第41話 これからのこと

 エステルの歓迎会は盛大に行われた。


 意外だったのが黒蛇のシャウナである。


 彼女はディーフォル自体に以前から興味があり、さらに地下迷宮の存在を知ってさらに関心が深まったと、この要塞村にしばらく滞在することをトアに希望した。

 もちろん、トアとしては断る理由などないので、翌日、本人の意向を参考にしてシャウナの私室をリペアとクラフトを駆使して完成させた。

 エステルの部屋はトアのすぐ近くに造られることとなった。


「まあ、慣れるまではトアに頼りやすいようこの位置がいいじゃろう」


 というローザの言葉が決め手となった。


 現在、エステルはジャネットや王虎族と銀狼族の子どもたちに連れられて要塞村の中を見て回っている。

 一方、エステルをここまで案内してきたシャウナは地下迷宮に関心を持っていた。


「実に興味深い……それでは早速地下迷宮とやらを拝ませてもらおうか」

「おぉ! あの伝説の八極が地下迷宮に――滾ってきたぞぉぉぉぉ!!!」


 シャウナ参戦によりテンションがとんでもないことになっている地下迷宮代表管理人のテレンス。その気迫には看板娘のアイリーンも思わず「暑苦しいですわ!」と最大級の賛辞を贈るほどだった。


「なんというか……好奇心旺盛な人ですね、シャウナさんって」

「あれでも純粋な戦闘力ならば八極でも上位じゃぞ」

「……ちなみに、どれくらい強かったんですか?」


 興味深い内容だったのでさらに尋ねてみた。


「それを説明するには、八極のパワーバランスを頭にいれておかんとな」

「パワーバランス?」

「八極には役割によって四人ずつの二手に分かれておった。ひとつは前線で戦う戦闘要員。そしてもうひとつはサポート要員じゃ。ワシやガドゲルは後者じゃな」

「ろ、ローザさんほどの方がサポート役を?」


 鍛冶職人としての役割も担っているガドゲルはともかく、魔法使いであるローザが後方支援役というのは意外だった。


「ワシの力なぞ八極の中では可愛いものじゃ。……前線で戦っておった四人は別格の強さじゃったからな。以前、ガドゲルが宴会の時に言っておった《赤鼻のアバランチ》も暴れ役じゃったが、ヤツもまた規格外の強さじゃった」


 ローザの魔法使いとしての実力を見てきたトアにとって、にわかには信じられない話であった。

 

「ワシから言わせれば……正直、何をやってもシャウナには勝てる気がせん」

「そ、そんな……知りませんでした。八極にそんな役割分担があったなんて」

「まあ、あまり表立って発表していたわけではないからのぅ。……じゃが、間違いなくシャウナは強いぞ。お主も日々の鍛錬に加えて神樹の加護の影響もありかなり腕をあげたが、それでもまだまだシャウナには遠く及ばんじゃろう」


 今も子どもみたいな笑顔で地下迷宮に関する説明を受けているシャウナ。その姿はとても帝国を震え上がらせた八極の一角とは思えない。


「村長、ちょっといいか?」

「あ、はーい」

「エステルのことなら心配いらんぞ。案内から戻ったらワシの部屋で少し話すことになっておるからな」

「わかりました。そういえば……エステルは大魔導士になる前からローザさんに憧れていましたよ」

「ふふふ、そうか。まあ、そう言われて悪い気はせんな。この後の魔法談義はかなり盛り上がりそうじゃのぅ」


 鼻歌を交えながら自室へと戻って行くローザ。

 ノブに手をかけたところで、


「……まあ、もっと盛り上がりそうなことが起きるのじゃがな」

「え? 何か言いました?」

「いや、なんでもない。ほれ、さっさと村人のところへ行かんか」


 ローザにせっつかれたトアは、疑問を残しつつも自分を呼んだドワーフ族の青年のもとへ駆けていった。



  ◇◇◇



「ここがローザ様の部屋ね」


 ひと通り村の様子を見て回ったエステルは、ローザの私室を訪れていた。

 養成所の教本に載っていた歴史上の偉人たちの中でも、特にローザへ強い憧れを抱いていたエステルにとってはまさに雲の上の存在。どうしたって緊張してしまう。

 一度深呼吸を挟んでから、ノックをする。――が、返事がない。エステルは恐る恐る部屋へと入った。


「あの、ローザ様?」


 辺りを見回してみるが、高く積まれた本棚とわずかな生活空間用のスペースがあるだけで誰もいない。すると、部屋のドアがひとりでに閉まり、おまけにガチャリと鍵までかかった。


「えっ!?」


 エステルは慌ててドアノブを回すが開かない。

 もちろん、これはローザの企みによるものだ。



 ――隣室。



 部屋の外では別のドアから室外へと出たローザと、企みに加担するよう持ち掛けられたフォルが合流し、すぐ隣の部屋へと移動していた。そこには大きな水晶玉があり、それにはローザの部屋の中が映しだされている。ふたりはその映像を注視していた。


