第43話 思い出
夏の暑さはピークが過ぎ、要塞村に秋の気配が迫っていた。
「おはよう」
その日、要塞村をまとめる村長トア・マクレイグは、朝からドワーフ族たちの工房を訪れていた。理由は以前注文していた品が完成したとの一報を受け取ったからである。
「お待ちしていましたよ、トアさん」
ドワーフ族の少女ジャネットが笑顔でトアを迎え入れる。その手にはトアからの依頼を受けて製作した小型刃物が握られていた。
「それが完成品?」
「ええ、そうですけど……やっぱり、戦闘用にしてはいくらなんでも小さすぎませんか?」
「僕もそう思います」
トアとジャネットの会話に参入したのはフォルだった。
フォルは傷ついたボディを修繕するため、定期的にこの工房を訪れているらしく、今はその修繕中でボディがなく、作業台の上に置かれた兜だけで会話をしている。
「あ、言ってなかったっけ? これは戦闘に使う物じゃないんだ」
「? では、何に使うんですか?」
「それは……まあ、ちょっと思い出したことがあったんでね」
「思い出したことですか?」
「うん。それについてはまた今度詳しく説明するよ」
そう言って、トアは「ありがとう、とても助かったよ」とジャネットやドワーフたちにお礼を述べて工房を出て行った。
◇◇◇
要塞村は深い森に囲まれた場所にある。
見渡す限り鬱蒼と生い茂る木々――それが、今のトアには目移りする存在となっていた。
「どれがいいかなぁ……」
吟味していくトア。
そのうちからひとつを選び、剣で太めの枝を切断。
「こんなものかな」
地面に転がるそれを拾い上げると、茂みの向こうから何やら声がする。
「誰かいるのか?」
興味を抱いたトアが声のする方向へ進むと、少し開けた場所に出た。そこにはジンとマフレナの銀狼族親子が何やら真剣な面持ちで向かい合っている。
「やってみろ、マフレナ」
「わふっ!」
父からの言葉を受けたマフレナは瞑目し、大きく息を吐いて全身に力を込める。
ブオッ!!
次の瞬間、マフレナの髪や尻尾の色が金色へと変わる。
銀狼族の中でも千人のひとりの割合で出現するという上位種――《金狼》の状態へと変わっていた。
「マフレナ!」
トアは思わず飛び出した。
前に金狼状態となったマフレナは我を忘れ、本能のままにトアを襲い、おまけにその後は倒れてしまったのだ。
だが、トアの存在に気づいたジンは冷静に「しーっ」と人さし指を口に添えて「まあ見ててくれ」といわんばかりに目配せをする。
「じ、ジンさん」
「そう不安そうな顔をしないでくれ――マフレナならば乗り越えられるはずだ」
金狼の力を自由に扱えるようになれば、この先、要塞村に何かが起きた場合、頼れる戦力になることは間違いない。そのためにも、ジンはマフレナに金狼としての力を制御できるようここで秘密の特訓をしているのだと教えてくれた。ちなみに、念のため、精霊族が作ってくれたマッケラン草の花蜜ジュースを常備しているとのこと。
「だが、特訓成果は……芳しいものではないな」
それだけ、金狼としての力を維持し続けることは難しいらしい。
「グルル……」
現に、マフレナの表情はトアを襲った時と同じ獰猛な獣そのものへと変わり始めていた。
「マフレナ! しっかりしろ!」
父からの檄が飛ぶ。
それに、トアも続く。
「そうだよ、マフレナ! 君ならできる!」
「トア村長もこう言っているぞ! 頑張るんだ、マフレナ!」
「グオオォ……」
しかし、それも虚しくマフレナはだんだんと自我を失っていく。
「仕方がない……少し方向性を変えてみるか」
「方向性?」
キョトンとするトアを放置して、ジンは大きな声でマフレナに語りかける。
「マフレナ! 想像するのだ! おまえが守りたいモノを! いつかおまえが語っていた、愛する番とたくさんの子どもたち――家族に囲まれた幸せな生活を!」
「!?」
マフレナに反応が見られた。
どうやらこの路線は成功らしい。
「わ、ふうぅ……」
「! マフレナが言葉を! それに動きが大人しくなっていきますよ!」
「よし! いいぞ!」
効果が見えたことでジンはさらに続ける。
「その調子だ、マフレナ! 想像するんだ! 幸せな家庭生活を!」
「そうだマフレナ! 自分の好きなことをいっぱい想像するんだ!」
「ぐうぅ……」
効果はある。
だが、それは決定打に及ばない。
マフレナは苦しそうな声をあげて跪いた。
「! マフレナ!」
「いかん! ここが限界か――いや、まだ手はある!」
ジンはマフレナに駆け寄ろうとするトアを制止して声を張る。
「話に具体性を持たせてやればいい。その方が、あの子も想像しやすいだろう」
「具体性? ……つまり?」
