155.市街戦訓練


 幸いというべきか、レイジュ領に留まる間はゴリラシアがそばにいる。


 ゴリラシアが毎日レイラを観察しているので、プラティの前でイチャついて見せる必要はない。問題は魔王城に戻ってからだな――


『ええっ、わたしたちが、奥方様の前で、……ですか!?』


 沈痛の面持ちで俺がプラティの決定を伝えると、レイラも流石に慌てていた。


『そのぅ……えぇと……が、がんばりますっ』


 頬を赤らめながらも、ぐっと両拳を握って意気込みを見せるレイラ。


 そうかー……頑張っちゃうかぁ……


『お主も頑張らんとなぁ? んん? 腰振りの練習でもしておくか? んんん?』


 こうなったらもう、情熱的なイチャイチャで開始早々にプラティをお腹いっぱいにするしかねぇな……!!



 ――などと色々あったが、翌日。



 予定通り市街戦の訓練をするため、俺たちは辺境の廃墟群へと向かった。領都から骸骨馬車で2時間ほど。霧がかった渓谷に張り付くようにして、古びた都市がひっそりと佇んでいた。


 交易都市ターフォス。かつては、周辺諸国との交易路の中継地点として栄えていたそうだ。しかし王都が陥落しても魔族の降伏勧告に従わず、最後まで強固に抵抗を続けたため、見せしめとして女子供に至るまで根絶やしにされ滅んだらしい……。


 ただ、降伏していればもっとマシな結末だったかというと、それも謎だ。大人しく降伏した他の都市の住民は全員奴隷化されて、最終的にそのほとんどが死滅しているので……


 クソ魔族どもがよォ……いつか同じ目に遭わせてやる……


 苔むした都市の岩壁を見つめながら、俺は改めて心に誓った。


 そんなありし日の交易都市だが、現在ではその街並みが保存され、市街戦の初歩を学ぶための訓練施設として活用されている。都市そのものは無人だが魔族たちが滞在する都合上、小さな宿場街のようなものが入り口付近に形成されていた。


 なんとなく、【ダークポータル】にあったコスモロッジを彷彿とさせる。


「ここが噂のターフォス訓練所っスかぁ」


 と、馬車から降り立ったセイレーナイトが、「ほえー」と興味深げに周囲を見回している。


「有名なのか?」

「そうッスね、領都育ちなら絶対に聞いたことあるッス。市街戦の訓練をするため丸ごと保存された街――もっとも、使用料が高いんで俺たち一般魔族にはそうそう縁がない場所っすけど」


 使用料とかあるのかよ。


「まァ、無人の都市を使よう保全するのにもカネがかかるからねェ」


 カッチリと重装鎧を着込み、剣で肩を叩きながら不敵な笑みを浮かべるゴリラシアが、口を挟んできた。


「といっても今回の費用は王子様持ちさ。存分に活用して学びな!」

「アッ……ハイ……」


 ゴリラシアのウキウキ具合に、訓練の過酷さを悟ったセイレーナイトが早くも遠い目をしている。


「いやー、ワシも話は聞いてたぜ姉貴ィ! ここの宿場はメシが美味いし、ちょっと歩けば温泉もあるんだろ!? タダでご一緒できるなんて、殿下さまさまだぜ!」


 ゴリラシアの弟、レゴリウスもクッソウキウキで「よっ魔王国いちの太っ腹!」などと俺におべっかまで使ってくる。


 めちゃくちゃ楽しそうで何よりだが、いつにも増してゴツい鎧を着込み、人族を模した剣盾ではなく戦鎚を担いでいた。真打ちで武装したドワーフの想定なのかもしれない。レゴリウスの馬鹿力でアレをぶん回されたらエグいことになるぞ……。


「そうそう、疲れ果てた身体にここの料理は染みるんだよねェ。温泉で血や泥も洗い流してさっぱりできるし、今日はキツいけど気張っていくよ!」

「うぃ……ッス」


 いつも訓練が終わったあともピンピンしているドスロトス族が『疲れ果てる』訓練メニューな上、血まみれの泥まみれになることが確定してしまった。


 美味いメシや温泉などという言葉が全く慰めにならず、俺たちは刑場に連行される囚人のような気持ちで、武装を整え都市に入っていった。




          †††




 ――それからはまぁ、率直に言って地獄だった。


 思わず、俺が前世の都市防衛戦を思い出すレベルのヤバさだった。


「いいかい! 人族は弱いからねェ、アタシらを殺すためならどんな汚い手でも平気で使ってくる!」


 ゴリラシアが、整列した俺たちの前をキビキビとした足取りで行ったり来たりしながら、講釈を垂れる。


「市街戦の鉄則その1! 民間人が命乞いしてきても容赦なく殺せ!」


 そして近くに置いてあった、ひざまずいて祈りの姿勢を取った人族の人形を、その手の剣でズバァッと斬り捨てた。


「人族がよく使う手さ! 雑魚を囮にして注意を引きつけ、死角から奇襲する。最善の対策は、付き合わないことさ! ここからの進軍ルートには、至るところにこういった人形が設置してある。視界に入り次第、即座に殺せ、破壊しろ! 実戦でも考える前に手が動くよう、身体に叩き込むんだよ!」

「「ハイッ!」」


 ビシッと背筋を伸ばして答える三馬鹿たち。俺は唇を引き結んでいた。


 ……実戦でも使ったことのある戦術だった。鎧を脱いだ勇者や兵士が囮になって、注意をひきつけたところを襲撃する――だが民間人を囮になんかしたことは、断じてねえ! 適当言ってんじゃねえぞババァ!


