59.自省とお墨付き


 どうも、引きつった顔で俺を褒め称えた母が、そのあと護衛の戦士たちにキレ散らかしているのを見守るジルバギアスです。


「いったい何のために、わざわざあなたたちを――!」


 プラティさんや、額に青筋まで浮かべてちゃ、せっかくの美人が台無しだぜ。それに闇の魔力も漏れ出てますよ。


 護衛たちは冷や汗をダラダラ流しながら、プラティの叱責に耐えている。ちなみにリーダーと思しき年長戦士は、例のクッソ尻が痛くなる骨の椅子『自省の座』に座らされていた。


 大の男が座らせられると、ホントに惨めに見えるなこの椅子……。


 それにしても、まあ、こうなるのは目に見えていた。長々したお説教の巻き添えを喰らいたくなかったから、俺はサラッと『来た、見た、勝った』風に軽く流したんだが、ヴィーネやらガルーニャやら、他の側仕えの者たちにもプラティが説明を求めたもんだから……


 バレちったんだよなぁ……


 ブレスで危うく全滅するとこだったこととか、護衛たちが着く頃には全て終わっていたこととか……


 まあそうでなくても、ホワイトドラゴンの長ファラヴギだからな。容易な相手ではなかったのは、火を見るより明らか。


「いくら遠巻きに見守るよう指示したからといって、いざというときに駆けつけられないとは何事かッ! 今回は無事に済んだからいいものの、万が一のことがあれば、貴様らどう責任を取るつもりであったッ!? 言ってみろ!!」


 怒髪天を衝くってのはこのことか。普段の言葉遣いも吹き飛んで、プラティが軍人みたいな口調になってる。言うことがいちいち正論なだけに、護衛の者たちもぐうの音も出ない。


 俺には2つの選択肢があった。


『長くなりそうなんで自分は失礼しますね……』と退避するか。


 それとも、このレイジュ族の戦士たちを庇って恩を売るか、だ。


 このままだと延々叱責が続けられた上、少なくとも責任者には厳しい処罰が下されるだろう。別に魔族の誰が失脚しようと俺には関係ないんだが、一言でも添えてやれば、それなりに恩を売れるはず。


 ただ、あんまり上から目線にそれをすると、生意気だと逆恨みされかねないし、俺にも非があった的なことを言うと、それはそれで惰弱と取られかねない。


 ヴィロッサには『俺も悪かったからお前も気にするな』という旨で言ったけど、あのノリが魔族に通用するかわかんねーんだよな。


 俺の、魔族の文化や風俗に対する理解度は低い。紙の上で知識を得ていても、体感する機会に乏しいのだ。交友関係が親族(異母兄弟含む)に、ほぼ限定されてるからなんだが……。


 どうしたもんか。


『手駒とまでは言わずとも、影響力を及ぼせる相手は多いに越したことはあるまい』


 と、アンテ。


『今こそ鳥かごの中で大切に育てられておるが、そのうち一族との付き合いも段々と増えてくるじゃろうからの』


 一理ある。


『それに……ひとりでも多くの魔族の信頼を勝ち取った方が、があるというものではないか?』


 黒々とした毒が滲んでますよアンテさん。


 だけど、まあ……違いねえや。



 とりあえず俺は、壁際から、自省の座の真横に移動して、護衛の戦士たちと一緒になってプラティの説教を聞き始めた。



「……ジルバギアス、何のつもり?」


 プラティが困惑して叱責を止める。


「いえ、今回の一件は、俺も反省すべき点があったと思いまして」


 俺は澄まし顔で答えた。


「というのも、最初に夜エルフを偵察に送ったのですが、『砦を外から見てくるだけでいい』と指示を出してしまいました。人族らしき術者の気配があるとわかった時点で、もう一度偵察を出すなり、外から魔法であぶり出すなりすれば、少なくとも不意打ちは受けずに済んだはず……」


 一旦言葉を切って、護衛たちを見やる。


「……強襲作戦で他のドラゴン族の追撃から逃げ延びたホワイトドラゴンが、人化して潜んでいるなど想定外ではありましたが。あまりにも慎重に動きすぎて、『惰弱』呼ばわりされることを恐れた、自分の判断ミスでもあります。今回の演習では、俺が一応は指揮官とされていたわけで、己の本分を果たせなかったという点では、他人事のような顔をしていられないな、と」


