154.説教と奇策


 どうも、レイラと満天の星空を満喫して帰ったら、プラティに叱られそうになっているジルバギアスです。


「……どういうことなのか、説明してもらえるかしら」


 不機嫌ながらも、あくまで静かな調子で問いただすプラティ。俺は気まずげに肩をすくめながら口を開いた。


「一緒に散歩していたら、その、色々と盛り上がってしまいまして……」


 ――これ以上どう言えというのだ?


「……乗せてもらいました」

サカりあったの間違いではなく?」


 プラティの目は、それはもう冷ややかであった。ぱちん、と大きな音を立てて扇子を畳み、身を乗り出す。


「……確固たる信頼関係を築き、あの娘が裏切らないという確証が持てるまで、空は飛ばない。そういう約束じゃなかったかしら?」

「はい。ですが、信頼関係については、もう充分じゃなかろうかと――」


 俺がそう返すと、プラティのまなじりが吊り上がる。あ、不機嫌が加速していらっしゃる。


「……事前に一言も相談しなかったのは、悪かったと思います。ごめんなさい」


 シュバッと頭を下げると、プラティはフンと鼻を鳴らした。


「――邪魔するよ」


 と、バタンと部屋の扉が開き、ゴリラシアがズカズカと入ってくる。


「聞いたよ、なんだか面白いことになってるそうじゃないか」

「母上……面白くもなんともありません」


 鬱陶しそうな顔でゴリラシアを見返すプラティ。


「アンタらしくもない。いったいどうしてそんなにカリカリしてんだい? 別にいいじゃないか、可愛い彼女と一緒に空くらい飛んだって」


 プラティの隣にどっかと腰を下ろし、ソファの背もたれに身を預けながら、ゴリラシアは楽しげに俺たちを見つめてくる。


「よくありません! 万が一のことがあれば即死ですよ! いかに魔力が強かろうと高所から落ちれば死あるのみ。魔王陛下でさえ、この理には逆らえぬというのに!」


 プンスカと噛み付いたプラティは、怒りもそのままに、キッと俺を睨んできた。


「ジルバギアス。勘違いしないでちょうだい、わたしはあなたを無闇やたらと束縛したいわけではないの。でも、この件だけは命取りになりかねないわ。どれだけ鍛えていようと、翼を持たぬ身で空中に放り出されれば、あなたは完全に無力なの。あなたが心配なのよ……」

「それは……わかります。重ね重ねすいません」


 弱ったな、そんな目で見つめてくれるなよ、まったく。


「ただ……先ほど『盛り上がったから』とは言いましたが、レイラとの信頼関係について確信があったのも事実です。そもそも、飛行にこだわらずとも、その気になれば彼女が俺を殺せるタイミングは、今まで数え切れないほどありました」


 ぶっちゃけ、プラティがここまでプンスカするとは思わなかったよ。今更だし。


「それに、こう言ってはなんですが、結果として落とされることなく、無事に帰ってきたわけですし……」

「アタシも同感だねェ」


 頭の後ろで腕を組みながら、ゴリラシアもうなずいた。


「あのレイラとかいう小娘は見てみたけど、そりゃあもう、ジルバに対してはお花畑みたいにキラキラした感情を向けてたよ。害があるようには見えなかったねェ」


 よっし、いいぞゴリラシア!! 思わぬ援護射撃だ!!


 プラティは苦虫を噛み潰したような顔をしている。【炯眼エフスラ】の使い手が太鼓判を押すのだから、これ以上とやかく言いづらかろう。


「それは……そうですが」

「認めなよ。アンタは息子が自分の手から離れつつあるのが不安なだけさ」


 ツンツンとプラティのほっぺたを突っつきながら、ゴリラシアは意地悪な笑みを浮かべて言った。


 やめろゴリラシア!! ついでとばかりに煽るんじゃない!!


