538.貴き者たち

【ジルバギアスひとくちQ&A】


Q.もしもアノイトス族が魔王になったらどうなるの?


A.どんな真打ちも一発でブチ抜く魔王になる。

 ただしアホなので魔王国は傾く。

 ものすごい勢いで傾く。

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 ドワーフの王国、フェレトリアの西南部に広がる平野。


 代々、そこには人族が住まい、畑を耕し家畜を育て、鍛冶に夢中なドワーフたちに食物を供給する役割を担うことで、豊かな暮らしを送ってきた。


 しかしその穏やかな時代も終わりを告げようとしている。


 ――魔王軍の侵攻。


 現在、国境の要衝には同盟の各種族からなる防衛軍が結集し、魔王軍を待ち受けていた。これまでのドワーフ連合との戦闘記録を紐解くと、魔王軍は堅牢なドワーフの山岳要塞よりも、人族や獣人族の領地を先に攻める傾向がある。


 ゆえに同盟軍は、今回も魔王軍が平野部に侵攻してくると信じて疑わなかった。


 が。


 意外や意外、サウロエ族・コルヴト族の軍団は、ドワーフ軍の最前線ホーラック砦に真正面から攻め込んだという。


 幸い、砦にはサッセン王子率いる精鋭部隊が配属されており、迎撃に支障はないとのこと。さらにドワーフ軍いわく『ホーラック砦にはとっておきの秘策』があるらしく、最低でも数日は持ち堪える見込みだ。


 仮にホーラック砦が陥落したとしても、その背後にはジーカイン砦やジーバック砦など複数の要塞が控えている。魔王軍の攻撃開始の報から新たな伝令が届いておらず、現在の戦況が不明なのが気がかりだが、それでも同盟軍は数日の猶予を得たと見ていい。


 森エルフが物見を送っていたので、じきに詳しい様子がわかるはずだ……


 そんなわけで、国境に集結した汎人類同盟軍は、真綿で首を絞められるような緊張感の中、魔王軍の迎撃準備に余念がないのだった。


 しかし対魔王軍戦で人類にとって最も辛い点は、魔族が夜戦を主とするため、迎撃する側まで夜型生活を強いられることだ。


 兵員の大半は日没後の攻撃に備えて、昼間から仮眠を取る。そして寝る前に食べる早めの昼食が、実質的にその日最後食事となることが多い。……場合によっては、それが最後の『晩餐』にもなる。



 ――前線にほど近い、とある城の一室。



 人族の貴族たちによって、食事会が催されていた。


「このような体たらくでは、勝てる戦にも勝てんぞ!」


 ダンッとテーブルに拳を打ち付ける音が響く。ガチャンッと耳障りな音とともに食器が跳ね、ゴブレットに注がれていた葡萄酒がこぼれた。


「聖教会は我らを何だと思っているのだ!」

「援軍と称して送られてきたのは老人と若造ばかり……嘆かわしいですな」

「才気に溢れた若者は、平時ならば好ましいが、兵を預けるには不安すぎる……」


 聖教会への怒りと不満をあらわにする太っちょの貴族に、周囲の貴族たちがうなずきながら同意している。


「……ターンラック卿、少し落ち着かれては如何」

「これで落ち着いていられるかっ! オプスガルディアの存亡の危機なのだぞ! 聖教会め、日頃あれだけ寄付を無心しておきながら、その結果がこれとは……許しがたいっ!」


 太っちょ貴族を宥めようとする貴族もいたが、火に油を注ぐだけだった。ますます怒り狂いながら不満をぶちまけ始める太っちょ貴族。


「…………」


 神妙な顔でそれに耳を傾けるフリをしながら、ヴァレンティウス=トン・フェルミンディア=フェレトリア=イグノーティア=アロ・ピタラ=マルガリア=セル・オプスガルディアは、内心うんざりしつつ食事を進めていた。


(一応は顔を出したが、このざまか……)


 溜息を堪えるのに苦労する。


 この食事会の主催者は、そこで怒りをあらわにしている太っちょ貴族、ターンラック卿だ。『現場指揮官級の人材で交流し、結束を高める』との名目で、若手から中堅までの貴族が招待されていた。


