第69話 新しい風

 マフレナと仲良くなったことがきっかけとなり、アシュリーは要塞村の住人たちと次第に打ち解けていった。

 最初は同性で(見た目が)同世代のエステル、クラーラ、ジャネットとの交流がスタートし、一週間も経つ頃にはトアやジン、ゼルエスやセドリックといった男性陣とも普通――とはいかないが、会話はできるようになってきていた。




 ――ファグナス邸。

 この日、トアは月に一度の報告を果たすためチェイスのもとを訪れていた。


「はっはっはっ! 黒蛇族や銀狼族や王虎族に飽き足らず、とうとう冥鳥族まで仲間に引き入れたのか!」


 要塞村の新メンバー加入という報告を受けたファグナスは大爆笑でそれに応えた。

 さらに今回はトアだけでなく、もうひとり特別ゲストがいた。


「それにしても……まさかあなたが宿屋の店主とは、驚きましたな」

「これでも気に入っているのですがね。最近では政治屋よりこっちの方が天職だったのではないかと思えてきますよ」


 恰幅良い中年男性が穏やかに言葉を紡ぐ。

 その人物の名はフロイド・ハーミッダ――トアとエステルの同僚であり友人でもあるネリスの父親だ。

 今でこそ、鉱山の町エノドアで夫婦仲良く宿屋を経営しているが、ついこの前まで大国フェルネンドで大臣職に就いていたエリートである。

 

 フェルネンド王国の元大臣フロイド・ハーミッダと、そのフェルネンドに匹敵する大国セリウスの大貴族チェイス・ファグナス。大物ふたりに挟まれたトアは思わず縮こまるような体勢になってしまう。

 気を取り直して、トアはさらに冥鳥族の一家が住んでいた島を「食事」で消失させたという事実を報告した。


「魔獣か……近年、魔獣の行動が活発化しているという報告が本国に上がってきている。恐らく孤島を消し去ったその魔獣もその報告のひとつに記載があるだろう」


 苦々しくチェイスは呟き、テーブルに置かれたコップへと手を伸ばす。喉の渇きを癒し終えると、さらに続けた。


「今年から魔獣の対策に本腰を入れるはずだったんだが……」

「我々のいた国がいろいろとご迷惑をかけして申し訳ありません」

「いやいや、今の意地の悪い言い方でしたな。――ですが、確かにオーストン侵攻で諸々遅れが生じたのは事実です」

 

 これについては元フェルネンド国民であるトアとフロイドは頭を下げるしかない。特に大臣のフロイドとしては自身の力及ばずに侵攻が始まったことに対しての謝罪の気持ちは相当に強かった。


「しかし、ハーミッダ大臣からもたらされた情報は大変有益なものでした」

「私ひとりの力では暴走を始めたフェルネンドを止めることは叶わなかった。それを、連合軍として共に世界大戦を戦ったセリウスに託そうと思ったまでですよ」


 偽りのない本音だった。

 その効果もあり、オーストン侵攻失敗以降、フェルネンド王国は国際社会から孤立し、目立った動きは見えなくなっていた。


「フェルネンドの今後については本国も注視している」

「そうなんですか?」

「魔獣然りフェルネンド然り、これから動きが活発化してきたらこちらにも通達があるはずだから、その際にはまたあなた方にもご相談させていただきたい」

「我々にできることなら協力は惜しみませんよ。――君もそうだろう? トア村長」

「もちろんです!」


 トアとフロイドは力強く断言する。

 

「あなた方にそう言ってもらえると本当に心強い。――ところで、話は変わるが」


 安堵のため息とともに、突っ張っていた頬の筋肉を弛緩させたチェイスは声色も穏やかに次の話題へと移った。


「エノドアにちょっとした問題が発生してね」

「問題?」

「ああ――だが、問題とは言っても嬉しい誤算ってヤツだな」


 それはチェイスの嬉しそうな表情から容易に読み取れた。


「実は想定以上に鉱山での採掘量が多くてね。もっと幅広く採掘作業をしていこうという話になったんだ。そこで、鉱夫としての経験も豊富な町長のシュルツを鉱山長という役職にして鉱夫たちの管理職をしてもらうことにしたんだ」

「え? それじゃあ、町長は不在という形になるんですか?」

「いや、新しい町長を就任させることにしたんだ」


 そう言って、チェイスは「入ってこい」と扉に向かって言い放ち、手をパンパンと叩いて合図も送った。

 すると、ゆっくりと部屋の扉が開いていく。


「は、はじめまして、レナードと申します」


 現れたのは細身で肩口まで伸びる蜂蜜色の髪が印象的で、見た目から察するに年齢は二十代半ばほどの――


「女性か。随分と若いようだが……」

「確かにシュルツさんに比べるとだいぶ若いですね……」


 ふたりは新町長を若い女性だとして話を進めていたが、そんな反応にチェイスは思わず頭を抱えてしまう。


「やはりそうなってしまうか……」

「ち、父上……」

「「父上?」」


 トアとフロイドは同時に声をあげた。

 どうやらチェイスは三人いる子どものうちのひとりを新しい町長として据える予定のようだが、あの屈強な男たちで溢れかえるエノドアの町を女性であるチェイスの娘がきちんと運営できるかは少し不安が残る。

