第44話 要塞村の収穫祭

 翌日発表された要塞村収穫祭の開催。


 本来ならば大地の精霊に豊作の感謝と願いを込める祭り――なので、そのご本人であるリディスたちがいる要塞村では無縁の祭りにも思えるが、この提案は村にさらなる活気をもたらしたのだった。


 とりあえず宴会の準備も必要なのだが、トアは全員に木彫り人形の作製を依頼する。この人形こそがこの祭りの要だからだ。

 ジャネットやドワーフたちに相談したところ、剣自体は量産可能ということなので、一日をかけて村人たち分を用意してもらう。


 ――と、いうわけで、トアが収穫祭の開催を宣言してから二日後、村人たちはそれぞれ手製の木彫り人形作りに取りかかっていた。


「へぇ~、トアとエステルの村のお祭りねぇ」

「とっても楽しいよ♪」

「あなたの笑顔を見ていたらそれは十分に伝わるわ。で、ここからどうすればいいの?」

「あ、それはね――」


 エステルとクラーラが仲良く木彫り人形作成に力を入れている。


「わふぅ~……私はこういう細かい作業が苦手です」

「大丈夫よ、マフレナ。一緒に作りましょう」

「わふ♪ ありがとう、エステルちゃん」


 その輪にマフレナも加わり、男子が近づきづらい空気が増していく。


「エステルもすっかり打ち解けたのぅ」

「みたいですね」

「やはり、同盟を組んだのが大きいか……」

「同盟? なんのことですか?」

「いや、こっちの話じゃ。それより、お主はエステルへ想いを告げなくてよいのか?」

「! そ、それが、本人を前にしたらなかなか言えなくて……」


 何度か挑戦しようと試みたのだが、そのすべてが直前で尻すぼみをしてしまうというなんともヘタレな結果になっていた。


「……まあ、エステルもクラーラやマフレナの気持ちに気づいて遠慮をしておるようじゃしのぅ……肝心のトア本人がこの調子ならしばらくは大事にならんか……それでもちょっと危ういかもしれんが」

「?」


 何やらぶつくさと呟くローザ。

 詳細を聞こうとするが、「村人たちの様子でも見て来い」とお尻を蹴飛ばされる格好で部屋から追い出された。



女子組は問題なさそうなので、トアは当初の予定通り他の村人たちの様子を見て回ることにした。

 まず訪ねたのはオークのメルビンが中心となって木彫り人形作りに精を出しているモンスター組だ。

 

「やあ、メルビン」

「トア村長! 見てください、ここまでできましたよ!」


 オークのメルビンは自らの自信作をトアへと見せる。

 不器用ながら一生懸命作ったことが伝わる作品であった。


「村長! 俺のもみてくだせぇ!」

「こっちも力作でさぁ!」


 モンスターたちは次々に自分の作品を村長であるトアへ見せていく。


「みんな凄いな。夜までに完成できそう?」

「「「「「おおおう!!!」」」」」


 モンスターたちは威勢よく返事をする。どうやら、彼らは問題なさそうだ。



 次に訪れたのはドワーフたちの工房。

 ここについては見回る必要もなさそうなのだが、ちょっと嫌な予感がしたので覗いてみることに。ドアを少し開けて中の様子を窺ってみる。すると、


「うぅぅぅぅむ……」


 しかめっ面で木材を見つめるジャネットが視界に飛び込んできた。

 本来、村人みんなで楽しむことを目的とした木彫り人形作りなのだが、そこは物作りにこだわりを持つドワーフ族。例えお祭りの一環だとはいえ、一切の妥協を許す気配がない。


「くっ! この程度では満足できん!」

「もっとだ……もっとディティールを!」

「なんて奥が深いんだ――木彫り人形!!!」

「…………」

 

 阿鼻叫喚の渦に包まれる工房のドアをそっと閉じて、トアは次の村人のもとへ。

 やってきたのは地下迷宮。

 ここで木彫り人形作りに励んでいたのはフォルとアイリーンだ。

 幽霊のアイリーンについては物を掴むことが困難なため、フォルが代理として作製をすることになったらしい。


「どうだい、フォル」

「見てください、マスター。我ながらなかなかのクオリティだと思うのですが」

「おじさまはとっても器用ですの! 次はこっちの木材で熊さんを作ってください!」

「はっはっはっ、お安い御用ですよ」

「一応言っておくけど、人形はひとり一体だからね」

「承知していますよ。これは僕からアイリーン様へのプレゼントです」

「きゃー♪ ありがとうございます、おじさま!」

 

