第40話 再会は突然に
伝説の金狼として目覚めながらもその代償として危機的状況に陥ってしまったマフレナを救うため、トアとクラーラは大地の精霊リディスを追って農園へとやってきた。
「そのマッケラン草とやらはどれなんだい?」
トアが尋ねると、リディスは周りをちらほらと見回してから言った。
「どうやら今は移動中のようなのです~」
「「移動中……?」」
恐ろしい既視感と言い知れぬ不安がトアとクラーラを襲う。
「……ねぇ、トア」
「皆まで言わなくても分かるよ。――たぶん、マッケラン草っていうのは……アレだ」
「アレよねぇ……」
ふたりには心当たりがあった。
かつて、クラーラの衣服を消し飛ばした花蜜を持つあの植物だ。
「キシャアアアアアアアア!!!」
獣のような咆哮をまき散らすマッケラン草が地下から這い出てきた。
「出たな! ――って、デカっ!?」
剣を抜いて臨戦態勢を取るトアだが、前回クラーラを襲ったヤツよりも二回りはサイズアップしていた。
「なんかデカくなってない!?」
「土壌が豊かな証拠なのです~」
「土質でどうにかなるレベルじゃないでしょ!?」
トアとクラーラから交互にツッコミを入れられるが、リディスは動じず成長した我が子を見るような眼差しでマッケラン草を見つめていた。
「というかリディス! あの植物は育てちゃダメって言ったじゃないか!」
「ちゃんと約束は守っているのですよ~。アレは以前育てていた物とは別物なのですよ~」
「え? そうなの?」
「より凶暴で厄介なヤツを植えたのですよ~」
「なんで上位互換を植えちゃったの!?」
しかし、そのおかげでマフレナを助けられるというのもまた事実なので複雑なトア。とりあえず、大地の精霊リディスへのお説教は後回しにして、今はマフレナを救うためにあのマッケラン草をどうにかしないといけない。
「とりあえずぶっ飛ばして花蜜を回収するわよ!」
クラーラも剣を抜き、マッケラン草と対峙をする――が、音もなく忍び寄る無数の蔓に気づかず、あっという間にがんじがらめとなり、動きが封じられてしまった。
「ちょっ!? 何よこいつ!?」
なんとか蔓を振り払おうともがくクラーラ。しかし、それは前回もやったことなので解けるわけもなく、むしろどんどん深く絡まっていく。
「や、やめ! そこは! ふっ……うぅん!?」
徐々にクラーラの顔が紅潮していき、漏れる息づかいも荒々しくなっていく。おまけに花蜜の特性である「衣服を溶かす」という力はこちらにも備わっているようで、クラーラは蔓からの締め付けと徐々に面積の少なくなる衣服をキープすることで精一杯の様子であった。
その刺激的すぎる光景に、トアの動きと思考は完全停止となる。
「村長~、何しているのです~? 早くクラーラを助けないと~」
「……はっ! そうだった!」
ようやく復活したトアは前回同様、動き回る謎植物を斬り捨てようと飛びかかるのだが――今回は一味違った。
「シャアアアアア!!!」
雄叫びをあげながら、マッケラン草はこれを回避してみせた。
「なっ!?」
完全に油断していたトアはバランスを崩して地面に叩きつけられる。その際に足を負傷してしまい、一気に劣勢へと流れが傾いた。
「さすがは上位互換ってわけか……」
剣の柄を握り直して、トアは大きく息を吐いた。
神樹の加護によって聖騎隊時代よりも格段に強くなっているトア。今では森に潜むハイランクモンスターでさえも難なく蹴散らせる。
そんな自分が、この程度の植物を相手に後れを取るわけにはいかない。
「待っていろ、クラーラ! すぐに助けるぞ!」
「トア……」
頼もしいトアの姿に、クラーラは思わず見惚れてしまった。
「いくぞ!」
勇ましく駆け出したトア。
すると、マッケラン草は動きを拘束していたクラーラを前面に押し出す。
「えっ……?」
トアの眼前へと差し出される形となったクラーラ。
その衣服は花蜜によってすでに溶けてしまっており、今のクラーラは――なんだかもういろいろ丸見えの状態だった。
「!?」
いきなり目の前に裸のクラーラが降り立ったことでトアはひどく動揺して急ブレーキ。その隙を逃すまいと、マッケラン草の蔓がトアの全身に絡みついた。
「! し、しまった!?」