「本当に大丈夫なのでしょうか」


 心配そうに言うフォルに、ローザは力強く言い切る。


「後でゴチャゴチャするより、ここでふたりきりという空間を作って話をさせておく方がいいじゃろう。……取り返しのつかなくなる前に」

「今日この場で取り返しがつかない状況に陥る可能性もあるのでは?」

「ゼロではないな」

「……やっぱり止めた方が――」

「黙って見ておれ。どうもならんくなったらワシが仲介に入る。お? どうやら奥から出てきたようじゃな」


 ローザとフォルは水晶玉に映し出される室内の様子を見守る。



 ――ローザ私室。



 室内ではどうしたものかと困り果てた表情のエステルがひとり――いや、この場にはもうひとり少女がいた。


「ローザさん、さっき言っていた本ってこれですか?」


 別の部屋へと通じるドアを開けてエステルのいる部屋へと入ってきたのは――クラーラであった。



「「あ」」



 エステルとクラーラの声が重なる。

 


 ふたりは昨夜の宴会で何度も目が合っていた。

 エステルは、トアがフェルネンド王都を出てから最初に出会い、そして今日に至るまでずっとそばにいたクラーラの名を何度も耳にしている。一方で、クラーラも宴会の間中ずっとトアの横に寄り添うエステルを複雑な想いで眺めていた。


「「…………」」


 永遠にも思える長い沈黙が過ぎて――先に口を開いたのはエステルだった。


「クラーラさん?」

「! な、何!?」


 驚きのあまり手にしていた本を放り投げてしまうクラーラ。そんなクラーラに対し、エステルは静かな口調で話しかけた。


「トアからいろいろ話を聞きました。この村をずっと一緒になって支えてきてくれたって、感謝していましたよ」

「そ、そう……」

「とても頼りになるとも言っていました」

「ふ、ふ~ん」

「自分が欲しかった大剣豪のジョブが羨ましいとも」

「へ、へぇ~」

「トアのことは好きですか?」

「もちろん――っ!?」


 不意を突かれた質問にクラーラはあっさりと本心を答えてしまう。


「ち、ちち、違う! 今のなし! 勘違い! 勘違いだから! 勘違いして変なこと言っちゃっただけだから!」

「勘違い? じゃあ、私がトアと一緒になっても大丈夫ですか?」

「それは――」


 その先を、クラーラは言いよどむ。かろうじて聞こえる程度の声量で「困るけど……」と返すのがやっとだった。



 ――隣室。



「あのエステルという娘……思いのほか大胆じゃな」

「それに比べてクラーラ様は……」

「クラーラの場合は初めて好きになった相手がトアのようじゃからな。エステルに比べたら年季が違う」

「そういうものですか……人間の恋愛事情とは計り知れませんね」

 

 現状をそう振り返り、ローザとフォルは再び水晶玉へと意識を戻す。



 ――ローザ私室。



「わ、私は……トアが好き。だけど、あなたは私よりもずっと前からトアが好きでしょ?」

「小さい頃からずっと好きですよ……もう結婚の約束もしていましたし」

「け、結婚!?」

「ただ……本人は忘れているみたいだけど」


「あはは」と苦笑いをするエステル。それから、優しげな笑みを浮かべる。

 

「あなたがトアのことを好きだというのは……初めて会った時からなんとなく分かっていました。だから教えてほしいです。あなたの目から見た、私の知らない半年間のトアを」

「……いいけど、ふたつ条件があるわ」

「条件?」

「そう。ひとつは――私も教えてほしい。あなたがその目で見てきた、これまでのトアを」

「ええ、もちろん。あとひとつは?」

「私のことはクラーラって呼ぶこと。そして私はあなたをエステルって呼ぶわ。ああ、それともうひとつ追加。敬語は禁止よ。いい? ――エステル」

「はい♪」



 ――隣室。



「……もう平気なようじゃな」


 ローザは水晶玉への魔力供給を遮断する。結果、室内の様子は見えなくなってしまった。


「よろしいのですか?」

「ふっ、もう何も心配はいらんじゃろう。あのふたりは……きっといい関係を築ける。多少はドロドロした展開に発展するのも致し方ないと思っておったが、まあ、今の方が健全でいいじゃろう」


 満足げな表情で言うと、部屋の外へと出るローザ。

 すると、ちょうど用事を終えたトアが戻ってきた。


「あれ? エステルとの魔法談義は終わったんですか?」

「いや……それよりも実りある会話をしているようじゃ」

「?」


 よく分からないといった感じに首を捻ったトアだが、すぐに本来の目的を思い出して話し始める。


「あの、ローザさん。ちょっとお願いがあるんですけど……」

「お願い?」

「はい。実は――」


 トアは自らの願いをローザへと伝えた。

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