 同じ過ちを繰り返さないため、今回の1件を教訓にしたい、と俺は締めくくった。


「…………」


 毒気を抜かれたような顔をしたプラティは、仁王立ちの姿勢を崩して、ソファに座り込んだ。


「……クヴィルタル」

「はっ」


 自省の座の刑に処されていたリーダーが背筋を伸ばす。クヴィルタルって名前か。


「あなたは以前、意見してきたわね。『たとえ魔王子でも、極端に特別扱いするのではなく、同年代の魔族と同じように普通に育てるべき』、と……」

「……はっ」

「こういう子なのよ。必要があるかしら?」

「己の不明を恥じます」


 唇を引き結んで頭を下げるクヴィルタル。


「……ジルバギアスの顔に免じて、今日はこのくらいにしておくわ。あなたたちには追って沙汰をする。此度の失態を教訓とし、次に活かしなさい」

「「はっ」」


 ビシィッと姿勢を正して答える男たち。クヴィルタルも自省の座から立ち上がり、俺に黙礼してから部屋を辞していった。


「……あの者たちは分別があるからいいけれど」


 見つめ合うことしばし。ぱさっ、と扇子を開きながら、プラティが口を開いた。


は、甘さと取られることもあるわ。当事者ではなく、周りの者たちからね。心なさい」

「はい」


 やっぱりかー。


「正直、俺はそのあたりの機微がよくわかりません。との交流が少ないせいかもしれませんが」

「そうね……。元々は、年若いあなたが、不届き者に妙な影響を受けないようにするための措置だったのだけれど」


 半ば呆れたような顔で、プラティが俺を見る。


「今となっては必要なかったかもしれないわ」


 ……魔族の赤ん坊や子供とどう付き合えばいいかなんてわかんねーから、助かったといえば助かったんだが。


 なし崩し的に、今回、一族の者とも関わってしまったわけだし。


 今後、魔族との交流も解禁されていくかもしれない――


「まあ、それは追々考えるとして。次はミスをしでかした役人への仕置きね」


 パチッ! と扇子を畳みながらプラティ。顔がまた怖くなってる。


 ホブゴブリンの役人どもも、今回は擁護の余地がないというか……魔王国に寄生して甘い汁を吸ってるんだから、もうちょっとキリキリ働かないと、本当に今の地位を追われちまうぞ。


 魔王国の行政が健全化したら、それはそれで、俺と同盟が困る。この国は、全てを魔王に依存して、奴が倒れたらガッタガタになるくらいでちょうどいいんだ。



 ――と、ドアがコンコンとノックされる。



「その件ですが、奥方様」


 ソフィアが戻ってきた。いまいちスッキリしない顔で。


「担当者を八つ裂きにしてこようと思ったんですが……既に第4魔王子派閥の手で、首にされてました」

「あら、そう。まあ当然ね」

「汚いので持ってきませんでしたが、構いませんよね?」

「もちろん。視界に入れたくもないわ」


 ……ん?


「それは、その、物理的に首だけになっていたということか?」

「? それ以外に何があるんですか?」

「ああ……いや、いい」


 事務局でさらし首になってたってことか……。寄生虫も大変だな。宿主のご機嫌を損ねたら、プチッと潰されるわけだ。


「……それはそれとして、母上。実は武器に関して相談が」

「何かしら?」

「穂先にしていたナイフが砕けてしまいまして――」


 俺は話を切り出した。ヴィロッサの剣を槍の穂先にしたらなかなか良かったこと。槍を運用する上で、幅広の刃で切り裂く選択肢も欲しいこと。ドワーフの鍛冶師に相談してみたいこと。などなど。


「ふむ……頭の固い老人が、何か言い出すかもしれないけれど。試してみてもいいかもしれないわね」


 案外素直に、プラティは受け入れた。


「いいのですか?」

「普通の子どもが言い出したなら、変な癖がつくから止めるでしょうけど。あなたはその歳で、仮にもドラゴン族の長を倒すような実力者なのよ。つべこべ言う連中は、力で黙らせなさいな」


 さすが蛮族だぜ! 強い者に優しい!!


「それに――訓練中も、あなたが妙に窮屈そうな動きをするのが気になってたの」

「窮屈……ですか」

「ええ。言われてみれば納得したわ。あなたは穂先で『斬る』動作を多用していたのね。刃じゃなくて柄が当たって、思うように斬れなかったとき、毎回悔しそうな顔を見せていたもの」


 ……そこまで見られていたか。やっぱプラティもいっぱしの戦士だな。


「それにしても、ナイトエルフの剣聖の話には驚かされたわね。そんな実力者が認めたならば、あなたに剣の才能があるのは間違いないのでしょう。流石に剣士にさせるわけにはいかないけど……あなたが才能を活かせるよう、槍を改造するのを止める気はないわ」


 ぱんっ、と扇子で手のひらを叩いて、鋭い音を立てながらプラティは笑う。


「今なら自信を持ってあなたに言える。【あなたは魔王を継ぐのに相応しい男よ】。強くなるためならば、、ジルバギアス」


 ――言われるまでもない。


 俺はうやうやしく一礼した。




 そうして俺は、ソフィアとともに、魔王城の工房――ドワーフの魔法鍛冶を訪ねることになった。

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