 仲睦まじく人形作りに励むアイリーンとフォル。

 しかし、他の冒険者組は悪戦苦闘していた。地下迷宮冒険者ギルドに集う豪胆な猛者たちはこういった細かい作業は慣れていないらしい。


「ったく、情けねぇ連中だ。それくらいサクッと作れねぇでどうする」


 これには冒険者ギルドをまとめるテレンスも呆れ気味だ。ちなみに、テレンス自身はすでに人形を完成させている。


「あれ? そういえば、シャウナさんは?」


 この要塞村に移住してからずっとこの地下迷宮に入り浸っていたシャウナ。てっきり、ここで冒険者たちと一緒に製作をしていると思ったが、その姿がどこにも見えない。


「ああ、シャウナ殿なら外だ。なんでも、自分の作品にはもっと木材が必要になるとか言っていたが……相当な大作を用意しようとしているみたいだ」

「外ですか……分かりました。探してみます」


 大作という点が妙に気になったトアは外へ出て捜索を開始――目的の人物はすぐに見つかった。


「ふふふ、いいぞ……これは私の生涯最高の傑作となる……」


 不気味な笑いと共に、シャウナは三メートル近い木材を削っていた。ドワーフたちからもらった剣だけでなく、自身がひとり旅の間に愛用していた刃物も織り交ぜて削ることで、より繊細な表現を可能としていた。

 トアはその力作を前に開いた口が塞がらない。

 本職であるドワーフたちにも負けないクオリティなのだが、問題はそのモデルだ。

 

「あ、あの、シャウナさん?」

「おお! トア村長か! どうだ、私の渾身の力作は!」

「す、素晴らしいです。まるで本当に生きているみたいで……今にも動きだしそうな感じがしますよ」

「そうだろうそうだろう」

「ただ……このふたりの女の子――エステルとクラーラですよね?」

「そうだが? 何か問題があったかな?」


 エステルとクラーラだというふたりの女の子が抱き合っている木彫り人形。あのふたりのことだから恥ずかしがりそうなものだが、クオリティ自体は高いので却下するのは勿体ない気もする。


「ちなみにこれが完成予定図だ」

「は、はあ――ぶふっ!?」


 シャウナが提示した完成予想図によると、エステルとクラーラのふたりは裸体だった。さすがにこれを許可するわけにはいかない。


「しゃ、シャウナさん、ちょっとこの作品は――」

「そうだ。ちょうどトア村長に聞きたいことがあったんだ。実はふたりのバストサイズについて詳細な情報がほしいのだが」

「なっ!? そ、そんなの俺が知っているわけないじゃないですか!?」

「そうなのかい? 君なら熟知しているものだとばかり」


 ニヤニヤしながら語るシャウナ。

 恐らく、トアの反応を見て楽しんでいるんだろう。


「と、とにかく、それはダメですから!」

「仕方あるまい。ならばこっちの小さな蛇の人形を持っていくとするか」

「できてるじゃないですか!? なんでこんな大きいの作ろうとしたんですか!?」

「コレクション用かな」


 あっけらかんと答えたシャウナは地下迷宮で頭を悩ませる冒険者たちの作業を手伝うため第一階層へと向かった。

 放置されていたトアはハッと我に返る。

 

 すでに日は傾き、夜が迫りつつあった。



 ◇◇◇


 要塞村収穫祭――は、神樹祭と名前を変えて行われることとなった。

 

 最近では村人の数が増えたため、初期の頃のようにみんなで一緒に揃ってご飯を食べるという習慣はなくなったが、この祭りの日は全員が揃って大騒ぎをしながらの夕食となった。

 大人たちには鋼の山からの差し入れである酒と大地の精霊たちが作った酒の両方が振る舞われ、子どもたちには精霊たちの農園で収穫された果実のジュースが配られた。


 村人たちが作った木彫りの小さな人形は、来年の同じ祭りの日まですべて神樹の周りに飾られる。

 飾りつけが終わると大宴会が始まった。

 おいしい料理と酒が並び、人間もエルフもドワーフも獣人族もモンスターも――種族を越えた仲間が集い、宴に盛り上がっている。かつて、八極として人々から英雄とたたえられたローザとシャウナもすっかりできあがり、今はジンやゼルエスと飲み比べ対決をしていた。

 

「……って、これっていつもと変わらないんじゃ?」

「そうなの? 歓迎会も凄かったけど、毎日こんなふうに賑やかだなんて素敵ね」


 エステルはすっかり要塞村の雰囲気を気に入っていた。

 しかし、トアには分かっている。明るく振る舞っているように見えて、エステルはほんのちょっと気落ちしている。それは、この神樹祭はかつて住んでいたシトナ村の祭り――まだ両親が健在だった頃を思い出したからに他ならなかった。


「ほらほら、しんみりしていないでこっちきて踊ろうよ!」

「わっふぅ~! エステルちゃんもトア様もこっちこっち!」


 いつかの宴会の時のように、クラーラに引っ張られてトアはステージにあがる。宴会場としてリペアとクラフトを駆使して作った特製のステージだ。


 ただ、今回は引っ張られるだけじゃない。


「エステル」

「え?」

「一緒に踊ろう」

「うん!」


 トアはエステルの手を取ってステージへとあげた。

 もう会えないかもしれないと思っていたエステルを、小さな頃から想い続けていたエステルを。



 要塞村の宴会は続く。

 村人全員が、永久の繁栄を願いながら。

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