第42話 親しき友たちへ

 エステル・グレンテスの突然の失踪はフェルネンド王国に大きな衝撃をもたらした。


 次期英雄候補。

 品行方正。

 おまけに美少女。


 国民が望む理想のヒロイン像をすべて満たすエステル。

 そんな彼女が無能ジョブ持ちの幼馴染のため国を出たというニュースは、聖騎隊上層部によって「余計な混乱をもたらさぬよう」という名目のもと隠蔽されることとなった。


 しかし、それが発覚するのは時間の問題だろう。


 新たな国のヒロインとして、さまざまな式典などにも参加するなど異例の扱いを受けてきたエステルが突然いなくなったのだ。人の目に触れない日が続けば、不審に感じる者が続々と出てくるだろう。


 面白くないのはディオニスだ。

 最大の障害となるトア・マクレイグを王都から追い出し、さらにありもしない罪をでっちあげてお尋ね者に仕立てた――ここまではよかった。

 ところが、ここにきて順調だった計画に水を差す者が現れた。


 同盟国であるセリウス王国の大貴族――チェイス・ファグナスだ。


 チェイスは「盗賊団のリーダーが十四歳の少年というのは明らかにおかしい。元聖騎隊の人間らしいが、彼のジョブは戦闘にまったく役立たない《洋裁職人》というではないか。手配犯にしたからには相応の証拠が他にもあると思うが……まさか素性もろくに知れぬ盗賊団の発言を鵜呑みにして手配書を作成したのか?」と聖騎隊に詰め寄った。


 もちろん、チェイスはトアの本来のジョブや人間性を知っている。というか、事件が起きた時、トアはすでに要塞村の村長をしていたので実行犯であるはずがない。

 ただ、そこについて言及をすると、また何かしらの因縁をつけて要塞村に兵を向ける可能性もあったので、あくまでもチェイスは「十四歳の少年を盗賊団のリーダーとして決めつけた決定的な確証はあるのか」という点に絞り込んだ。


 結果的に、これがディオニスの首を絞めることになる。


 本来、いくら同盟国の貴族とはいえ、ここまで言及することはあり得ないのだが、チェイスの指摘はひとつひとつがもっともなもので、聖騎隊の内部からも、手配書の作成に許可を出したディオニスの判断に対して疑問の声が上がり始めていた。



  ◇◇◇



 フェルネンド王都――東側入国検査場。


 他国から来る者たちが入国に相応しいかどうかのチェックをし、正規の手続きをもって入国許可証を発行するそこは、常に数十人の兵士が常駐していた。


 当番制であるこの検査場の担当に、本日はトアの親友であるクレイブ・ストナーがついていた。

 発光石を埋め込んだランプに照らされながら、周囲に不審な影がないか警戒を続けていると先輩兵士に声をかけられた。


「クレイブ、おまえに客だ」

「客?」

「同僚だよ。商会のせがれと大臣令嬢だ」

「エドガーとネリスが?」


 エステルが王都を去って以降、ヘルミーナのもとで活動していた部隊は解散となり、それぞれバラバラの部隊へ再編制されることとなった。それからはなかなか揃って会う機会が得られず、少し疎遠気味となっていたのだ。


 そんなふたりの仲間が自分に会いに来た。

 クレイブは少し浮かれながらふたりが来ているという裏口へと回る。


「よお、クレイブ。久しぶりだな」

「元気そうね」


 久しぶりに会うエドガーとネリスは以前と変わらぬ姿で立っていた。


「君たちも元気そうで何よりだ。しかし、今日はどうしたんだ?」

「おまえさ、検査場当番今日で終わりだろ」

「ああ。あともうちょっとで交代だ」

「もしよかったら、その後少し話さない? 私とエドガーは偶然にもたまたま休みが重なったから――」

「ちょっとデートしてきて、その帰りにおまえのことを思い出してな」

「そうそう――って、あれはデートじゃない!」

「違うのか?」

「全っ然違うわよ!」

 

 相変わらずのやり取りを見て、なんだかホッとするクレイブだった。



 クレイブの当番が終ると、三人は検査場近くの聖騎隊駐屯地にある建物の一室を借りて遅めの夕食を済ませた。


 その後、三人がそれぞれ近況報告を行う流れとなる。

 最初は最近行った任務についての話であったが、そのうち話題は王都を去ったエステルとトアのことに。


「それにしても……本当に腹立たしいわね」

「ディオニス・コルナルドだろ? ……確かになぁ。ファグナス家の当主が怒鳴り込んできた時には『よく言った!』って喜んだんだがなぁ」

「結局、ディオニスはお咎めなし。それでいて、トアが盗賊団のリーダーであった確証についても不透明なままだ」


 つまり、ファグナス家からの厳重抗議があったにもかかわらず、フェルネンド王国の下した判断は「これまでとなんら変わらない現状」であった。


「お父様も今回の件はさすがに不信感を抱いたらしいわ」

「うちの親父もだ」

「……父上は聞いても何も語らないが、こうした不正紛いの行為は一番嫌いなはず。バックでは相当大きな力が働いているらしい。……それに、あの男がこのまま大人しく黙って引き下がるとも思えない」


 クレイブ、ネリス、エドガーの三人の親は、いずれも王国の政治に深いかかわりを持つ者たちである。そのため、今回の「ディオニス・コルナルド不問案件」にはそれぞれ思うところがあるようだ。


