212.欺瞞と思惑


 どうも、人族をどうしても絶滅させたいイカれた奴に、「人族を保護しようとしてるってホント?」と笑顔で尋ねられたジルバギアスです。


「ああ、そうだぞ」


 俺は何でもないことのように、澄まし顔で肯定する。


「……ボクの目的は、魔王陛下はもちろん、ジルくんにもよく理解してもらっていると思ってたんだけどなぁ」


 エンマは相変わらずの笑顔だ。微動だにしない笑顔。


「人族を保護していくのが、これからの魔王国の方針なのかなぁ?」

「何だ、まさかそれを気にしているのか?」


 クレアの視線を強烈に感じながら、俺もまた笑ってみせる。


 まるで邪悪な魔王子みたいに。


「そんなもの、方便に決まっているだろう」

「あっ、そうなんだぁ! ただの方便だったんだ」


 わっはっは、と声を上げて白々しく笑い合う、俺とエンマ。


「――で、どういう意図が?」


 まあ、この程度じゃ引っ込まないよな。


「意図、か……色々あるんだがな。というか、どこまで知っている?」


 俺は片眉を跳ね上げて、エンマに問うた。


「地下に引きこもってる割には、ずいぶんとじゃないか? 俺が発起人だと、誰から聞いたんだ?」


 お前の情報の出どころ、言えるもんなら言ってみろよ。


「年中引きこもってるわけじゃないさ。こう見えてボク、けっこうお散歩好きなんだよ? それに、ボクたちの出会いを忘れてしまったのかい……?」


 ちょっと悲しげな表情を浮かべながら、エンマが軽く肩をすくめる。


「忘れるわけがないだろ」


 あの中庭。自分から日光に突撃して、灰に還っていくアンデッドなんざ。


「あんな光景、死んでも忘れないよ」

「あはっ。死んでも忘れないなんてジルくん大胆……!」


 どこに大胆要素が……? しかし、そうか。今も欠かさず続けてるわけだ。


「その後、どうなんだ? 日光耐性の研究は」

「今は、それほど進展はないかなぁ」


 考え事をするような顔で、唇に手を当てて。


「でも、そろそろ『何か』を掴めそうな気がしてるんだよね!」


 掴むな掴むな! そんなもん!! 一生灰に還ってろ!!!


「まあそういうわけでね。ボクはけっこう、昼間に外をうろついてるからさ……魔王城のヒトたちは、アンデッドを気味悪がるか、置物みたいに気にしないかのどちらかだからねえ。後者はボクが通りがかっても、気にせずおしゃべりを続けるんだ。ジルくんのこと、けっこう噂になってるんだよ? 獣人やドラゴンたちって、仲間内だとけっこう噂好きだから」

「へぇ……」


 獣人の使用人だけじゃなく、ドラゴンもか。そいつは盲点だったな。あいつら素の身体能力が高いから、遠くの会話だって盗み聞きできるだろうし、騎竜として働くときも、空じゃ開放的になって口が軽くなる魔族は多いだろうからな。


 そんな噂話を、エンマは目立たない姿で収集して回ってるワケか……色んなボディに乗り換えられる死霊王ならでは、だな。


 やっぱり油断ならねえ。


「だから、レイジュ族の皆様が、ジルくんを大いに自慢しているらしいって話は耳にしたねえ。なんでも、魔王陛下に献策していたく感心されていたとか。自治区の方針に大きな影響を与えたとか……それで、ボクら幹部にも通達されたのが、人族保護という施策だったワケだからさ。じゃあジルくんの仕業じゃない? と思うのは自然な流れだよ」

「素晴らしい推理だな。実際その通りだ。俺がレイジュ族の血を引く以上、なかなかに厄介な問題でなぁ、これは」


 俺は腕を組み、わざとらしく溜息なぞついてみせる。


「使い捨て前提だった人族奴隷たちに一定の身分保障を与えたのは、他の氏族どもに利用されないためだ。家畜よろしく気軽に盗まれては、レイジュ族が繁殖させている転置呪用の身代わり奴隷と干渉して、面倒なことになる。治療枠の制限というお題目で、他氏族の足元を見ている、うちの一族の既得権益が揺るがされることになるわけだ。……あ、もちろんこれは他に言うなよ?」

