第334話 お疲れのあなたにエナジーを
魔界との通信が途絶えた後、ローザは「世界最高の魔法使い」のプライドにかけて、水晶を再び起動させるため研究に没頭していた。
「ローザさん、大丈夫ですかね……」
「三食きちんと食べているんだ。問題ないだろう」
部屋からほとんど出ず、研究に熱を入れているローザを心配するトアだが、元同僚でもあるシャウナは落ち着いていた。
「まあ、ヴィクトールとカーミラの関係が気になっているというのは本当だろう。……ただ、本心ではきっとヴィクトールを微塵も疑ってはいないはずだ」
「えっ? で、でも、魔界への転移手段を考えるって……」
「あれは建前さ。まあ、偶発的にこちらへ来てしまったメディーナを魔界へ帰すためということもあるのだろうが……」
トアたちは一度、地下古代遺跡から魔界へと飛ばされたことがある。
あの時はトアの持つ聖剣エンディバルと神樹ヴェキラの強大な魔力により、空間を斬り捨てて人間界へと戻ってきた。
――しかし、あれ以降、人間界と魔界を隔てる空間を斬ろうとしても、神樹からの魔力供給がうまくいかず、再現ができなかった。
まるで、神樹が魔界とつながることを拒んでいるようにトアは感じた。
あの時は原因不明のまま魔界へと引きずり込まれた。直前に神樹の魔力を感じたが、今にして思えば、あれはトアたちを人間界へつなぎとめようとしていたように感じる。
神樹と魔界。
そこには、何か関連があるのかもしれない、とトアは感じていた。
だからこそ、ローザは研究に没頭しているのかもしれない。
終戦後、ここで神樹の研究を続けていたローザだったが、ほとんど成果を得ることはできなかった。そこへ、《要塞職人》のジョブを持つトアが来て、神樹をよみがえらせたことで状況は一変。たった数年のうちに、研究は驚くほど進んだ。
しかし、調べれば調べるほど、この無血要塞ディーフォルとは不思議な場所だ。
未だ多くの謎が残るこの場所を、ローザは生涯をかけて調べようと思っていた。
その気持ちはトアも同じだ。
「まあ、心配する必要はない。きちんと差し入れも用意してあるし」
「差し入れ?」
「我が黒蛇族に伝わる秘伝の栄養ドリンクだ。一口飲んだだけで活力が漲ってくるぞ」
「へ、へぇ……」
正直、あまりいい予感のしない差し入れだった。
「今、フォルがキッチンで作ってくれているよ」
「く、黒蛇族の栄養ドリンクを……ですか?」
改めて口にすると原材料を尋ねるのが躊躇われるフレーズだ。
と、その時、
ズドォン!
突如鳴り響く轟音と激しい横揺れ。
「な、なんだ!?」
「敵襲か!?」
トアとシャウナは音のした方へと走っていく。すると、逆にこちら側を目指して走ってくるフォルとエステルの姿が。
「どうしたんだ、ふたりとも!」
「あ、トア!」
「マスター! しくじりました! このフォル、一生の不覚です!」
どうやら、フォルは騒動の原因を知っているらしい。
「何があったんだ、フォル!」
「実は、シャウナ様に頼まれてローザ様用にドリンクを作っていたのですが……」
「鍛錬を終えたクラーラがジュースと間違って試作を飲んじゃったのよ!」
ふたりの説明が終わると、凄まじいスピードで何かがトアたちの横を通過していった。その後ろから、
「クラーラさん! 待ってください!」
「急にどうしたって言うんですか!?」
同じエルフ族のメリッサとセドリックが駆けてくる。
その口ぶりから、どうやら今通過したのはクラーラのようだった。
「あれが……クラーラ?」
前方およそ十メートル。
そこには、
「コー……ホー……」
あきらかに様子のおかしいクラーラの姿があった。
「フォルよ……何か変な物でも混ぜたか?」
「失敬な。レシピ通りに作りましたよ。ただ、少し刺激が足りない感じだったので、オリジナルブレンドの帝国製スパイスを加えましたが」
「それが原因だよ!」
「なんと! これはうっかりでしたね!」
トアからのツッコミを受けて、フォルはうっかりミスを認める。
「それより、クラーラを止めないと!」
「致し方ない……この黒蛇が行こう!」
ノリノリのシャウナが暴走するクラーラを羽交い絞めにし、エステルが催眠魔法をかけて大人しくさせたことで、クラーラ暴走事件はあっけなく解決となった。
その後、この栄養ドリンクの噂は市場を管理するナタリーの耳に届き、シャウナの助言を受け、効果を少し抑えた《要塞村特製エナジードリンク》として売り出し、目玉商品へと上り詰めたのはまた別のお話である。
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