「……ぬぅ」


 めちゃくちゃ悔しそうな顔をするプラティだったが、小さく溜息をついて、肩の力を抜きソファに身を預けた。


「母上がそこまで仰るならば、あの娘は安全なのでしょう。


 ですが……と胡乱な目を向けながら言葉を続けるプラティ。


「【炯眼エフスラ】が見抜けるのは、ひとときの感情だけ。将来的に気が変わる可能性については、どう思われます」

「それはそうだけどねェ」


 頬杖をついて、ゴリラシアは顔をしかめた。


 まあ、そうだよな。俺の敵意を感知していながら、プラティに対しては害意を抱いていない、とガバガバ判定したのがゴリラシアだ。


「だけど、そんなこと言い出したら、誰だって信頼できないだろう? いつ側近に背中から刺されるかわからないんだからねェ」

「側仕えの反逆程度なら、鍛えれば対処可能だからいいんです。でも高所からの落下だけは、どんなに鍛えても致命傷です。危険度が段違いだから心配してるんですよ」


 プラティは何でもないことのように言うが、側仕えの反逆も『いいんです』と言い切れる内容じゃないと思うんだが……


 それはそうと、プラティがぐじぐじと、駄々をこねるように文句を言い続けていた理由がわかった。


 俺のことは信用できるし、信頼できるけど、レイラは完全に信頼できなくて、かつそれが対処不能な致命傷になりかねない点が、不満なわけだ。


「加えて、脅威は落下死だけに限りません。その気になれば、同盟圏にジルバギアスを連れて行ってしまうことだってできるじゃないですか」


 ――思わず、俺はドキッとした。ゴリラシアの前で動揺したくはなかったが。


「何のためにそんなことをするんだい?」

「断言できるわけじゃないですよ、もちろん。しかしジルバギアスは魔王国の王子。父を殺された復讐として、魔王国により深刻な被害を与えるため、王子を人質にするような手もあるかもしれない、というわけです」

「それは妙手かもしれないねェ」


 さも愉快そうに笑うゴリラシアだったが――


「だが、あの娘は、少なくとも今はジルバを愛しているようだったよ」

「……その愛が永遠なら、わたしも安心できるんですが」


 ふぅ、と溜息をつくプラティ。


「どうせなら……わたしも【虚無槍レピダ・スキアス】なんかじゃなく、【炯眼エフスラ】を受け継ぎたかったです」


 いや、「【虚無槍レピダ・スキアス」て。ドスロトス族のゴリラシアさんが心外そうな顔してんじゃないかよ。


『しかし、この女が役に立たん方の血統魔法を継いでいてよかったの。感情を見抜く目なんぞ持っておったら、お主は終わっておったぞ』


 アンテの言葉に、俺は寒気を覚えた。



 ――そうだ。



 俺は生まれ変わった直後から、殺意を秘めし赤子だった。



 いくらなんでも、生後間もない赤ん坊が敵意を振りまくのはおかしい。それを気取られていたら、俺は――



「…………」


 プラティが、【炯眼エフスラ】を使えなくてよかった。その上、親戚からも極力隔離されていて助かった。


 本当に、危なかった……! 俺はずっと薄氷の上でステップを踏み続けていたのかもしれない。


 いや、今もかもしれんけど。


「……まァ、血統魔法については、とやかく言っても仕方ない」


 ふんス、と鼻を鳴らしながら、ゴリラシアが不機嫌そうに言った。それでも、怒り出しまではしないあたり、ゴリラシア自身、ドストロス族の【虚無槍】より【炯眼】の方が便利だと思ってるのかもしれない。


「あの娘の心変わりが心配なら……アタシにひとつ考えがあるよ」


 しかし、何かを思いついた顔でニタリと笑うゴリラシアに、嫌な予感が募る。


「へえ? お聞かせ願えますか、母上」

「簡単なことだよ。心変わりは、隠そうとしてもどうしたって滲み出るもんだ。バカな男どもは演技で誤魔化せるかもしれないけどね、女の目を欺くのは難しい。そうだろう?」



 こちらに意味深な目を向けたゴリラシアは――



「――というわけで、敵意の有無を確認したいなら、定期的にアンタの前でふたりを睦み合わせればいいのさ」



 …………。



「はっ!?」

「はァ!?」


 俺とプラティの素っ頓狂な声が重なった。何言ってんだこのババァ!!


 母親の前で、彼女と乳繰り合えってか!? 冗談だろ!?!?


「それが本当の愛か、女が男に合わせてるだけかなんて、女が見れば一目瞭然じゃあないかい? 見破るのに血統魔法なんていらないよ」


 それに、とちょっと意地悪な笑みを浮かべて、


「アンタは魔王城で、そんなネチネチした女どもとやり合うのには慣れてるだろう。あの小娘が、男に媚びながら、同時にアンタの目まで欺けるとは思えないねェ」

「……ふむ」


 顎に手を当てて、考えるプラティ。いや一考するんかい!!


「……それは有効かもしれませんね」


 えぇ……。


「ま、アタシも気が向いたら魔王城に遊びにいくからさ。そんときゃレイラと面接もしてやるよ、それで向こう数十年は大丈夫だろうとアタシゃ思うけどね」

「あまり気は進みませんが、それしかなさそうですね」




 …………。




 俺は絶句した。




 そうして、俺はレイラと飛べるようになった代わりに、定期的にプラティの前で俺たちの『愛』を証明する羽目になったのだった……。

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