236.既知との遭遇


 どうも、数時間の飛行を終え、無事エヴァロティに到着したジルバギアスです。


『ねえ、ジルくん! 街があんなに遠いよ!』

『ああ』

『ねえ、ジルくん! 星空が綺麗だねえ!』

『そうだな』

『空を飛ぶのって気持ちいいねえ!』

『本当にな』


 ……背中にエンマをへばりつけて。腕の中のリリアナの温かさと、レイラとの心の交流がなければヤバかった。


 対照的にエンマは上機嫌で、クレアを介した日刊エヴァロティも了承してくれた。これで、俺が魔王城にいる間に何かトラブルが起きても、数時間で急行できる――かもしれない。いざというときの備えがあるのは良いことだ。


 あとは、その備えが無駄になることを祈るのみ。


 エヴァロティ王城には飛竜発着場なんて立派なものはないので、そのまま練兵場に降り立った。現地の夜エルフ猟兵たちに出迎えられる。


「ようこそお越しで、殿下」

「すぐにお部屋へご案内いたします」

「うむ。それと、役人の主だった面子を呼んでくれ」


 クレアが情報を得られる立場にないといけないので、役人どもには顔見せしておかないとな。


 長距離飛行にもかかわらず、ほとんど疲労の色もないレイラが、ワンピースに着替えて「うーん」と伸びをしている。メイド服に比べて着脱が楽だから、移動時はこの格好をすることが多い。リリアナも、「ここどこ?」とあたりをきょろきょろ見回したり、練兵場の隅っこに生えた野花を嗅いで首をかしげたりしている。


 せっかくリリアナも連れてこれたし、夜が明けたら怪我人の治療でも受け持ってやるかな……もちろん、エンマが帰ったあとで。


「いやーあっという間だったねぇドラゴンってすごいなぁ」


 降りても相変わらず、俺にベタベタとくっつきながらエンマは言う。


「初めてだったのか?」

「うん! これまで機会がなくてねぇ。にしても、ここがエヴァロティかー。クレアに交代する前に、もうちょっと観光していこっかなー」


 ふざけんなよ……クレアの顔でヘラヘラ笑ってんじゃねえ、壊すぞ。


『というか、本当に表情はエンマそのものなんじゃな……表情は事前に用意しているとのことじゃったが、魂由来なんじゃな』


 怒りを堪える俺に対し、アンテは至って冷静だった。俺もちょっと頭を冷やす。


「そういや、クレアはまだ夢うつつなのか?」

「うん、そうだよ」

「へえ……どんな夢を見てるんだろうな」


 エンマは、クレアの思考を読み取るすべを持つのか?


「それはわかんないなぁ。今のボクの意識の下に沈み込んでるから、見えないんだよね。魂だけ引きずり出したら表情くらいはわかるかもだけど」

「へえ……」


 アンテは俺の感情やら思考やら丸わかりなんだがな?


『それは、我がお主の魂に大量の力を注ぎ込んで、中に居場所を作っておるからよ。内側からならば感情も思考も手に取るようにわかる。が、エンマはクレアの魂を下敷きにして居座っておるような状態なんじゃろ、なので細かな思考までは読み取れん、と……ただ、大まかな感情くらいは見えるかもしれん。油断は禁物じゃ』


 安心してくれ、こいつに気を許したことなんて一度たりともねえよ。


「なるほどな」


 などと相槌を打ちながら、エヴァロティ王城に設けた自室(故オッシマイヤー13世の居室)へ向かっていると――


「あ、殿下」


 ドレス姿の美女と遭遇した。「お久しぶりです」と優雅にカーテシーするのは、吸血令嬢ことヤヴカだった。


「おう、久しぶりだな」


 俺は鷹揚にうなずいて挨拶を返す。


「何か問題は起きていないか?」


 が、続く俺の言葉に、なぜかビクッとするヤヴカ。


「……何か起きたのか?」

「いえ! ……まだ何も起きていません」


 ……?


 眉をひそめる俺に対し、ヤヴカがじわっと冷や汗をにじませる。


「その……もしかしたら、吸血種の存在が露見したかもしれません……」

「はあ? 誰だそんなヘマした奴は」

「わたくしです……」


 は……? 小さくなるヤヴカに、俺は絶句してしまった。


「あっ、あの! でも夢ってことで誤魔化したので、多分大丈夫です。大丈夫だと思っています。でもダメだったら、そのときは諦めます……」


 わたくしの首でも心臓でも捧げますので……と諦め半分で肩を落とすヤヴカ。


 ええ……自治区の運営が始まってからせいぜい1週間だぞ。いつかはバレてもおかしくないとは思ってたが、早すぎるだろ……。


「まあ、何だ……バレただけでは、別に処罰はしない。肝心なのは自治区民に死者が出ないことだ。多少の吸血も、被害を申告されない限り俺も対処しないからな」


 ただ吸血鬼の脅威を自治区民が認識して、警戒が強まって吸血しづらくなっても俺は関知しないし、それでトラブルが起きて死人が出たら、怒るからな俺は……


「プーックスクス、これだから半端者は……」


 と、思ってたら俺の傍らの死人がでしゃばり始めた。エンマがクレアの顔で意地の悪い笑みを浮かべている。


「やっぱり、こんな連中いらないんじゃない?」


 ヤヴカが、フードを目深にかぶったエンマをジロッと睨んだ。スンッ、と小さく鼻を鳴らす――まるで死臭を嗅ぎ取ったかのように。


「人族の街で、吸血鬼が共生なんてそもそも無理が――」


 ごちん、とエンマの頭を小突いて、黙らせた。


「……殿下、そちらは」

「アンデッド代表として、エヴァロティに常駐することになっただ」


 俺は名前を強調し、紹介する。忘れるな、お前は『クレア』なんだよ。お前の言動で余計な軋轢を生むんじゃねえ、苦労するのはクレアなんだからな……!!


「…………」


 俺の気持ちが伝わったか、エンマは大人しく口をつぐむ。


「仲良くするのは無理だろうから、お互い不干渉でいるといい。くだらない足の引っ張り合いは御免だぞ」


 俺は苦笑しながら、ヤヴカとエンマを見比べて、表情を引き締めた。



「――



 自治区をダシに醜い争いなんてしてみろ。



 白日の下に引きずり出してやるぞ、人類の敵どもめ……!



「はい」

「決して」


 エンマもヤヴカも、コクコクとうなずいた。よろしい。


 そんなわけで、ヤヴカとは別れる。それにしても正体が露見って何やらかしたんだろうなヤヴカ、仮にも子爵級だろアイツ? 眠りの魔法でもかけ忘れたか?


 あと……正体を隠すと言えば。


「なあエンマ」

「うん、なんだい?」

「こっち、犬獣人も多いんだが、本当に人族に擬態できるのか?」


 死臭でバレない?


「………………」


 スンッと表情を引っ込めるエンマ。こいつにしては、長い長い沈黙だった。



「その……アレだよ。墓守とか、そういう感じで」



 お前こそガバガバじゃねーか!!!

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