「村長――先に謝っておく。すまん」
「へ?」
一礼をしてから、ジンはこれまでで一番大きな声量でマフレナに叫ぶ。
「マフレナ! トア村長がおまえと家族になってくれるそうだ!」
「そうだ! 俺が――って、何言ってるんですか!?」
いきなり飛躍しすぎと問題発言。
――だが、これが恐るべき効果をもたらす。
「トア様が!?」
それまでの苦しげな表情から一変。金狼状態を維持しながら喜色満面でトアたちの方へ振り返る。
「でかしたぞ、マフレナ! 金狼状態を維持しながらもしっかりと自我を保てるようになったじゃないか!」
「わふ? ホントだ! 見て見て、トア様~!!」
「わあっ!?」
いきなり抱きついてきたマフレナ。
その不意打ちに対応できず、トアは押し倒される形で地面にダイブする。
「わふふふ~♪」
「まったく……」
危ないと注意しようとしたが、自分に跨る格好となっているマフレナがあまりにも嬉しそうにしているのでそんなお説教などどこかへ飛んでしまった。
――と、その時、トアの顔に影が降りた。
「ねぇ、トア……さっきのは一体どういうこと?」
左側からエステルの顔が迫る。
「トア……あなたマフレナと家族になるの?」
右側からクラーラの顔が迫る。
「いや、あの……」
どこからともなく現れたエステルとクラーラ。
クラーラは明らかに怒っている。エステルはいつもの笑顔――のはずなのに、なぜだかとても怖く映った。トアはこの状況と先ほどの発言をすぐさまジンに弁解してもらおうと視線を送ったのだが、すでにその姿はなかった。
「い、いつの間に!?」
ここへ来て、ようやく先ほどの謝罪の意味をトアは理解した。
エステルとクラーラのふたりがすぐ近くにいたのをジンはその優れた嗅覚と聴覚によって知っていたのだ、と。 さらにそこへあのような誤解を招く発言を大声でしたら――その後どうなるかも分かっていたのだ。
「トア、説明してもらうわよ?」
「逃げたりしないわよね、トア」
「…………」
とりあえず、何を言ってもダメそうな感じなので、トアは乗っかっているマフレナをそっと引きはがし、全力をもってその場を逃げることにしたのだった。
◇◇◇
「かっかっかっ! それでワシの部屋まで来たのか!」
「笑い事じゃないですよ……」
トアが助けを求めたのはローザであった。
「しかし、お主はなぜあのふたりが怒ったのか、その理由に心当たりはないのか?」
「マフレナを正気に戻すためとはいえ、『家族になる!』っていうジンさんの言動に乗っかっちゃったからですかね。家族ということは結婚するということだから、そういうのを軽々しく口にするなって意味で怒ったのかと」
「…………」
トアの返答に対し、ローザは「ははは」と顔をひくつかせていた。
「まあ、お主もまだ十四歳じゃし……いざとなったらふたりまとめて娶ればよいか」
「? 何か言いました?」
「別に何も。そういうお主は何をしておるんじゃ?」
この部屋に逃げ込んでからのトアは一心不乱に何か作業をしているようだった。ローザはその手元をのぞき込んでみる。
「随分と小さな剣じゃな。フェルネンドではそんな物が流通しておるのか?」
「これはジャネットに作ってもらった特注品なんですよ。俺が昔住んでいた村では一般的に使われていたんですけど、あまり出回っていないみたいなので作ってもらったんです」
会話しながらも、トアは器用に小さな剣を操り、森で調達した木材を削っていく。それはやがて動物の形へと姿を変えていく。
「ほう、手慣れておるな。見事なものじゃ」
「親父が得意だったんです」
「! 悪いことを聞いたのぅ」
「いえ……今朝、ふと親父のことを思い出したんです。それで、なんだか懐かしくなって作ってみようかなと」
トアの父は木こりだった。
村では中心的な存在で、誰からも頼られていた。そんな父を、トアは心から尊敬し、誇らしく思っていた。
あの時も――村が魔獣に襲われた時も、倒れる家屋からトアを守るために自らを犠牲にしてその命を散らした。
「村では毎年、今くらいの時期に収穫祭が行われていました」
「収穫祭?」
「一年の豊作に感謝すると同時に来年の豊作を祈る。そのために、一定の年齢を越えた村人全員が手作りの木彫り人形を村の中央広場に飾るんです。――よし、これで完成だ」
トアは完成した木彫りの金牛人形をテーブルに置いた。
すると、ローザは顎に手を添えて何やら考え込み、それがまとまるとポンと手を叩いてトアに提案する。
「……のぅ、トアよ」
「はい?」
「その収穫祭とやら……この要塞村で復活させてみぬか?」
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