第267話 お披露目
夕暮れが過ぎ去る頃、セリウス城周辺が賑わいだす。
ヒノモト王国の要人を中心に、第三王子ジェフリーとツルヒメの婚約発表の場でもある舞踏会へ参加する者たちが集結しつつあった。
その周辺は物々しい警戒態勢が敷かれており、賊のひとりどころか猫一匹の侵入さえ許さぬほどだ。
そんな中、城の二階にある客室で待機していたトアは緊張感に包まれていた。外の兵士たちのような、ピリピリとした緊張感ではなく、大舞台を前にドキドキと心臓の鼓動が速まるタイプの緊張感だ。
「変な汗が出ているわよ、トア村長」
「す、すみません」
ケイスの指摘に謝ってこそいるが、視線は真っ直ぐ前を向いたまま。
やれやれ、とケイスがため息をついたと同時に、部屋のドアをノックする音が。
「そろそろ会場へ」
「! は、はい!」
最後に一度大きく深呼吸をし、キッと表情を引き締める。
「いい表情になったじゃない」
「要塞村の代表で来ているわけですからね」
「真面目ねぇ……まあ、だからバーノン兄さんもあなたのことを気に入ったのでしょうけど」
実は、舞踏会終了後に、ケイスも含め、バーノンの私室で落ち合うことになっており、その際には要塞村の今後の展望について語ろうと思っている。
というのも、まだ公式の発表はされていないが、長男のバーノンは三男ジェフリーの婚約を期に遠征を終了し、本格的に王政へ取り組むため公務に勤しむこととなっていた。その上で、バーノンは要塞村と良好な関係を築きたいと考えており、村長であるトアをはじめ、村民たちと積極的に交流をしていきたいと考えていた。
とはいえ、村民の多くはこれまで人間と接点の少なかった伝説的種族ばかり。おまけにモンスターや魔人族といったあたりは、それまで畏怖の対象として見られていた面が強く、人間たちと普通に交流をしていくのにはまだまだ時間がかかるだろう。
ただし、エノドアやパーベルといった、要塞村から近い位置にある町の住民たちとは問題なく接しているので、根気強く取り組むことで確実に成果はついてくるという見通しは持っていた。
ともかく、今後の要塞村の動きについて、改めてバーノン王子へ報告する前に、まずやらなければいけないことが待っている。
二階から、舞踏会の会場がある一階へ向かうトア。
恐ろしいくらい大きくて美しいシャンデリアの下、赤い絨毯の敷かれた廊下をケイスと共に歩いていく。慣れているケイスはスタスタと進み、時折、すれ違う顔見知りへ軽く挨拶を交わしていた。
一方、トアは最初の頃よりかは緊張が消えており、足取りも力強いものへと変わっている。
――だが、その引き締まった表情は会場であるホールの前に立った時、驚きへと変わった。
「っ!」
思わず足が止まる。
トアの前に現れたのはドレス姿のナタリー。そのナタリーの後ろには――見知った四人の少女の姿があった。
そう。
見知った顔ぶれ――の、はずが、一瞬それを忘れてしまうくらい、少女たちは普段とまったく異なった出で立ちであった。こうなることは予想していたはずなのに、トアはその変貌ぶりに声も出なくなっていた。
「な、何か言いなさいよ……」
最初に口を開いたのはエルフ族のクラーラ。
いつもは剣術の邪魔だからとまとめている髪を降ろし、森に住むエルフ族らしい、緑を基調としたドレスに身を包んでいる。
「綺麗だよ、クラーラ」
「!? そ、そう!? あ、ありがと……」
「わふっ! トア様! 私はどうですか!」
次にトアの前へやってきたのはマフレナ。
銀色の美しい髪をアップスタイルでまとめ、ドレスの色は赤。ちなみに、このドレスは他の三人のデザインに比べると若干胸元の開きが大きくなっているのだが、これはドレス作りのことを知ったシャウナがモンスターたちにこっそり送ったアドバイスが生かされている。
「とてもよく似合っている。綺麗だよ、マフレナ」
「わふ~♪」
「私はどうですか、トアさん」
三人目のジャネットは、アレンジしたポニーテールの髪型に、その髪色と合うブルーのドレスを着ていた。落ち着いた感じのする、クールな組み合わせは、彼女の性格によくマッチしている。
「とてもいいと思うよ。ジャネット……綺麗だ」
「そ、そんな……」
「じゃあ、私はどう?」
最後に登場した、エステルは、身にまとう黄色いドレスを見せつけるように一回転をして見せた。髪型はあまり変化がないなと思わせておきながら、実は編み込みが成され、いつもと同じように思わせつつも少しだけ雰囲気を変えている。
「エステル……綺麗だよ」
「ふふ、ありがとう♪」
顔合わせを終えたトアと女子たち。
すると、おもむろにトアの右腕にエステルが抱き着き、左腕にはクラーラが抱き着く。さらに後ろからジャネットとマフレナが背中を押して、そのまま五人まとまって会場入りを果たしたのだった。
「へぇー……」
その様子を見ていたナタリーが、感心したように呟く。隣に立っていたケイスが、興味深げに尋ねた。
「今のやりとりに何かあった?」
「いえ、トアがあそこまで素直にエステルたちを褒めるなんて――あ、もしかして、何か吹き込みました?」
女性絡みの事柄について疎いトアが、あんなにスラスラと褒める言葉が浮かんでくると思えない。幼い頃からトアを知るナタリーはそう思っていたのだが、ケイスは首を静かに横へと振った。
「あたしは何もしていないわ。きっと……あれはトア村長の本心――誰にアドバイスをもらったでもなく、心からそう思っているということを伝えたんだと思うわ」
「それって……」
ナタリーは以前から考えていた。
超がつくほど真面目なトアは、恐らくエステルたち四人の好意に薄々勘づいているが、根が真面目すぎるため、どう反応していいのか困っているように思っていた。
だが、トアは幼い頃からエステルに惚れている。
それは、ナタリーもよく知っていた。
恐らく、トアにその気がなければ、今もエステル一筋でアプローチを続けているに違いない――が、そうした様子はなく、いつも四人に対して平等に接している。短いとはいえ、要塞村での共同生活を経て、ナタリーはその結論へ至った。
「トアは真面目だから、四人のうちひとりに絞りたいと思っているはず……それは、昔から好きだった幼馴染のエステルだとばかり思っていました」
「……過去形になっているわね」
「ええ。たぶん、今は違います。――だけど、あの様子じゃ、トアも深い悩みの中にいるみたいですね」
エステル。
クラーラ。
マフレナ。
ジャネット。
四人の少女に対するトアの想いに変化が生まれつつある。
ナタリーはそう感じていた。
「その辺については、舞踏会後に追及していくわ。……バーノン兄さんも一緒にね」
「よろしくお願いします」
ケイスとナタリーはクスッと小さく笑いながら、トアたちのあとを追って会場へと入っていった。
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