 少し空気が重くなり始めた――その時だった。


 コンコン。


 部屋をノックする音がして、クレイブがドアへと近づく。


「はい」


 ドアを開けた途端、クレイブは驚きのあまり言葉を失った。


「久しぶり、クレイブ」

「ごめんなさい、夜分遅くに」


 訪ねてきたのはトアとエステルであった。

 一瞬、ふたりの名前を叫びかけたクレイブだが、なんとか堪え、後ろにいるエドガーとネリスに小声で「トアとエステルだ」と伝える。


「「っ!?」」


 ふたりも同じように叫びかけたが、口を手で覆ってなんとか回避。

 クレイブはトアとエステルを室内へと招き入れ、しっかりと施錠を行う。振り返ると、トアはエドガーと、エステルはネリスと抱擁を交わしていた。


「今までどこで何してやがった、この野郎!」

「ご、ごめん、エドガー」

「心配していたんだからね、エステル!」

「ごめんなさい、ネリス」


 久しぶりの再会――そして、養成所を出てからは叶わなかった五人勢揃いであった。


「感動の再会に浸りたいのは分かるが……トア」

「クレイブ……」


 トアはクレイブとも熱い抱擁を交わす。

 その後、本題へと移った。


「今日はみんなに知らせたいことがあって来たんだ」


 まずはトアがそう切り出した。


「まず、俺は今、南にある屍の森に住んでいる」

「し、屍の森だと?」

「あそこって確か、ハイランクモンスターがうようよいる危険地帯よね?」


 エドガーとネリスが顔を見合わせる。

 そんな危険地帯に住んでいるなど、到底信じられない。


「話すと長くなっちゃうから省略するけど、俺の適性職のおかげでなんとかそこで生活できているんだ」

「おまえの適性職……《洋裁職人》か?」

「そうじゃなくて、俺の適性職は「ようさい」は「ようさい」でも「要塞」――つまり、軍事拠点の方の要塞だったんだ」


 その説明を聞いたクレイブ、エドガー、ネリスの三人は、トアの適性職が誤った形で広まってしまったことを理解した。


「じゃ、じゃあ、手配書についても……」

「もちろん、あれは俺じゃないよ。手配書にあった時期にはもう要塞での生活を始めていたからね」

「やはりな……だが、今この国でおまえはお尋ね者だ。無実を証明するために城へ乗り込んでいっても、捕まるのがオチだぞ」

「その辺は……一応、ファグナス様が手を尽くしてくださると」

「! ファグナス家ともつながりがあるのか!?」


 思わず声を荒げてしまったクレイブ。そのせいで、外を歩いていた兵士の動きを止めてしまう。


「どうした。何か問題か?」

「! い、いえ、なんでもありません」


 クレイブが咄嗟にそう取り繕うと、兵士も「勘違いするから気をつけろよ」とだけ注意して去っていった。

 仕切り直して、トアが口を開く。


「ともかく、俺たちは屍の森にある無血要塞ディーフォル――を改装して作った村で暮らしていくつもりだ」

「なら、そこへ行けばおまえたちに会えるんだな?」


 エドガーの言葉に、トアとエステルはふたり揃って首を縦に振る。


「いつでも遊びに来てよ」

「村の人たちはいい人たちばかりだから、きっと歓迎してくれるわ」

「あ、その時には一度ファグナス様の屋敷を訪ねてからの方がいいかも。ディーフォルまでの比較的安全な道のりを教えてくれるはずだし、可能なら、俺たちが迎えに行くよ」

「わ、私たちがファグナス様の屋敷へなんて……」

「大丈夫だよ、ネリス。気さくな人だからきっと手伝ってくれる。俺からも言っておくし」


 今やすっかり自信に溢れたトアの姿に、クレイブたち三人は「大丈夫そうだな」とホッと胸を撫で下ろしていた。




 兵たちに見つかると厄介だからと、再会をじっくりと喜ぶ間もなくトアとエステルは夜の闇の中にその姿を溶かした。


「行っちゃったわね」

「ああ……まるで夢みたいだったな」

「だが、これでよかったのかもしれん」

 

 クレイブはイスに戻り、深く息を吐いた。


「あのふたりは両親と故郷の人々の復讐のために聖騎隊に入った。……だが、親や親しい者たちからすれば、自分たちの復讐のために命を懸けるより、奇跡的に生き残ったあのふたりには仲良く平和に暮らしていってほしい……そういう願いの方が強くありそうだからな」

「言えてるな」

「私もそう思うわ」


 だから、これでいい。

 三人はまったく同じ思いだった。


「……なあ、みんな。今度また休みを揃えて、行ってみようか――屍の森へ」

「賛成」

「いいねぇ! 次のバカンスはそこで決まりだ!」


 トアとエステルを見送った後、三人はまたの再会を願って笑い合った。



  ◇◇◇



「戻りました、ローザさん」

「ありがとうございました、ローザさん。おかげで俺もエステルも、みんなにきちんとこれからのことを報告できました」

「うむ。では帰るとするかのぅ」


 トアとエステルはローザの手製だという大型箒に跨って夜の空へと舞い上がった。


「三人も同時に乗れる箒なんて……」

「前に言っていた早く到着できるって、こいつを使うって意味だったんですね」

「それとはちと違うのじゃが、こちらはこちらで便利じゃろ? ほれ、飛ばすからしっかり捕まっておれよ」

「へ? あっ――」


 抗議の声を出す前に、トア、エステル、そしてローザを乗せた大きな箒は流星のごとき勢いで星空を飛んでいく。

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