239.物の序で
キィン、ガキィンッ! と激しい剣戟の音が響き渡る。
「うおおおッッ!」
「はァァ!」
刃がぶつかり合い、夜の練兵場に火花が飛び散る――!
どうも、ヴィロッサと絶賛訓練中のジルバギアスです。
城の関係者たちがこぞって見物に来るほどの、実戦さながらの激闘だ。ヴィロッサは『ハイエルフ級の魔導師の援護を受けた剣聖』という想定で、呪詛の類は全て弾くことになっている。
つまり俺は、目潰し程度の呪詛だけで、剣聖とガチの白兵戦を繰り広げていた。
いやー強い強い。もう十回近く切り刻まれている。
人骨の槍の柄なんて、どんなに魔力を通してもスパスパ切断されるので、まったく防御の用をなさない。ヴィロッサもすぐにくっつくからって遠慮なく切り裂いてくるしな。
防護の呪文もパリンパリン割られるので、時間稼ぎにしかならない。【名乗り】を使っていないからだ。【名乗り】ありだと、ヴィロッサの斬撃はほぼ通らなくなってしまうので、まあハンデだな。
「シッ」
鋭く呼気を吐き出し、魔力の防壁を貫いたヴィロッサの、業物の刃が迫る。
無防備に受ければ、俺の胴を袈裟斬りにするガチ目な一撃。俺は右手のアダマスで受け流した。
さっきから柄を切断されて槍を無効化されてばかりなので、右手にアダマスを剣として握り、左手に変幻自在に動く骨の槍(兼盾)を構える、という変則的な戦い方をしている。
侯爵級の防護の呪文をバターみたいに切り裂く剣聖の斬撃にも、アダマスは余裕で持ちこたえる。こちとら魔王の槍とかち合っても折れなかった聖剣だぞ、休眠中でもその程度の一撃はきかんわ……!
「ふんッ!」
剣を振り抜いたヴィロッサの胴に、お返しとばかりに骨槍を叩きつける。が、寸前で、剣聖特有の瞬足により視界から消え失せるヴィロッサ。
――ビリビリと首筋が震える。
俺は右手のアダマスを背負うようにして後ろに回し、背後を取ったヴィロッサの斬撃を防いだ。
「――らァッ!」
そして巻き戻った左手の骨槍が、穿つ。
魔力が籠もった骨の刃に薄く胴着を裂かれながらも、間一髪でかわしたヴィロッサは、ぐんっと伸びるような美しい斬撃を――
俺の左腕が肩から切り飛ばされ。
同時に、ヴィロッサの腹にアダマスが突き立った。
「ごふッ……」
吐血しながら倒れ込むヴィロッサ。おお……! と野次馬たちがどよめき、俺も肩の傷口を強く押さえて止血する。
「いやー参った参った、また相討ちか……」
ついでに、ヴィロッサの腹の傷も転置呪で引き受け、ダバダバと血を吐きながら俺は苦笑した。
うわんうわんと鳴きながら駆け寄ってきたリリアナが、ペロペロしてくれる。はぁ癒やされるぜ……おっと、その前に腕を拾っていいかな。新しく生やすより、くっつけた方が早いから。
「これは殿下の勝ちでしょう……」
傷ひとつなくなった腹部を撫でながら、立ち上がるヴィロッサ。苦笑しているが、ちょっと渋みが強い。
「転置呪で治療が可能なのですから、腕をおひとつ失われた程度では……」
「いや、転置呪は効かない想定だからな」
腕をやられたら、
「それはそうかもしれませんが……ここまで手加減されてなお、御首に届かぬとは、己の未熟を恥じるばかりです」
ヴィロッサは悔しげだった。まあ、呪詛なしルールで得意の白兵戦をやっているのに、安定して勝てない時点で大問題なんだろうな。しかも6歳児相手に。
もう10回くらいやっているけど、首にピタッと刃を当てられたのは2回くらい。あとはぼちぼち相討ちか、俺の勝利か。2勝6引き分け2敗ってとこだ。