「もちろん、ボクたちだけの秘密だね! ……しても、ああ、そういうこと」

「それに加えて、農業や畜産についての話も、お前ならもう知ってるだろう? 人族にやる気を出させるためには、身分保障してやった方が効率的なはず、と俺が進言したのさ。……だが、いずれにせよ、一時的な措置だ。自分の身が安全と理解すれば、連中はすぐに反乱の準備を始めるだろう。そしてそれが叶えば――」


 俺はおどけて肩をすくめた。


「――お前好みの展開になると思うが?」

「鎮圧する、と」

「ああ。盛大にな」

「魔族の皆様の、闘争心を満たすために?」


 エンマが薄ら笑いのまま、俺を観察している。


 ――そして俺は、クレアの視線を痛いほどに感じている。


 自治区の真の目的まで、もう知っているか。まあそこまで情報収集してりゃあ、耳には入ったろうな。


「ああ。……ただし、こんなことを繰り返していれば、遅かれ早かれ人族は絶滅するだろう。いずれにせよお前の望みは叶う」

「……そこまで織り込み済みってことは、苦しみが無駄に生産されちゃうのは、もはや避けられない流れなワケだね?」


 悩ましげに、表情筋の調子を整えるように、眉間をもみほぐすエンマ。


 コイツの厄介なところは、人族が憎いから滅ぼそうとしてるんじゃなくて、人族がこれ以上苦しまないために滅ぼそうとしてることなんだよなぁ。


 イカれてやがる。


「それについては、悪いがその通りだな。……しかし人族の苦しみが長引くのは確かだが、永遠の時間を持つお前たちアンデッドからすれば、数十年や数百年なんて、誤差みたいなものだろう?」

「……そう言われると、弱いんだよねぇ」

「ただ、自治区の存在によって、魔王軍の侵攻はむしろ早まるかもしれん」


 俺は行儀悪く、椅子を傾けてぐらぐらさせながら言った。



 ――俺は、エヴァロティに善政を敷くつもりでいる。



 夜エルフが、同盟後方にバラまいている欺瞞情報プロパガンダ――『魔王軍にくだっても、人族の待遇はそれほど悪くないらしい』――を利用する、という建前で。


 エヴァロティ自治区を、その『好例』に仕立て上げてやる。欺瞞情報に真実味をもたせることで、同盟軍の連携にさらなる楔を打ち込むのだ。


『皆殺しにされるわけじゃないなら、降伏してもいいのでは』『支援するより自国の国力を高めた方がいいのでは』と後方が考え始め、支援の手が鈍れば、そのぶん魔王軍の侵攻は容易になる。


 また、自治→反乱→鎮圧構想があれば、もはや魔王軍も『敵』を長持ちさせるために、侵攻速度を抑える必要がなくなるのだ。


『――それでは、より早く同盟圏が削られていくことにならんか?』


 アンテが問うた。


 そうだな。だが構わない。


 戦場の回転率が上がるってことは――次の出征おれのばんも、それだけ早く回ってくるってことだからだ。


 戦場に出れば、俺の力は高まる。


 魔王に手が届く日が、そのぶん近づく……!!


 ……まあ、エヴァロティ自治区が良くも悪くも結果を出し始めてからの話だから、魔王が侵攻速度の制限を取っ払うのは、早くても10年後とかだろうけどな。


「いずれにせよ、自治区は滅ぶ運命にあるのさ」


 反乱を起こして鎮圧されるか。


 あるいは――それより前に、俺が魔王国を滅ぼして、自治区なんてふざけた枠組みをブチ壊すか、だ……!


「もちろん父上も、お前の思想はちゃんと理解している。そしてお前の、魔王国への貢献ぶりも。これは現実的な妥協というやつだよ。それでお前が納得してくれれば、嬉しいんだがな……」


 おそらく魔王も、魔王軍の幹部会では、こんな調子でエンマに説明するだろう。


 ……だが。


 もしも魔王国が、人族を生かさず殺さずの方針に舵を切って。


 人族絶滅の夢が叶わないとなったら、コイツは、いったいどうするんだろうな?