 ――だが、トアたちが本当の意味で驚くのはここからだった。


「いや、こいつはうちの長男なんだ」

「「長男!?」」


 長男ということは目の前にいるどう見ても女性にしか見えない人物は男であるということになる。


「他ふたりが女の子ということもあってか、そっちの影響を強く受けてしまってなぁ」

「そ、そんなことありません! 僕は立派に町長を務めてみせます!」


 高らかに宣言するが、その声も成人男性にしては高めなので女性の声だと教えられても鵜呑みにしてしまいそうだった。


「私としても、将来的には長男のレナードに継いでもらおうと思っているので、直接領地に出向いて民に近い目線からいろいろと学んでほしいのだが……」

「だからもうひとりでも大丈夫ですよ!」


 本人としては真剣そのものなのだろうが、女性っぽい外見と高い声のせいで可愛らしい抗議にしか見えなかった。


「そういったわけで……御二方にはレナードのサポートをお願いしたい」


 上半身を直角に折り曲げるくらいの勢いで頭を下げるチェイス。息子のレナードは「大丈夫だから!」と叫び、トアとフロイドもまさかここまで頭を下げるとは思わず「頭を上げてください!」と慌てふためいた。



  ◇◇◇



 レナードを連れてエノドアへとやってきたトアとフロイドは、とりあえず新しく鉱山長となった前任のシュルツから仕事の引継ぎについて説明を受けることになった。

 ヤル気は十分にあるレナードだが、今みたく屋敷の外で仕事をするのが今回が初めてということだったので、覚えることは山ほどある。

 そういったわけで、説明が終わるまで時間を潰そうということになった。

 フロイドは仕事をするため職場である宿屋へと戻った。

 トアは様子見がてら、セドリックやメリッサが働くエルフ印のケーキ屋に顔を出した。ちょうど仕事終わりのクレイブに遭遇し、世間話をしたが、一緒にいたモニカが「ガルル!」と獰猛な唸り声をあげていたので早々に退散することに。

 その後も町をうろうろと見て回っていると、引き継ぎ作業を終えてトアを探しにきたレナードとバッタリ出会い、そのまま合流。


「どうですか、エノドアの町は」

「とても活気のある町ですね。人も多いですし……大変だとは思いますが、やりがいを感じます」


 町長の仕事の大変さを目の当たりにしてもモチベーションは下がっていないようだった。

 レナードと並んで歩いていると、これまた偶然にもよく知る少女ふたりと出くわした。


「あ、エステル! クラーラ!」


 後姿を確認して声をかけたトア。

 振り返ったふたりは最初こそ笑顔だったが、それは一瞬にしてスッと消えた。

 問題はトアと並んであるく美女――のように見える成人男性。


「トア……今日はファグナスさんのところへ行くって言ってたわよね?」

「え? あ、う、うん」

「それなのにこんな綺麗な人と町中で何をしているの?」

「へ?」


 エステルとクラーラが交互にトアへと詰め寄る。

 どうやらレナードを女性と勘違いしているようなので、新町長就任の件も合わせて報告をする。ふたりは一緒にいたのが男性と知ってかなり衝撃を受けていたようだった。

 さらに、この騒ぎを聞きつけてやってきた人物がひとり。


「コラ、こんなところで何を騒いでいる」


 仕事終わりのヘルミーナだった。


「すいません、ヘルミーナ隊長」

「トアよ。私はもう隊長ではないのだ。今はただのヘルミーナだよ」

「! ……そうでしたね。分かりました――ヘルミーナさん」

「よろしい。それで、そちらの男性は?」

「ああ、こちらは――って! ヘルミーナさん、レナード町長がなんで男だと!?」

「? 何を言う。彼はどう見ても男だろう?」


 他の誰も見分けがつかなかったのに、ヘルミーナは一発でレナードを男だと断言した。これにもっとも衝撃を受けたのだがレナード自身であった。


「あなたが初めてです! 初対面で僕を男だと言ってくれたのは!」

「そ、そうなのか?」

「はい! ありがとうございます!」

「う、うむ」


 興奮するレナードはヘルミーナの手を握る。

 

「……レナード町長、つかぬことを尋ねるが」

「なんでしょうか」

「腹筋が六つに割れている三十手前の女性をどう思う?」


 ヘルミーナは小細工とかなしに真っ向勝負を挑んだ。


「……ヘルミーナさん」

「らしいといえばらしいけど……相当焦っているわね」

「聖騎隊時代に囁かれていたお見合いを受けまくっているという噂は本当だったのかも……」


 トア、クラーラ、エステルはなりふり構わぬヘルミーナの姿勢に微妙な眼差しを送る。

 そして、ヘルミーナからの人生を懸けた質問に対し、レナードの答えは――


「年齢については分かりませんが、腹筋については正直憧れますね。ご覧の通り、僕はこの見た目なので……羨ましいです」

「…………」

「? ヘルミーナさん?」


 返事をしないヘルミーナを不審に思ったレナードやトアたちが顔を覗き込む。


「立ったまま気絶している……」


 結局、エドガーやネリスも呼び、気絶したヘルミーナを回収してもらった。

 こうして、鉱山の町エノドアに新しい風が吹き込んだのである。

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