俺がもうちょっと負傷に臆病だったら、ヴィロッサの勝率もグッと上がっていたと思う。
が、転置呪のせいで痛みと欠損に慣れてるから、「どうしても避けられない一撃は割り切って相手を仕留める」という動きを、躊躇いなくできる。でも、転置呪が使えないならそのあとはジリ貧なので、引き分けは俺にとって負けなのだ。
……まあ、実戦だと、俺の転置呪を完全に防げる奴なんてそういないし、名乗りを使えばさらに魔力が強まる。転置呪さえ通れば逆転できて、かつそれを前提に動けるのがホントに厄介だからな……
見物人たちも――主に夜エルフと獣人とホブゴブリン――それを理解しているので「コイツやべえよ……」と畏怖の顔を向けてきている。レイジュ族の影響が強い面々しかいないが、俺に逆らう奴はこの中にひとりもいないだろうなぁ。
……逆転、か。
バルバラも……起死回生の転置呪で…………
「……そろそろ切り上げるか」
俺は、それ以上は考えるのをやめた。
よし、リリアナのおかげで傷も治ったぞ。いつもありがとうな。
「わふ!」
尻尾があったら振ってそうな笑顔を向けてくるリリアナ。
「これからもこの調子で頼むぞ、ヴィロッサ。ここまで遠慮なく斬り合えるのは、お前くらいのものだからな」
「光栄です、殿下。身が引き締まる思いです、これからも鍛錬に励みます」
ヴィロッサは慇懃に一礼したが、密かに闘志を燃やしているようだ。本業は諜報とはいえ、物の理に微笑まれるほど剣の道に打ち込んでいるのも事実だからな。白兵戦では俺を圧倒する、くらいじゃないと恥と考えているんだろう。
「うむ。ともに高めあっていこうじゃあないか」
剣聖と本気で斬り合うなんて、同盟圏でもできない贅沢な訓練だ。この調子で俺の鍛錬にも役立ってくれ。
「他の者も、参加したかったら遠慮なく言えよ。訓練のついでなら、多少の古傷も治してやらんことはないぞ」
俺の言葉に、おお……と顔を見合わせる野次馬たち。興味1割、腰が引けてるのが9割ってトコか。
「ふむ……そうだな、さらに
俺は見物人の中に、タヴォーの顔を見つけて手招きした。
「はい、殿下。いかがなさいましたか」
「自治区民どもに通達しろ。傷病人で使い物にならんほど程度が重い者たちは、訓練のついでに俺が治してやる、とな」
「は……は? かしこまりました……」
マジっすか、と軽く目を見開きながらも、メモを取るタヴォー。
そう……ついで。これはあくまで、ついでなのだ……!
「うむ。お前の報告書を読んだが、神官も見習いばかりで、ロクに治療が進んでいないとのことだったな。連中には、さっさとキリキリ働くなり、鍛錬を積むなりしてもらわねばならんのだ……」
と、もっともらしく語ってみせる。
「わかりました……何名ほど受け入れられますか?」
まさか全員じゃないでしょう? とばかりにタヴォー。
「日ごとに10人といったところか。欠損や重病のやつを優先しろ、訓練上がりにまとめてやるから、夜明け前ぐらいに呼びつけておけ」
「はい、殿下。明日の夜明けから、ということですね……直ちに責任者たちに通達いたします」
タヴォーは一礼して去っていった。
よしよし。何とかそれっぽい雰囲気になったな。
「ああ、全身すっかり血でベタベタだな……」
毎度のことだが、実戦形式の訓練ではこうなる。戦闘中は気にならないけど、一段落すると不快感がすごい。
「リリアナ、もう治ってるから大丈夫だぞ」
あーあ、リリアナまで血まみれになっちゃった。さて、ひと風呂浴びるかな……
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