第333話 魔人女王カーミラ

『あなた……メディーナ?』

「はい!」


 メディーナは久しぶりにカーミラと話せて嬉しいらしく、自分の近況を事細かにカーミラへと伝えていた。

 その一方、


「カ、カーミラって……あの八極の!?」


 メディーナが水晶の向こう側にいる女性の名を口にした時、その名を知る者たちは驚きのあまりしばらく呆然としていた。


 カーミラといえば、八極のひとり――《魔人女王》と呼ばれていた魔人族だ。

 その異名が示す通り、彼女は魔界を統べる女王である。

 シャウナ曰く、カーミラの八極入りはイレギュラーの事態だったらしく、無理やり自分たちについてきて暴れ回ったため、「伝説の勇者と七人の仲間たち」という認識を持たられたらしかった。


 この水晶が魔界との連絡用に作られた物だとするなら、当然、魔界に住むカーミラとも会話が可能ということになるが、よりにもよってこのタイミングで初遭遇するなんて、トアは夢にも思っていなかった。


「…………」


 村民たちの視線は無言のままのローザへと注がれる。

 現在進行中なのかどうかハッキリとはしないが、少なくとも恋人同士であった期間があった――というのは、なんとなく雰囲気で察している。


 仮に、今も関係が続いていたのだとしたら。

 先ほどの会話の流れから、大戦終了後、ほとんど顔を合わせてこそいないが、ローザの方はまだ気があるような口調だったし、ヴィクトール自身も「浮気はない」と断言しているところから、気持ちは離れていないものと考えられる。


 だからこそ、今の状況はまるで――


「これは完全に言い逃れのできない浮気現場ですね」


 天井に突き刺さったままのフォル(頭部のみ)がボソッと呟いた。

 一気にざわつく村民たち。

 さらに、水晶の向こうから、


『ローザ! 違うからな!』

『えっ? ローザがいるの? ……ふーん』


 深い意味が込められていそうなカーミラの「ふーん」という言葉。諸々の状況を考えて、まず手を打ったのはふたりの関係性をよく知るシャウナだった。


「ひ、久しぶりだな、カーミラ」

『その声……シャウナ? シャウナまでいるの?』

「そうだ! いやぁ、懐かしい!」


 話題を逸らそうとしているのか、わざとらしく大声で話すシャウナ。

 この行動を見て、


「「「っ!」」」


 エステル、クラーラ、ジャネットの三人はローザとカーミラの関係性に気づき、


「?」


 マフレナは気づかず首を傾げている。


「いつだったか、ビーチで私たちを助けてくれたな。礼を言うよ」

『別にいいわよ、それくらい』

「こちら側の世界へは、もう自由に行き来ができるようになったのかい?」

『それがまだ不安定なのよ。メディーナには悪いけど、もうちょっと人間界にいてもらうことになるわね。あなたは相変わらず、あちこちを飛び回っているの?』

「最近は一ヵ所に落ち着きつつあるがね。君はどうなんだい?」

『私? 私は……ヴィクトールに魔界を案内しているわ♪』

「あ」


 しまった、という表情で固まるシャウナ。

 そして幕を開けるカーミラの独演会。ヴィクトールが魔界へ来てから、どこで何をしていたのか、詳細をこれでもかと説明していた。ちなみに、その横にいるローザの肩がプルプルと震え始めている。


「うわぁ……あのカーミラって人、ローザさんに敵対心むき出しね」

「わふ? どうしてですか?」

「同じ人を好きになっちゃったから……と言えばいいのかしら」

「わふっ! つまり私たちと一緒ということですね!」

「私たちは少し特殊なケースと思いますが……」


 女子組がそんなことを話し合っている一方、トアやシャウナはハラハラしながらローザを見つめていたが、



「あっはっはっはっ!」


 ローザは突如高笑いを始めた。


『な、何よ、ローザ』

「カーミラよ。どうせヴィクトールを強引に連れ回しただけじゃろう?」

『そ、そんなことないもん!』


 攻守交代。

 今度はローザが「攻め」に回った。


「なんの用で魔界まで行ったか知らぬが、ヴィクトールも苦労しておるようじゃな」

『何よ! ヴィクトールは私に会いたくて来たんだから!』

『そんなことは一度も――』

『いいの! そうなの!』


 口論が続く中、次第に声が聞き取りにくくなり、とうとうまったく声が聞こえなくなってしまい、結局、なぜヴィクトールが魔界にいるのか、その謎は分からないままとなってしまったのだった。


「ここまでか……」

「まあ、直す余地はある。いろいろと仕組みを調べなければならないが――トアよ」

「は、はい!」

「この水晶じゃが、ワシが預かってもいいかのぅ」

「ど、どうぞ」


 こうして、ローザは水晶修理係に就任。

 いろいろと謎が残った魔界とヴィクトールの関係性。

 さらに魔人女王カーミラの存在。


 そして何より――



「待っておれよ、ヴィクトール……必ず魔界への扉を開き、こちら側の世界に連れ戻す!」



 ローザの闘志は要塞村に移り住んでから最大級に燃えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る