357.環境と適応


 どうも、賭博場に殴り込み、立ちふさがる全てを撃破した勇者アレックスです。


 酒場で仕留めた旅人風の夜エルフ諜報員から魂をぶっこ抜き、フーゼンフレイム・ファミリーの裏賭博場に別の工作員『ゴートン』が潜入していることを突き止めた俺は、真正面から乗り込んでひと暴れしたわけだが……


 マフィアの下っ端、惰弱すぎだろ!


『内なる魔族が漏れとるぞ』


 そうも言いたくなるわ。見ろよこの体たらくを!


 ――俺は周囲のチンピラどもを睥睨した。目が合うだけで気圧されて、無意識に後ずさる男たち。中には腰を抜かして尻餅をついた奴までいる。


 剣聖を騙る不埒者をボコっただけでコレだ。情けない! ガタイだけは立派なくせによォ……! 俺はマフィアだの山賊だの盗賊だのといった無法者が大嫌いなんだ。平素は暴力で無辜の民を圧迫するくせに、肝心の修羅場じゃクソの役にも立たねえからな!


 のっぴきならない事情があって、生き延びるため仕方なく非道に手を染めた……とかなら、まだ同情の余地もあるんだが。アウリトス湖は水産資源が豊富で、釣りや漁の心得があれば食うには困らないと聞く。……その結果が『コレ』かよ! 文化や娯楽が発達したはいいが、島同士でいざこざが絶えず、マフィアが我が物顔でのさばってやがる。


 こいつら裏社会の連中を『必要悪』だなんて賢しらに語る奴もいるが、どう考えても害悪でしかねえ。裏賭博だの違法薬物だので、無駄に治安が悪化してるからな! 真面目に暮らす一般人が割を食うなんて、あってはならない話だ。生産活動が妨げられたり、聖教会の資源リソースを浪費されたりなんてのは、もってのほか。


 本音を言えば、夜エルフとセットで滅ぼしてやりたいくらいだが……


『此奴らも、お主が守るべき人類じゃぞ』


 そうなんだよな。まあ、賊と違って一線を越えたわけじゃないし、更生の余地もあると思えば、な……



 ――そんなことを考えながら、十中八九逃げ出しているであろう夜エルフ工作員を目当てに、扉を蹴破ったり床板を剥がしたり賭博場をガサ入れして荒らしていると。



「わっ、わかっ、わかったわかったから! こっちだ!!」


 中堅っぽいマフィアが、音を上げて俺を案内し始めた。まったく、最初からそうしろっつの。どんなに素早く制圧しても、夜エルフゴートンは一瞬の隙を突いて逃げ出すだろうから無駄、とは割り切ってはいたものの、だからと言って遅くていいってワケじゃねえんだ。


『にしても此奴ら、なんでこんな頑なに協力を拒んでたんじゃ?』


 聖教会に唯唯諾諾と従いたくねえ、っていうくだらないプライドに加え、ここで俺を通してしまえば、以降闇の輩認定で自由に構成員をしょっぴくことが可能になってしまう、という危機感もあったんだろうが、やっぱり『ファミリーは身内には優しい』のが一番デカいな。


 いざというときはファミリーが庇ってくれる、って安心感がなきゃ、組織がまとまらないってワケよ。構成員の忠誠をつなぎとめるには、その姿勢を崩すわけにはいかないんだ。本来、連中は協調性もクソもないロクでなしばっかだし。


 あと、ゴートンを闇の輩とする俺の言葉が真実であるという証拠もなかったしな。この街の聖教会が、全戦力を結集させるほどの本気度を見せたら話は別だったんだろうが……。


 まあ、いい。


 ゴートンを仕留めて、結果と現実を見せてやるさ、ゴロツキどもにもな。


『無事に仕留められたらいいがの』


 アンテが、半ばからかうように言った。――ゴートンについては大丈夫だろう。奴は高確率で、下水道の秘密の抜け穴から脱出したはずだ。


『その秘密を、いともたやすく引っこ抜かれとるんじゃから気の毒じゃ』


 だいたい死霊術が悪い。そして、まともなおつむがありゃ、俺が入り口で騒ぎを起こした時点でこの建物は包囲されていると考えたはず。


『まさか、現地聖教会と一切連携していない流れの勇者が、ロクな証拠もなしに単身殴り込んできただけとは思うまいよ』


 ――よっぽどの楽天家でもなければ、待ち伏せを警戒して、裏口や屋根からはまず出てこない。一応、そっちのルートも霊体化したバルバラに監視はしてもらっているがな。


 心配なのは、下水道ルートの出口、スラム街で待機しているレイラだ。いくら人化で弱体化しているとはいえ、スラムの住民や魔力弱者な諜報員程度には遅れは取らないと信じているが……。