「そして市街戦の鉄則その2! 足元をよく見る!!」


 続いて、ゴリラシアが近くの石畳をドンと踏みつけた。


 パキャッ、と乾いた音を立てて、石畳に偽装されていた板が割れ、その足が沈み込んだ。落とし穴だ。


「見てみな、この中身を」

「……うっわ」

「えっぐい……」

「痛そッスね……」


 覗き込んだ三馬鹿が戦慄している。落とし穴の中には、金属の杭が斜め下向きにびっしりと埋め込まれていた。ツルッと足が滑り込んだら逆棘カエリとなって刺さり、抜けにくくなる罠だ。


「人族は足を引っ張るために、こういう罠も平気で使うからねェ。アンタらは――」


 ゴリラシアは、サッと俺たち全員の足装備を確認した。


「ふむ、なかなかいいブーツを履いてるねェ。ジルバやクヴィルタルたちはともかく三馬鹿アンタたちもいいモン持ってるじゃないか」

「へへ、俺ん家の血統魔法で、護りの加護を編み込んでるもんで」


 アルバーがちょっと得意げに鼻の下をこすっている。


「へえ! それは面白いねェ、その魔法は後付可能かい?」

「はい、よほど強力な魔法の品じゃなきゃ、できます」

「いいね。報酬を支払うから、後日仲間たち全員分も用意しておくれよ」

「うおマジですか! 喜んで! 姉貴とおふくろが引き受けますよ!」


 思わぬ仕事に、アルバーが喜んでいた。


「と言っても、そこまで大きな加護じゃないですけど」

「そのちょっとの差が命運を分けることがあるからねェ」


 フン、と鼻を鳴らしたゴリラシアは、


「まあいい。これからの進軍ルートには、こういった罠が大量に設置してある。どれも人族が実戦で使っていたものを、夜エルフたちが学習したものさ。例を見せよう」


 そうしてゴリラシアはいくつか人族の『卑劣な』罠を紹介してきた。


「跳ね上げ板。踏むと跳ね上がって、刃が傷つけてくる」

「うわぁ……」

「ワイヤー罠。こんなふうに、周囲に溶け込む色の糸をうっかり切ると、壁から刃が飛び出たり石が降ってきたり……」

「うへぇ……」

「棘車。落とし穴の亜種だね、こうして回転する棒に鋭い棘が生えていて、落下するとズタズタに突き刺される羽目になるよ」

「ぎゃーッ!」


 色々見せられた三馬鹿たちが青い顔をしている。うん……どれも使ったことあるわ実戦で……雑魚魔族がたまーーに引っかかってたけど、こういった訓練を受けるカネのない貧乏人だったんだろうな……。


「ちなみに、流石にここでは再現してないけど、刃や棘には糞尿が塗りたくられていることが多いよ。転置呪で傷を治しても、毒が入り込むことがある。万が一刺さったときは、周囲の肉を抉った上で治療すること!」

「うぎゃあ! なんてこった!」

「許せねぇよ卑怯な人族どもめ……!」

「絶対引っかからないようにしなきゃ……!」


 震え上がる三馬鹿たち。


『本当に、ここまでやっておったのか?』


 アンテがちょっと引き気味に問うた。


 はい、やります。毒キノコや蛇の毒を塗りたくることもあったけど、糞が一番入手簡単だから……


「ちなみに、訓練でも引っかかったら、実戦同様に治療するからねェ!」


 ……俺の負担ゥゥゥァ! 声なき絶叫を絞り出す俺に、ゴリラシアもちょっとだけ気の毒そうな目を向けてきた。


 三馬鹿ども! テメェら迂闊な真似したら許さねえからなマジで。


「そして、これらの罠はすべて、ジルバの配下の者たちが、昨日1日がかりで仕掛けてくれたよ」


 そう言ってゴリラシアが示したのは、脇に控えていた、ヴィロッサをはじめとする夜エルフの猟兵一行だ。「わたしたちが作りました」とばかりにドヤ顔している。


 俺のためを思って、懇切丁寧に仕掛けてくれたんだろうなぁ……。ありがたすぎて涙が出てくるぜ。人族の罠なら大概見抜ける自信があったけど、夜エルフの手で偽装されているとなると、話が変わってきたな。


「さあ、そういうわけで訓練行くよ! 覚悟はいいかい!!」

「……おぉー」

「声が小さいッ!」

「おおーッ!」

「よし! 最後に市街戦の鉄則その3!! 1秒たりとも気を抜くな! 以上!」




 そうしてゴリラシアに活を入れられ、地獄の訓練は始まった。

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