238.幼馴死身着任


 そのまま、エヴァロティ王城の自室に一旦移動した俺は、集まってきた自治区役人の主要メンバーにクレアを紹介した。


「ポークンです」

「ニチャールです」

「タヴォ゛ォ゛です」


 3名とも、「ふーん」という感じだった。まあ無位無官のアンデッドだしな。


 ちなみにクレアはクレアで、タヴォーを見て「キッ」と奇声を発していた。ホブゴブリンって、ガタイがよくて身なりが綺麗なだけのゴブリンだもんな……反射的に殺しそうになったのかもしれない。


 タヴォー、能力はそこそこだが、役人3人衆の中では比較的マトモで無害な奴なんだ……殺さないでやってくれ……


 ホブゴブリンは頭の回転が速いが、記憶力に難があると言われている。3~4桁の掛け算くらいならパッとできるんだが、記憶が長持ちしないせいで、妙なミスを頻発する。その場限りの金勘定は得意でも、帳簿をつけるのは苦手。そんな感じだな。


 しかしタヴォーは、今のところ失態らしい失態を犯していない。普段からメモ帳を持ち歩いているのも、ド忘れ防止とタスク管理のためだそうだ。仕事がかなり丁寧で気も利くので、俺はかなり気に入っている。


 ニチャールは仕事もテキパキ片付けて優秀だが、独断で何をやらかすかわからない危なっかしさがあり、ポークンは丁寧な仕事と雑な仕事の差が激しくて、なんか不安なんだよな……


 ともあれ、役人たちにクレアを印象づけるべく。


 事前に彼女の了解を取っておいた俺は、親しげにその肩を抱いてみせた。


 それで、連中も察したようだ……クレアをどう扱い、もてなすべきか。俺の評判を鑑みればな。


 俺とそこそこ付き合いのある家臣なら、俺がアンデッドに一目惚れしたせいで(という建前で)挙動不審になっていた時期も知ってるだろうし。


 ……ん? それを考えると、クレアを俺の城に連れ込んだというこの状況って……いや、コレ以上は考えまい。やめよう。


『この頃は、質のジルバギアス、量のダイアギアスともっぱらの評判じゃもんな』


 そんな評判獲得しとうなかった。




 顔見せが終わってから、エンマと話をつけたエヴァロティ日報についても、クレアに改めてお願いしておいた。


「あー、そういうことになったんですねー」


 クレアは、どうでも良さそうにうなずく。


「まあ、どのみち定時連絡することにはなってたんで……」

「そうか……」

「ところで、あたしはどこにいればいいんですかね? あ、もしかして、王子さまのお部屋で待機とか?」


 ふふ、とからかうような笑みを浮かべてみせるクレアだったが、その目はどこまでも無感動だった。


「いや……ちゃんと用意するよ、部屋を」


 というわけで、城の図書室の近くの居室をクレアに割り当てた。図書室は、重要な資料こそ持ち出されていたが、そこそこ蔵書が残されているからな。


 自治区が活気を取り戻すまで当分は外に出られないクレアも、これで無聊を慰められるはず……


「あと、魔力についてなんですけど、よかったら王子さまにわけてもらえたら嬉しいなーって」

「もちろん、いいぞ」

「よかった」


 地脈からの供給がなくなったんで助かります、とホッとした様子でクレア。


「……ちなみに、他の上位アンデッドたちは赴任先でどうしてるんだ? 現地の魔族が魔力を供給した、って話は聞いたことがないんだが……」


 自我のあるアンデッドを忌避する傾向がある一般魔族が、ホイホイ魔力を提供してくれるとは考えづらい。


「あー……ここだけの話」


 クレアは声を潜めて、いたずらっぽく笑った。


「実は、現地の骸骨馬スケルトンホースから魔力を失敬してるんですよ……あたしたちが直接頼んだら嫌がられますけど、骸骨馬が動きたがらなかったら、何の疑問も抱かずみんな魔力を注ぎますからね」


 合理的だけど、意外とみみっちいことしてんだな……。


 なので、俺からの供給がなければ、クレアもどのみち骸骨馬から魔力を補給するつもりだった、とのこと。


「心配しなくても、俺がいる間は不自由させないよ」


 俺の、忌々しい闇の魔力でも、クレアの存在を維持するのに役立てるなら……


 捨てたもんじゃない、と言えるんだろうか。


 わからない。


 それを喜ぶべきなのかさえ、今の俺には。




 図書室に残ったクレアを置いて、自室に戻る。部屋の真ん中、でん! と鎮座するオッシマイヤー13世の玉体座を見て憂鬱になってしまった。


 さて……


「わう?」


 リリアナをナデナデ。せっかく連れてきたんだから、すみやかに傷病者たちの治療に移りたかったんだけどなぁ。報告によれば、未熟な神官見習いしかいないせいで、遅々として治療が進んでないみたいだし……


 しかし、魔王子たる俺が、いきなり自治区民に慈悲を見せるのも不自然だ。治療はあくまで『気まぐれ』でなければならない。


 となると……


「――ヴィロッサ」


 俺は夜エルフの『剣聖』を呼んだ。


「はい、殿下」


 魔王城では持て余し気味だった武力を活かすべく、他の夜エルフ猟兵たちとともにヴィロッサもエヴァロティに配属されている。


「久々に鍛錬しよう、


 気分転換も兼ねて。このところ、俺も忙しくてプラティとの実戦形式訓練さえ頻度が落ちてたからなぁ。


 暴れたい気分だ……! 久々に……!


「御意に」


 うやうやしく一礼したヴィロッサが、ゆらりと揺らめき――



 人族のおっさんに姿を変えて、好戦的な笑みを返してきた。

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