑いして飲み会に突入したのは、また別の話――


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