 魔王国に反旗を翻すか? そう考えると、俺の『魔王国立死霊術研究所長』の肩書が重みを増す。


 反旗を翻したエンマを、闇の輩でも滅ぼせる方法を編み出す――


 まあ、闇の輩同士、潰し合ってもらっても勇者おれは一向に構わないんだが。


「あるいは、お前たちアンデッドが、人族の代わりになるという手もあるぞ」


 俺は敢えて、挑発的な笑みを浮かべ、エンマを試すように言った。



「農業でも、畜産でも――あるいは、



 なってみるか? 魔族の『敵』に。



 



 ――空気が冷えたように感じたのは、気のせいではあるまい。



「ヤだなぁジルくん、そんな意地悪を言わないでくれよ!」


 相変わらずの笑顔で、エンマはおどけたようにお手上げのポーズを取った。


「不満があるような態度を見せたのは、謝るよ。いや……ハッキリ言おうか」

 

 真面目な顔で、胸に手を当てて身を乗り出す。


「……不満がないと言えば嘘になる。でも、ボクの最大の目的は『アンデッドの楽園を作ること』と、『聖教会を滅ぼすこと』のふたつ。その他の要素は、とただし書きがつくのさ」


 それだけは信じてほしい、と真摯に訴えるエンマ。


「実現不可能なことで、駄々をこねるほどボクは子どもじゃない。忠誠を誓ったとき、確約されたのはその2点だけだし、それについては不満は言わないよ。可能な限りの楽園を作り出して、ボクはボクで楽しくやらせてもらえれば、それで満足さ」



 面白い。



 コイツ、嘘はついてねえな。



 ――現魔王ゴルドギアスが倒れればどうなるのか、聞いてみたいところだが。



 俺は、ぐっとこらえた。



「……そうか。試すような真似をして悪かったよ、エンマ」


 俺は、エンマみたいに神妙な顔を作って、ちょっと申し訳無さそうにしてみせた。


「いやいや、ボクが悪いんだよ。突っかかるような真似をしちゃって……あはは……あは……」


 へにゃ、と力を失って、肩を落とすエンマ。


「……ボクのこと、嫌いになった?」


 上目遣いで、そんなことを聞いてくる。


「いや? そんなことはないから、安心してくれ」


 俺は安心させるように、笑顔で。



 嘘じゃないぞ。



 嫌いにはなってない。



 クレアと再会した日に、お前への評価は底を打ってるから。



 これ以上、下がりようがないんだ。



 ……ああ、でも。



「むしろ、さらに好きになったかもしれない」


 えっ、と驚いたように顔を上げるエンマ。魔王軍への反逆が脈アリみたいだからな、俺としては高評価だ……!


「えっ、エヘヘッ、そっか、そうなんだ……」


 クネクネしたエンマは。


「ジルくんの好み、ちょっとわかってきたかも……」

「おっ、そうか? わかられちゃったなら仕方ないな……」


 俺は立ち上がり、エンマの顔を覗き込む。


「それなら、もっと俺好みになってくれよ」


 魔族に逆らう、お前が好みだ。


「うん……わかった。頑張る」


 俺の真意など知りもせず、瞳をうるませて、うなずくエンマ。



 見つめ合って、微笑む俺たちに――



 クレアが本を開いたまま、白目を剥いていた。




          †††




 エンマと親睦を深め、さらに死霊術の応用編を学んでから、俺はアンデッドの宮殿をあとにした。


 いやー、今日はちょっと疲れたな。あの階段を上るのは、いい運動になるんだが、気が滅入るのが何とも……


 それに、俺が窒息死しないよう換気も気をつけてるらしいけど、どうしても空気が淀んでるからなぁあそこは。


 こうして地上に出ると、清々しいこと、この上ない――



 ……などと。



 城下町の夜景を眺めながら、回廊を歩いていたら。



「……ん?」



 前方から、天井を這うように、かすみのような、もやのようなものが、急速に接近してくる。



 それなりの魔力を感じる。あれは――



「――ごきげんよう、ジルバギアス殿下」



 それは、俺の前で渦を巻き、人の形を取った。



 真っ赤なドレス。血色の悪い肌。ツーサイドアップにした金髪、つり上がったまなじり、いかにも高飛車な顔つきの美女。



 だが、今は慇懃に目を伏せている。



 ふわりと、スカートの裾を軽く持ち上げて、優雅に礼カーテシーをした。



「わたくし、父・ヴラド=チースイナ伯爵の命を受け、馳せ参じました――」



 ツンと顔を上げ、妖艶に微笑む美女。



「――ヤヴカ=チースイナ子爵と申します。以降お見知りおきを」




 ……今度は、吸血鬼のお出ましか。

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