第268話 華やかな舞踏会の裏で
セリウス王国舞踏会。
その開幕は、まずジェフリー第三王子のスピーチから始まった。
ちなみに、本来ヒノモト王国の結婚となると、白無垢と呼ばれる伝統的なドレスがあるそうだが、今日はセリウス王国での舞踏会ということで、ツルヒメはストリア大陸仕様のドレスに身を包んでいた。
そして――いよいよ舞踏会が始まる。
エステル、クラーラ、マフレナ、ジャネットの四人は、それぞれトアとのダンスを希望。もちろん、トアとしてもそれに応えたいと思っていたし、何よりトア自身が四人と一緒にダンスをしたいと思っていた。
しかし、ここは公の場ということもあり、四人以外からもダンスの誘いがある。
トアが誰かと踊っている間、他の女子が別の貴族に誘われる可能性は大いにあった。
現に、今もエステルたちには若い貴族たちの視線が注がれていた。
トアもそのことに気づいているが、こればかりはどうしようもない。
さらに、事態を警戒する者は他にもいる。
「舞踏会へ来たまではよかったですけど……予想以上に女子たちが注目を集めていますね」
「まあ、あの子たち、外見スペックは相当高いから仕方ないけど」
ナタリーとケイスだった。
「そうなると、トアに強力なライバルが多数出現することに!?」
「それはないんじゃないかしら」
ナタリーの抱く懸念を、ケイスはあっさりと一蹴した。
「あの四人が、地位とかお金とかで人を選ぶとは思えないわ」
「た、確かに……」
「要塞村での生活も三年目……一から築き上げてきたのは村だけじゃなく、あの子たちの関係性もそうなのよ。今さら何の心配もいらないわ」
「そ、そうとは思いますけど……」
ナタリーが不安に感じるのには理由があった。
最近はすっかり要塞村の住人として馴染んでいるが、それまでは商人として世界中を飛び回っていた。その際、さまざまな国で、エルフやドワーフといった、現在人間との接触に対して消極的になっている種族をどうにか取り込もうとする動きが見えていた。
だから、ナタリーが初めて要塞村を見た時、実は腰を抜かしそうになるほど驚いたのだ。
各国が力を注ぎ、ある時は富で、ある時は力ずくで、自分たちの陣営に巻き込もうと企んでいるエルフやドワーフが、この村では仲良く平和に暮らしている。それどころか、ドラゴンはいるし、精霊はいるし、勝手に動き回る甲冑兵はいるし、モンスターさえ仲間だし、最近ではとうとう別世界(魔界)からの住人まで増えた。
さまざまな国が、金と時間と人をかけて成し遂げたいと願っていることを、トアはことごとくあっさりと達成していったのだ。
そのため、今回の舞踏会では、特に亜人であるクラーラ、マフレナ、ジャネットの三人にどこかの貴族が積極的にアプローチをかけるのではないかとナタリーは事前に予測していた。それだけでなく、《大魔導士》のジョブを持つエステルが狙われてもおかしくはない。
さらにいえば、以前、ナタリーがエステルたちに語ったように、要塞村を束ねるトアの方が狙われる可能性もある。
「うぅ……やっぱり不安になってきましたよ」
「だから大丈夫よ。ほら、見てみなさい」
「見るって何を――あれ?」
ホールには音楽隊の生演奏に合わせて優雅なダンスが行われている。
今、トアはエステルとダンスし、少し離れた位置で他の三人がその様子を見守っていた――が、待っている三人に、他の貴族が声をかける様子はない。
先ほどまで、ギラついた視線を送っていた輩もいたのだが、今となってはその影すら見せていなかった。
「ど、どういうこと……? トアたちの様子を見てあきらめた?」
そんなはずはない。
エルフやドワーフとお近づきになるチャンスだし、中には平民の出であるトアよりも生まれながらの貴族である自分の方が優れているという根拠のない自信に溢れたダメ子息が、声をかけてくると思っていたのだが。
現状に驚くナタリーは、ケイスへ視線を移す。と、ケイスはトアたちを見ておらず、何やら後方へ視線を送っていた。
「? どうかしましたか?」
「いえ……ただ、過保護ねぇっと思って」
「過保護?」
首を傾げるナタリー。
結局、ケイスはそれから何も語らず、再びトアたちへ向き直る。言葉の意味を理解できていないナタリーだったが、同じようにトアたちへ視線を戻すと、そんな気持ちがどこかへ飛んで行ってしまった。
「……楽しそうですね」
「ええ」
笑顔を見せる五人。できれば、この先もずっと、あの五人には今のように幸せであってもらいたい。種族を越えて信頼し合うあの五人が、要塞村の象徴ともいえるのだから。
そしてそれはきっと――要塞村に暮らすすべての村民の願いでもあるだろう。
――トアたちから離れた位置にあるソファに、ローザが腰かけている。
そこへ、お酒で満たされたグラスを持ったシャウナが近づき、こう告げた。
「ご苦労だね、ローザ。葡萄酒でも飲むかい?」
「……いただくとするかのう」
ローザはグラスに注がれた葡萄酒を一気に飲み干す。その豪快な飲みっぷりを見たシャウナは、苦笑いを浮かべながら話し始めた。
「あの子たちの周辺に認識阻害魔法の結界を張っているだろ?」
「……さすがにバレるか」
そう。
トアたちが誰にも邪魔をされずにダンスを楽しめている裏には、ローザの魔法が関係していたのだ。
「まあ、ひと通り楽しんだら解くつもりじゃがな」
「ふっ、相変わらず、君はおせっかいだね。私以外に気づいている者はいないようだし、大丈夫そうかな」
「いや、ケイスは気づいておったようじゃぞ」
「! ほぉ、やるじゃないか、あの王子様も」
ソファに座り、くつろぎながら、トアたちのダンスを眺めていたローザとシャウナ。と、そこへ近づく人影が。
「「!」」
ふたりは、覚えのある気配に一瞬ピクリと反応する。
現れたのは袴姿のサムライだった。
「こんなところで油を売っていてよいのか――イズモよ」
《八極》――百療のイズモ。
かつて、ローザたちと共に戦場を駆け抜け、世界を平和に導いた英雄のひとり。現在は忠誠を誓うヒノモト王家の家臣として働いている。
そのイズモが、静かにローザたちへ近づくと、おもむろにこう告げた。
「……おまえたちにも一応知らせておこうと思ってな」
「? 何をだい?」
シャウナが尋ねると、イズモは声量を落とし、囁くように言う。
「近いうちに……大きないくさが起きるぞ」
「「!?」」
思わず顔を見合わせるローザとシャウナ。
「だが、この戦い……我らヒノモト・セリウス連合軍の大勝に終わるのは必至。おまえたちの手を借りるまでもないだろう」
「君ひとりいれば、大体なんとかなるんじゃないか?」
「……某の助力すらいらぬ相手となるだろう。何せ、向こうはすでに虫の息だ。――では、確かに伝えたぞ」
そう言って、イズモは本来の役目であるツルヒメ護衛へと戻った。
「……どう思う?」
「イズモのことじゃから嘘ではないのじゃろうが……一体、どこと戦争をするというのじゃ」
楽しむトアたちの横で、ローザとシャウナは、これからセリウスとヒノモトに立ちはだかるとされる戦いの相手を考察し始めた。
果たして、それは一体どこの国なのか――。
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