第265話 謁見

 バーノン王子に連れられて、トア、ケイス、ローザ、シャウナの四人はセリウス王国のゼイル国王陛下に謁見するため、城の廊下を歩いていた。


「これがセリウス城……」


 かつて住んでいたフェルネンドにも城はあったが、王族の関係者以外は城の奥部に入ることができなかった。なので、進めば進むほど警備が厳重になっていくことで、トアの緊張度はどんどん増していったのである。


「随分と大きな城じゃのぅ」

「前にも来たことはあったが……こんなに大きかったかな?」


 こういった場所に慣れっこの八極ふたりは変わらず余裕の態度――だが、


「…………」


 意外というべきか、トアの視界に入ったケイスの表情は強張っているように映った。

 このセリウス城は、元とはいえ王家の人間であるケイスにとっては自宅も同然。そこまで肩に力の入るようなことはないのでは、とトアは考えていた。

 だが、思い返してみると、この城を出る前まで、ケイスは自身の「本来の姿」を身内にも隠し続けていた。今でこそ普通に接しているが、弟ジェフリーや長男バーノンも、最初はその変貌ぶりに戸惑いっている感じであった。


 その変わった姿を、今度は一国の王である父に見せる。


 これまで、兄弟たちの前では変わらず女性口調だったが、さすがに今回ばかりは以前の第二王子としてのままでいくのか――恐らく、ケイスの心中ではそうした葛藤が繰り広げられているのだろう。


 ――その時、ケイスの表情が一変した。


 トアと同じく、緊張していた顔つきから一転し、目を見開いて驚いているような表情になっている。と、同時に、先頭を行くバーノンの足が止まっていることに気づいた。

  

 つまり、目的地についたのである。


「ここが……王の間……」

 

 思わず呟いたトアだが、妙な違和感を覚えた。

 王の間というくらいだから、そこへ続く扉は豪華な装飾が施されていることが多い。この目で見たわけではないが、聖騎隊時代のヘルミーナがそのようなことを話していたことを思い出していた。


 しかし、フェルネンドが没落し、今や大陸一の大国となったセリウス王がいる部屋の扉としては、なんだか地味な印象を受ける。

 その時だった。


「バーノン兄さん……どうしてこの部屋に?」


 ケイスは、困惑に声を震わせながら尋ねた。


「だって……ここはお父様の寝室よ?」

「……俺も信じられないが……ここに来るよう言われたのだ。――君たちを連れてな」


 バーノン王子自身も、なぜ寝室に呼ばれたのかは分からないようだった――が、その理由には全員がある程度すぐに察知できた。

 扉の前にいる兵に声をかけ、中へと通してもらう。そこには大きなベッドがあり、ふたりの王子の父――ゼイル王は、そこに横たわっていた。


「父上!」


 駆け寄った長男バーノン。

 すると、



「おぉ、戻ってきたか」


 

 思ったよりも明るい声の調子に、全員がガクッと脱力する。


「ご、ご病気と聞いたのですが……」


 バーノンが尋ねると、ゼイル王はバツが悪そうに答えた。周りの兵や使用人たちも笑いをこらえるのに必死な様子。


「いや、まあ……病気といえば病気なのか……あれだ。ギックリ腰というヤツだ」

「ギックリ腰……?」

「それにしてもおまえは相変わらずド真面目な男だな。そういうところは母親にそっくりだ」

「…………」


 軽妙な父の語りを聞いたバーノン王子は盛大なため息と共に項垂れる。


「ふふ、そういうところは変わっていませんね、お父様」


 一方、ケイスは変わらぬ父の様子と、真面目過ぎる兄を眺めて笑っていた。


「……ケイス、おまえ最初から知っていたな?」

「バーノン兄さんは長らく遠征に行っていたから知らなかったでしょうけど、最近のお父様はこうした冗談であたしやジェフリーをイジるのが楽しみになっていたのよ」

「くっ……俺のいない間に何をやっているんだ……」


 ケイスとバーノンの会話――トアの目には、王族としてではなく、年の近い兄弟の微笑ましいやりとりに映った。


 するとそこへ、



「トアとケイス兄さんたちが城へ着いたというのは本当ですかぁ!」



 勢いよく扉を開けて入ってきたのは三男のジェフリー王子だった。


「あ、ジェフリー王――」

「トア! 久しぶりだなぁ!」


 トアを発見するやいなや、猛烈なスピードで抱き着くジェフリー王子。


「ほう、やるじゃないか、トア村長。すでに王族まで手懐けているとは」

「クレイブもそうじゃが……あやつはなぜ育ちのいい男ばかりにモテるんじゃ?」

「そういうフェロモンでも出ているんじゃないかな」

「……嫌なフェロモンじゃな」


 ジェフリーの登場により、ローザとシャウナにあらぬ疑いをかけられたトア――と、騒ぎ立てる三男に抱き着かれるトアを見たゼイル王がその表情を一変させる。その変わりようは、長兄バーノンにも見られたが、あれは父親譲りだったようだ。


「そうか。君が要塞村の少年村長か」

「は、はい……トア・マクレイグです」


 相手が国王ということもあり、思わず声が上ずった。


「ケイスが随分と世話になっておるようだな」

「そ、そんな、お世話だなんて……」

「あら? あたしはトア村長にとても世話になったと感謝しているわ?」


 謙遜するトアをフォローするケイス。


「ふふ、ケイスの表情を見ていれば分かる。……おまえは昔からそうだ。なんでもそつなくこなし、長兄であるバーノンの良きパートナーとして支えてきたが……その心はどこか救われていないように見えた」

「お父様……」

「私はてっきり、自分の立場について悩んでいるのだとばかり思っていたが……まったく違った悩みだったとはね」

 

 ゼイル国王は一度大きく息を吐いてから、穏やかな表情でケイスへと語りかける。


「たまには私のところへ顔を見せに来るのだぞ――息子よ」

「っ! ……はい」


 ケイスは、父ゼイルとそう固く約束を交わすのだった。

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