 ちなみにヴァレンティウスは、その長い名前からわかるようにここオプスガルディア領の領主本家の血筋なのだが、兄弟姉妹が数多くおり、家督の継承順位も下から数えた方が早い。ゆえに、この場ではちょっと生まれがいい騎士でしかない。


 だからこうして、指揮官同士で親睦を深めて損はあるまいと思い、個人的にはあまり好いていないターンラック卿の催しにも顔を出してみたわけだが――


 蓋を開けてみれば、結束を高めるためというよりも、聖教会への不満・愚痴大会のような有り様。


(……皆の気持ちは、わからないでもないのだが)


 不満たらたらな貴族たちを見ながら、優雅に葡萄酒のゴブレットを傾けつつ、目元に憂いを滲ませるヴァレンティウス。


 ――聖教会は、平時は治療や祭事を取り仕切るのみで、世俗社会とは距離を置いている。政に口は出さない代わりに、聖教会のあり方に対しても口を出させない。


 ただ、人類の敵と戦うときだけは話が別だ。


 聖教会は『人類の敵との闘争』においてのみ超法規的な権限を有し、闇の輩が潜伏している可能性があれば、私有地だろうが王の邸宅だろうが容赦なく踏み込んでくるし、戦時に至っては軍の指揮権にすら介入してくる。


 ……と、名目上はなっているのだが。


 現地の軍人たちが、喜んで指揮権を差し出すとは限らない。強力な中央集権型の国家における(指揮系統がハッキリしている)国軍ならばともかく、貴族たちがそれぞれの領地から率いてきた小部隊の集合体である領主軍の場合、色々と面倒なことになる。


 貴族からすれば、どこの誰とも知らない勇者や神官に頭を押さえつけられた上、手塩にかけて育てた兵力を我が物顔で使われるような状態だ。


(指揮系統の一本化という面で優れていることに違いはないのだが……)


 感情的にそれに納得できるかは、また話が別と言っていいだろう。



 特に――指揮を預ける聖教会側に、問題がある場合は。



「うちに来たのはまだ二十代になったばかりの勇者だ。気骨に溢れた素晴らしい若者で、個人的には好感を抱いたが、兵を率いるには経験がなすぎる……何につけても教本通り、あれでは使い物になるとは思えん」


 渋い口ひげを生やした中年の貴族が、苦々しい表情で頭を振った。


「それでも戦力としては頼りになりそうだ。うちに来られたのは、今にも倒れそうな年配の淑女でしたぞ。テルガリウス教区の上級司祭様で、私も懇意にさせて頂いていたが、戦力としては……。御本人がポロッと漏らされていたが、『最後のご奉公』のつもりだと。最後では困る! 勝手に人の国を死に場所に定めないで頂きたい……!」


 別の若い貴族が苛立たしげにテーブルを指で叩きながら唸る。


「まだ正規戦に耐える人材なだけ、御二方が羨ましいですな」


 ヴァレンティウスの隣の痩せた貴族の男が、皮肉げに笑った。


「当家にいらっしゃったのはヴァンパイアハンターでした」


 その言葉に、ヴァレンティウスもピクッと反応する。


「長らく国中に跋扈していた吸血鬼は放置しておいて、今さらノコノコと現れ、指揮官に収まるというのは――あまりに厚顔無恥というもの。皮肉のひとつやふたつも漏らしてしまいましたがね、自覚があるのか何も言い返してはきませんでしたが」


 つまらなそうに、グイッとゴブレットの葡萄酒を一気に煽る痩せ貴族。


「聖教会はなぜ歴戦の人員を送ってこないのだ!」

「数も少ない、質も低いでは話にならんぞ、フェレトリアを見捨てるつもりか?」

「いくら魔王子ジルバギアスに手酷くやられたといっても、限度があるはずだ!」


 やいのやいのと口々に不平を漏らし始める貴族たち。


 生産性は全くないが、言わずにはおられないのだろう。彼らとて、領地とそこに暮らす民の生活が双肩にかかっている。魔王軍は強いです、戦えません勝てませんでは済まされないのだ。


