第170話 狙われた者は?
※次回は水曜日に投稿予定です!
要塞村。
湯上りに談笑していたクラーラとタマキのもとへ、半ば暴走のような勢いで突っ込んできた一台の馬車。そこから降りてきたのは意外な人物だった。
「あなたは――ファグナス様?」
クラーラたちの前に現れたのはファグナス家当主のチェイス・ファグナスだった。
「おおっ! ちょうどいいところに! すまんがトア村長を呼んでくれないか?」
ひどく慌てた様子で、チェイスはトアとの面会を希望した。
「あ、ご、ごめんなさい。今トアはエノドアに行っていて」
「!? そ、そうか……いつ戻る?」
「えっと……聞いていません。でも、いつもはもっと早い時間に戻ってくるので、もしかしたらエノドアに泊まるつもりなのかもしれません」
「そうなのか。……好都合と見るべきか」
何やらぶつくさと言い始めるチェイス。すると、後ろから執事のダグラスが走ってきた。いつもキリッとしている彼らしからぬおぼつかない足取りから、先ほどの乱暴な運転で酔ったのだと推察された。
「ご、ご主人様……先ほどエノドアの方面から合図となる信号弾があがりました……あのお方は今エノドアにいらっしゃるようです……」
「何だと!?」
馬車酔いでヘロヘロになりながらも、ダグラスはエノドアからの一報をチェイスへと伝えた――が、それが最後の灯となり、ぐったりとその場に項垂れた。
「ぐぅ……ダグラス! おまえの雄姿、しかと見届けた!」
「いや、ただの馬車酔いだと……」
相手が大貴族ということもあって、いつものテンションではツッコミを入れられないクラーラ。もどかしさを感じながらも、「一体なんなんだろうね」とタマキの方へ視線を移動させたのだが――タマキの強張った顔つきを見て思わずギョッとなる。
「タ、タマキ?」
「!? あ、い、いえ、私は……」
「タマキ……もういいだろう」
青ざめた表情のタマキへ、チェイスが優しく語りかける。
「君のことはあのお方から聞いている。要塞村の内情を探るためにエノドア自警団に入ったことも、な」
「ええっ!?」
思わぬ暴露に、クラーラは驚きの声をあげる。
「ど、どういうこと? 内情を探るって?」
「そ、それは……」
「詳細は馬車の中で話そう。要塞村の住人である君にも無関係な話ではないし――ああ、それから、ダグラスを頼めるか」
「は、はい」
「ワシも行こう」
チェイスとクラーラの会話に割って入ってきたのは偶然その場を通りかかったローザだった。
「何やら騒がしいから来てみれば……チェイスよ。お主自らが動くとは余程の事態が発生したようじゃな」
「ろ、ローザ殿……はい。セリウス王国を揺るがす大事件になりかねません」
一切の誇張を感じさせない、努めて静かな口調。さすがにローザもそれを悟り、ピクッと眉間が反応を示す。
「エノドアにそのような事態が迫っておるなら尚更行かなければならないな」
「あなたが来てくださるのは大変心強い。何せ、暗殺部隊が送り込まれたとの情報が――」
「暗殺部隊!?」
チェイスから放たれた不穏なワードに対して、タマキが叫ぶ。
「ほ、本当ですか、ファグナス様!」
「ああ……近衛隊のシエラ副隊長が教えてくれた。間もなく王都から大軍勢がこちらに到着するはずだ」
「なんじゃ。随分と大騒動になっておるな」
「まあ……相手が相手ですからね」
「ちょっと! 勝手にどんどん話を進めていかないでくださいよ!」
タマキ、チェイス、ローザの三人は示し合わせたかのように進行していくが、まったく関係のないクラーラは混乱するばかりだ。
「そうだったな。君には何もかもサッパリだろう。――ならば、単刀直入に言おう」
チェイスは眉間にシワを寄せ、クラーラへ告げる。
「トア村長が危ない」
◇◇◇
「さあ~、今日は飲むわよ~♪」
「おいおい、
エノドア内にある酒場は今日も仕事を終えた鉱夫たちでにぎわっていた。
飲んで歌って踊って。
それぞれがそれぞれの酒を楽しんでいる。
「なんというか……凄いね」
そのパワフルさに圧倒されているのはトアだ。
巨大モグラ型モンスターのアレックスがエノドア鉱山で働く鉱夫たちと信頼関係を結んできちんと仕事をしている姿を見届けた後、新入りのオネェ鉱夫マークに誘われてこの店へとやってきたのである。