「――ゴートンはどうした!?」

「さあ……?」

「いつの間にか、いませんでした!」


 ゴートンの部屋に案内されてみれば、案の定もぬけの殻だった。焦る中堅マフィアに、しらばっくれる下っ端たち。コイツらはコイツらなりに仲間想いなんだろうな、きっと。あとで自分たちが何を庇ったのか見せてやろう。


「夜エルフめ! 逃がさんぞ!!」


 俺はわざとらしく叫びながら、さっさと賭博場をあとにする。下水道にそのまま潜り込むような真似はしない。汚いってのもあるが、出口ゴールがわかってるなら地上をダッシュした方が早い。



 暗い夜道を走り、ガラの悪い地域に踏み込んでみれば、そこには――



「――あ。アレク」


 スラムの片隅、ドブ川のほとりで、にっこりと微笑むレイラ。


 月明かりに照らされた彼女の手には、ぬらりと輝きを放つ刺突剣。足元には、ぼんやりとした顔のまま夜エルフが仰向けに倒れている。


 呼吸は、していない。死んでいた。


 くたびれたカッターシャツは汚水と血で酷いことになっており、レイラの手で殻コーンを取り去られたか、赤い瞳が虚ろに夜空を見つめていた。


「無事だったか」


 よかった、と思わず胸を撫で下ろす。……レイラの背後に折り重なる、気絶したスラムの住民を見ながら。


「はい。でも、やっぱりひとりだと、いろんな人に話しかけられちゃって」


 俺の視線に気づいたか、ちょっと困ったように笑いながら、「みなさんには眠ってもらいました」と言うレイラ。


 人化すると魔力も魔法ももれなく弱体化するが、相手がただの人族や獣人族ならホワイトドラゴンの魅了の魔法は効果がばつぐんだ。


 気絶した住民たちに、互いに殴り合ったような形跡があるのは……うん、まぁ、死んでないだけマシってことにしておこう。


「手間をかけた。……ありがとう」


 本当は、こんな役回りはさせたくなかったんだけど。


「お役に立ててよかったです」


 えへん、と得意げに胸を張るレイラ。


 その手に握りしめられたままの刃からは、血が滴り落ちている……



 ……俺は。



 この娘を、どう歪めてしまったんだろう。



 そう考えて、ふと空恐ろしくなった。



 俺のもとに来たばかりのレイラは、夜エルフを殺めてニコニコしていられるような娘ではなかったはず。


 彼女は、変わった。


 変わってしまったのだ。俺のせいで。


 ……付き合わせていいんだろうか。巻き込んでいいんだろうか。


 彼女を、こんな、血塗られた道に。



 今更のように、そう思った。



 ……いや、わかってる、わかってるとも。彼女の機動力がなければ、俺は同盟圏での移動すらままならない。もはやレイラと別れるという選択肢はないんだ。少なくとも、俺が生きている間は。



 だけど……。



「レイラ」


 俺は、レイラの頬にそっと手を伸ばす。


 ゴートンのものと思しき返り血が一滴、付着していることに気づいたからだ。


 指先で拭い去ろうとしたが――


「アレク」


 レイラがずいっと身を寄せてきて、手元が狂った。返り血を拭うどころか、むしろ指で頬にすり込むような形になってしまう。べっとりと頬に、血が――


「えへへ……♪」


 しかしそんなことは気にせず、いや気づきもせず。頬に触れる俺の手を、自らの手でそっと上から包み込んで、幸せそうな表情をするレイラ。



 月光に照らし出された彼女の顔は、それはもう、美しくて……



 そう思ってしまう俺自身が、途方もなく、罪深く思えて。



『くふふ』



 アンテが、小さく嗤った。



 ――これがお前の『力』の一端だ、と。



 そう言わんばかりに。

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