439.禁忌の足音


 魔王子、ね。


 ああ、わかってるよ。


 さっきからずっとそればかり考えている。



 ――正直なところ、実にスマートなやり口なんだ。



 皇帝の首を取れば、帝国軍の士気と指揮系統はガタガタになる。皇帝のついでに、高級指揮官や近衛騎士、帝国貴族なんかもブチ殺せれば御の字だな。


『ほう、それほどお主が『殺していい』と言い切るのも珍しい。普段なら、魔王軍に対する戦力が~備えが~とか言い出しそうなものじゃが』


 対魔王軍を考えるなら、実は高級指揮官はそんなにいらないんだよ。


 なぜかというと、人類の敵との戦いではから。


『……ああ、なるほど。勇者や神官が高級指揮官として振る舞うわけか』


 国軍、特に貴族なんかは大人しく指揮権を明け渡すのを嫌がって、色々面倒なこともあるからなぁ。中途半端な奴はいない方がマシに感じることさえある。


 ただまあ、それでも貴族は大抵の場合魔法使いだから、戦力としては絶対いた方がいいんだけどな。あと、実際に少人数の兵士たちをまとめて動かす現場指揮官、小隊長とかあのあたりは、何人いても足りないくらいだ。


 それで話を戻すが、斬首作戦をやるなら……魔族の肩書だとかどが立たない。どんなに惨たらしく殺そうとも、帝国の怒りはあくまで魔族に向けられる。公国が報復を受けることはない。


 かつ、俺が大暴れして血の雨を降らせ、帝国の指揮系統もぐちゃぐちゃにしてやれば、帝国が公国に再侵攻する余力を削れるし、平和ボケした後方の連中に現実を知らしめることもできる。



 ――だが、完璧に思えるこの魔王子カチコミ案には、大きな問題があるんだよ。



『ほほう。それは?』



 勇者だ。



 聖教会は、確かに政治には不介入。今回の戦争も見守るに留めるだろう。


 だが、そんな状況でも、魔王子が出現すれば話は別。それが戦場だろうと、結婚式会場だろうと、問答無用で殴り込んでくるぞ。


 それもアーサーだけじゃない……この街の勇者と神官、動ける奴が全員、だ!


 最悪の場合……アーサーたちと殺し合う羽目になる……!


「――――」


 俺は、そんな物騒なことを考えながら、ちらと隣のアーサーを見やった。


「? どうした、アレックス」

「いや……何でもない」


 アーサーは、こくんと小首を傾げていた。


 殺し合いたくない。流石にマズいだろ。


『んん~? 何がじゃ?』


 不意に、幻出したアンテが、俺にまとわりつきながら、俺にしか見えない手で頬を撫でてきた。


『存分に殺し合えばよいではないか……そして、お主の糧にすればよい』


 ぞくり、と背筋に冷たいものが走る。どこまでも蠱惑的で……毒々しい囁き。


 こいつの、本性。


 俺は……できるだけアーサーは殺したくない。


『だからこそ、その想いが、力を生むのじゃぞ?』


 そういうことを言ってるんじゃねえ。


 殺して、糧にして、得られるものが少なすぎるんだよ。


「……?」


 この、俺の隣を怪訝な顔でテクテクと歩いてるミステリアス系イケメンは――紛うことなき人類の英雄だ。救世主と憚りなく言っていい人物だ。


 俺が前世で見てきた、どんな勇者よりも強い。最上位の存在。


 ただ強いだけじゃなく、あの【アーヴァロン】との合せ技で、脆弱な拠点や人員に極めて強力かつ広範囲の物理・魔法耐性を付与できる点が唯一無二だ。


 人族が魔族と戦う上で、不可欠な強み。絶対に必要な英雄。


 単に俺が強くなるだけじゃ、代替不可能な人材だ……!


 こんな、野盗まがいの正規軍をボコるためだけの戦いで、失われていい存在じゃないんだよ、コイツは!!


 俺は、アーサーを殺さずとも、他に何らかの禁忌を犯すことで、アーサーを殺した分に相当する力を稼ぎ、埋め合わせをすることができる。


 だが逆は不可能だ。何をどうあがいても不可能だ!


 何人助けようとも、『救世主アーサー』の代わりにはならない!!


 コイツを……アーサーを、こんなチンケな戦いに巻き込むわけにはいかねえ。


『なるほどのぅ』


 くふふ、とアンテは嗤った。


『お主がそこまで思っている以上、手にかけたときの成果も莫大なものになりそうじゃがのぅ……』


 俺は――みなの命は、等しく尊いと信じているが。


 死の重みには、違いがあると知っている……特に戦場では。


『では? どうするんじゃ。勇者として殴り込めないとなれば、ジルバギアスとして殴り込む以外になんぞあるか? それとも――』


 喉を鳴らし、アンテが再び意地の悪い笑みを漏らす。


『――レイラをドラゴンとしてけしかけるかの? 流石の帝国軍も、空から降り注ぐ光のブレスには備えができておるまい?』


 できるかァ! そんなの!!


 戦術的には、これ以上ないほど有効だが……ッ!


 同盟圏でのホワイトドラゴンの風聞がとんでもないことになる! そりゃあ、公国にとっちゃ救世主だろうけどよ……突然飛来したホワイトドラゴンが人族を焼き殺しまくったという事実だけは残る。


 それに魔王子の噂が絡むと、そりゃあマズいことになるだろ? レイラが危ないってだけじゃなく、同盟圏に逃れてきた他のホワイトドラゴンたちにも、多大な迷惑がかかるし……。


 それは……まずい。


『ふん。そのまずさは、レイラとホワイトドラゴンの世間体に対するものじゃろ?』


 アンテが鼻で笑った。


『彼奴らの世間体は、人類の未来よりも大事かのう?』


 それは……ッ!


 …………いや、落ち着け。整理しよう。


 俺にある選択肢はなんだ?



【1.勇者として殴り込む】


【2.魔王子として殴り込む】


【3.レイラに焼き払ってもらう】



『1は聖教会の縛りがあるからダメ。2は最悪出会うものを皆殺しにすればよい。 3はホワイトドラゴンの悪評が立つからダメ。……ほぅら! 2しか残されておらんではないか!』


 だーかーら、アーサーと殺し合いになるのがマズいんだって!! ってかアーサーだけじゃねえ、聖教会の面々をこんなくだらない戦いで失いたくは――



 そうこう考えている間に、カェムランの聖教会支部にたどり着いた俺たちは。



「……やあ、また会ったな、ふたりとも」



 そこで、全く予期せぬ顔を目にすることになった。


「そんな……」


 目を疑った。


 なんで、あなたがここに。


 革の手袋に包まれた手を、サッとあげて挨拶するのは――


「レキサー司教……」


 赤黒いコートを着込んだ老練の神官。


「何やら、公国が大変なことになっているようだな」


 憂いを帯びた様子で嘆息するレキサー司教の周囲には、軽装の勇者たちもいる。


 頼もしいヴァンパイアハンターの面々が、何故か、カェムランに集結していた。


 なんで……やめてくれよ……アーサーがいるだけでも、頭が痛いのに。


 このタイミングでレキサー司教たちにまで、ここに留まられたら。


 殺し合いになっちゃうだろ……下手したら、俺と。



 魔王子ジルバギアスと……!

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