「失礼、スティーヴン殿。そのヴァンパイアハンターというのは、お名前は?」


 声を潜めて、隣の痩せ貴族の男――スティーヴンに尋ねるヴァレンティウス。


「確か……ティーサンと。そのお仲間はレイターでしたかな」

「……なるほど。知り合いではなかったようです」


 アレクサ殿ではなかったか――とホッとしたような、落ち着かないような気分になり、小さく溜息を漏らすヴァレンティウス。


「ほう、ヴァレンティウス殿はヴァンパイアハンターの伝手をお持ちで」

「ええ、この度の大量発生で助けられまして……」

「このところ我らも吸血鬼に頭を悩まされっぱなしですからな。魔王軍も攻めてくるというのに、後方を気にしながら戦わなければならないのが痛い、あまりに痛すぎる。正直、ヴァンパイアハンターの方々は、慣れていない軍の指揮よりも吸血鬼狩りに専念して頂きたいところだが……」


 腕組みし、なんとも渋い顔で言うスティーヴン。


 ――ヴァンパイアハンターは、吸血鬼を狩ることに特化している。


 いや、最適化されすぎている。吸血鬼を効率的に傷つけるための装備や、逆に致命的な血の魔法を避けやすくするための軽装など――ゆえに、矢や呪詛が飛び交い、集団対集団で戦う正規戦にあまり向いていないということは、周知の事実だ。


 そもそも、勇者や神官は現場で兵を指揮し率いる訓練を受けているのに対し、ヴァンパイアハンターはその時間を吸血鬼対策に割いているという。彼らは吸血鬼狩りの専門家であり、戦場働きを想定されていないのだ。


 そんなヴァンパイアハンターですら、こうして戦場に駆り出されている始末。


 本当に聖教会の人材が不足しているのだろう――そう考えると暗澹たる気分になる。送られてきた援軍が老人や若者ばかりというのも……


 もちろん、この場で不満を漏らしている貴族たちも、そのことはわかっている。


 だから、『聖教会』に対して文句を言っているのだ。送られてきた人員は悪くない、彼らは立派に戦おうとしているのだから(能力や適性が見合っているかは別として)。問題は、そのように采配した聖教会の上層部にある。


(だが……仮に、上層部にも問題がないのだとしたら?)



 本当に、今のこの現状が、聖教会が出せる『精一杯』なのだとしたら……?



(我らには……もう未来がないのかもしれない……)


 シェフが腕によりをかけたのだろう、戦場とは思えない豪勢な料理も、全く味が感じられなくなるヴァレンティウスだった。


 ――ただ。


 局所的には、希望があるかもしれない。


「後方については――あまり心配する必要がないかもしれません」

「ほう?」


 ヴァレンティウスの言葉に、スティーヴンが興味深げに身を乗り出した。


「と仰られますと?」

「先日、とあるヴァンパイアハンターと知己を得たのですが、これが極めて優秀な方々でしてね」


 ヴァレンティウスは目を閉じて、その顔を思い浮かべた。


 神々しいまでの美貌の森エルフに、大樹のような耳長の老爺。


 そして短命種ひとぞくでありながら彼女らを率いていた、どこか無骨な、しっかりとした芯を感じさせる顔つきの、ヴァンパイアハンターの青年――


「ヴァンパイアハンターのアレクサ殿。そして森エルフのリリィ殿に、オーダジュ殿。彼らは吸血鬼に噛まれて死を待つばかりだった私を救ったのみならず、極めて短時間で潜伏する吸血鬼を討伐した、剛の者です」


 窓から差し込む陽の光に手をかざしながら、ヴァレンティウスは目を細めて笑った。


「彼らが後方にいてくれるなら――安心して戦えるというもの」



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※ヘレーナ「……私は?!」


※書籍5巻の表紙が公開されました……が!

 実は表紙イラストには、あるギミックが仕掛けられていたのです……!!

 そちらを公開ッッ!


https://kakuyomu.jp/users/AmagiTomoaki/news/16818093084378956415


 表紙イラストに隠されていたギミック

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