前回の時とは違い、トアは完全に動きを封じられてしまう。
「マッケラン草は村長が女性の裸に弱いという弱点を発見したのです~」
「何その無駄な学習能力!?」
サイズも含めてあらゆるスペックが以前の物とは段違いであった。
「リディス! なんとかしてよ!」
クラーラからのSOSを受けて、のんびり屋のリディスがようやく加勢をしようとした――まさにその時。
「光の矢よ。主である我の願いを聞き入れ魔を滅せよ――はあっ!!」
どこからともなく聞こえてくる魔法詠唱。
「! 今の声は――まさか!?」
聞き慣れた――ここにいるはずのない少女の声。
蔓から解放されて自由の身となったトアは、光の矢が飛んできた方向へ走り出した。その先にいたのは、ずっと守り続けると誓った幼馴染だった。
「エステル!」
「トア!」
どうしてここにいるのか。
聖騎隊はどうしたのか。
――そんな細かなことなど、今のトアにはどうだっていい。
一心不乱にエステルへと駆けていく。
エステルもまた、トアのもとへと急ぐ。
お互いの距離がゼロになった時、ふたりは抱き合い、涙を流した。
「トア……ずっと……ずっと会いたかった……」
「俺もだよ、エステル。フェルネンドに戻ろうとしたんだけど……」
「うぅん。もういいの。こうしてまたトアと会えたんだから、ね?」
「ああ……」
会えなかった時間を埋めるように、抱き合ったままのトアとエステル。
――その様子を、クラーラは遠くから眺めていた。
リディスが前回の反省から事前に用意していた着替えに身を包み、振り返ってみると、トアが見知らぬ少女と泣きながら抱き合っている光景を目撃する。
トアはあの少女のことをエステルと呼んでいた。
「エステル……地下迷宮の時に聞いた名前……」
地下迷宮調査後はいろいろあって詳細を追及する間もなかったが、ふたりの雰囲気を見る限り断言できる。
あのエステルという少女は――トアの想い人だ、と。
◇◇◇
回収したマッケラン草の花蜜をマフレナに飲ませると、金狼状態から解放されていつも通りの姿に戻った。
苦しげにうめていたが、それも解消され、今は安らかな寝息を立てている。
とりあえず、マフレナの件は解決となったが、新たな問題が勃発。
その問題の元凶とも言える獣人族の女性と元聖騎隊の少女は、ローザの私室へと案内されて会談を行っていた。
実は要塞村ができてたから、シャウナは一度ローザの部屋を訪れていたことがここで発覚する。
「一ヶ月ぶりか……随分と早い再会となったな、シャウナ」
「本当にね」
元同僚であるローザとシャウナは果実酒で乾杯し、再会を祝う。
一方、同じように再会を果たしたトアとエステルだが、
「「…………」」
共に無言。
たまに声を出すが、
「「あの」」
綺麗に重なってまた無言。
この繰り返しであった。
「やれやれ……もうちょっとなんとかならんのか」
「はっはっはっ! 初心でいいじゃないか!」
ローザとシャウナは酒に酔っているというのもあるのか、ニヤニヤと笑いながらふたりを眺めている。
「ほれ、トアよ。この前ワシに話してくれたように、エステルのいいところを片っ端から教えてやれ」
「!?」
「エステルも、ここへ来る間に教えてくれたトアくんのいいところを発表してみたらどうだい?」
「!?」
酔っ払いふたりは「あっはっはっ!!!」と高らかに笑い合って再び酒に口をつける。
「……ねぇ、トア」
「え、あ、な、何?」
「教えてほしいな」
「! え、エステルのいいところを!?」
「そ、それも教えてほしいんだけど……トアのことを知りたいの」
「俺のことを?」
エステルからの意外なお願いに、トアは思わず聞き返す。
「あなたが王都を去ってからの半年間……どこで何をしていたのか、教えてほしいの」
「……うん。そうだね。俺も聞きたいな。俺の知らないエステルの半年間を」
会えなかった時間を埋めるように、ふたりはお互いのこれまでを話し合った。
部屋の外では村人たちによる歓迎会の準備が着々と進められている。
トアとエステル。
紆余曲折を経て、互いを想い合うふたりはようやく再会することができたのだった。
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