「マーク様は鉱山で働き始めて一週間らしいですが、すっかり馴染んでいますね」
「適応力が高いんだね」
トアとフォルは酒を飲まず、食事を楽しみながらにぎやかな雰囲気に浸っていた。
「根明って面が強いんじゃないか?」
「でもなんていうか……人を惹きつける魅力みたいなのはあるわよね」
「まあ、顔立ちも俺の次くらいにはハンサムだしな」
偶然店に居合わせたクレイブ、ネリス、エドガーの三人と大きめのテーブルを囲み、一緒にちょっと遅めの夕食をとっていた。五人の話題の中心は、やはりマークのようだ。
すると、トアたちの話し声が耳に入ったのか、鼻っ面を赤く染めたマークがニコニコと笑顔を浮かべて近づいてくる。
「な~に? あたしの噂話でもしれるの~?」
「ま、そんなとこだな」
軽いノリで答えるエドガー。その様子を見たマークは「うふふ」と笑ってエドガーをジッと見つめる。
「お、おいおい、悪いけど俺にそんな趣味はないぞ? どうしてもっていうならネリスから許可を取ってくれ」
「なんで私の許可が必要なのよ」
「え~? いいのか~? もしかしたら俺が寝取られるかもしれないぞ~?」
「!? ね、寝取られるって何よ!? 別に私とあんたはそんな関係じゃないでしょ!」
エドガーのいつものからかいを真に受けたネリスは顔を真っ赤にして猛抗議。やりとりを見守るマークは「若いっていいわね~♪」と煽るような発言をしている。
「やれやれ、そういった煽りは僕の専売特許だと思うのですが」
「あははは――っ!?」
苦笑いをしていたトアの顔が一瞬で張り詰める。
ほぼ同時に、クレイブの顔つきも険しくなった。
両者の視線は店の入り口に向けられている。
「……クレイブ」
「トアも感じたか。――かなりの数だ」
「二十人は確実にいるね」
「うむ。夜風に紛れて気配を消した気でいるようだが……肌を刺す殺気までは隠しきれなかったようだ」
そこまで話し終えると、ふたりは同時に立ち上がった。
「あん? どうした、ふたりとも」
「トイレ?」
状況を呑み込めていないエドガーとネリスがそんなことを尋ねるが、やがてふたりも店外の異様な気配を察知して顔から笑みを消した。もちろん、フォルも気づいている。
「ったく、今日の自警団の営業時間はとっくに終わっているっていうのによぉ」
「私たちに休みなんてないわ」
「その通りだ。――が、ひとつハッキリしない点がある」
「敵の狙い……だよね?」
トアの言葉に、クレイブは無言で頷くことで肯定する。
敵と明確に表現したのは、やはり漂う殺気が原因だろう。
問題は、その殺気が誰に向けられているのかということだ。少なくとも、このテーブルを囲む五人には向けられていない。つまり、殺気とは無縁そうな、この店の客の中に、集団に命を狙われる者がいるということ。
「とにかく一旦店の外に出るとしよう。恐らく……敵は俺たちが勘づいたことに気づいたはずだ」
「へっ! だったら正面から迎え撃ってやろうぜ」
「よし……行こう」
トアを先頭にして、エノドア自警団三人組とフォルの計五人は賑わう店に背を向けて店の外へ――が、途中で店員から「お会計忘れていますよ~」と声を掛けられ、フォルが支払いのため店内へと一旦戻る。
外に出ると、殺気はより鮮明になってくる。
「さて、食後の運動といこうか」
「油断してるんじゃないわよ」
「そうだぞ、エドガー。敵の数はそう多くないが、相当な手練れと見える。気を引き締めていくんだ」
「…………」
そんなやりとりを眺めていたトアは、養成所時代を思い出していた。
もし、ディオニス・コルナルドの件がなく、トアが普通に《剣士》のジョブを持って聖騎隊に残っていたら、きっとここにエステルを加えたチームで戦場を駆けていただろう。そう思うと、今の状況はなんだかちょっと嬉しく感じる。
だが、そんな浮ついた気持ちはすぐに消し飛んだ。
夜のエノドアに潜む正体不明の敵たち。
トア、クレイブ、エドガー、ネリス、フォルの五人は、未だ姿を見せぬ謎の集団を相手に武器を構えるのだった。
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