第171話 真夜中の戦い
※本作について、近々重大な発表があります。
お楽しみに!
エノドアからすぐ近くにある小高い丘の上。
町にある建物の屋上から、トアたちのいる酒場の様子をうかがう複数の男たち。そのうちのひとり――夜の闇に溶け込む黒のフードで顔を隠したリーダーのハロルドが、近くにいた部下へ話しかける。
「あそこに例の男がいるのだな?」
「はっ」
「ふむ……で、店から出てきたあの四人は?」
「護衛の者――という感じではなさそうですね」
「……だが、ヤツらは我らの気配を察知して出てきたというのは間違いなさそうだな」
「ですが、全員まだガキですよ?」
「見てくれに騙せるな。任務を完璧に遂行するためにも油断は――うん? おい、見てみろ」
ハロルドは険しい顔つきで部下たちに酒場へと視線を向ける指示を飛ばす。そこには、店から出てきた五人目の姿があった。
「ヤツだ……あの甲冑に身を包んだ騎士が本命だな」
「なるほど。ヤツが俺たちの気配を感じ取って配下である四人のガキに外の様子を見て来いと指示を出したわけですね」
「そう見るのが妥当だろう」
「どうしますか?」
「問題ない。事前に通達した作戦通りに動く」
ハロルドは愛用の得物(長刀)を手にすると、仲間たちに視線だけで合図を送る。店の前に予定外の来客がいるようだが、邪魔なら消せばいいだけのこと。元々、静かに事を進める気はない。多少騒がれようとも、今回の任務は何がなんでもやりきらなければならない、と覚悟を決めていた。
「あの甲冑兵は俺がやる。ショーン、テリー、アイザフ、ミッチェル、ロイの五人はガキどもの相手だ。他のヤツらが店内へ侵入するアシストをするんだ。店に入った者は迅速にターゲットを殺せ。邪魔する者がいるならそいつらもまとめて殺せ。判断がつかないようなら店にいる仲間以外の人間を皆殺しにしろ。以上だ」
最後に段取りをもう一度確認し終えると、男たちは散り散りにその場をあとにする。
一方、酒場前で警戒を続けるトアたちであったが、フォルが合流したことで流れは一変していた。
「どうやら動きだしたようですね」
フォルの持つサーチ機能により、敵の動きは手に取るように把握できたのだ。
「分散した数は……正面からこちらへ向かってくるのが六人。回り込んで右側から接近してくるのが十人。左側から接近してくるのが八人ですね」
「合計で二十四人か……エドガー、ネリス、いけるか?」
「食後の運動にしちゃあ、ちょいと物足りないかね」
「エドガー様、油断は禁物です。彼らはいい動きをしています。恐らく、長きに渡り裏稼業で生活を営んできた者たちでしょう」
「つまり、はぐれ者ってことね」
「うむ。遠慮は無用というわけだ」
「……あまり無茶はしないようにね?」
迫る敵を前にしても、トアたちには余裕がうかがえた。
やがて、敵の姿が目視できるようになると、全員が武器を構える。
夜のエノドアを舞台に、ふたつの勢力がぶつかり合った。
◇◇◇
――エノドアに向かう馬車の中。
「トアが危ないって……どういうことですか!?」
「そのままの意味だ。エノドアにいる以上、トア村長が巻き込まれる可能性も捨てきれない」
「ま、巻き込まれるって……一体何に?」
「さっき言うたじゃろ。暗殺部隊じゃ」
確かに、その言葉は先ほどの会話の中でも出てきた。
だが、ニュアンスからして、狙われているのはトア以外の人物だと思っていた。
「その暗殺部隊がトアの命を狙っていると?」
「いえ、狙っているのは別の人物です。……ただ、その方の命を奪うためならば、強引な手に出ることも予想されます」
「え、エノドアにそんな人がいるの?」
思わず息を呑むクラーラ。
もし、自分たちが到着するよりも前にトアとその暗殺部隊とやらが遭遇していたら――
「……あまり問題ないのでは?」
クラーラが間の抜けた声で言うと、他の三人は黙って頷いた。
「暗殺部隊とはいえ、神樹の加護と聖剣を手にしたトアの前では赤子も同然じゃ。束になってかかったところで勝てはせんじゃろうな」
「なら、何も心配いらないですね」
ホッと胸を撫でおろすクラーラだが、三人の表情はどこか冴えない。
「え? ど、どうかしたんですか?」
「最初からトアの心配はしておらん。じゃが、トアや同行しておるフォルは命を狙われている人物を知らない」
「あっ……」
「向こうにとってトア村長は眼中にない。仮に、誰かを襲おうとしているとトア村長が悟ったにしても、誰が狙われているか分からないのでは救いようがない」
そう。
トアたちは自分の身こそ守れるだろうが、狙われている人物が特定できない以上、その人物を守りきるのは難しい。チェイスたちはそこを危惧していた。
「そ、それじゃあ……」
「間に合ってくれればいいが……」
祈るように手を合わせて顔を伏せたチェイス。
未だ青ざめた表情のタマキ。
険しい顔つきのローザ。
重苦しい空気が流れる中、ようやくエノドアへとたどり着いた。
――が、馬車は町に入った途端すぐに止まってしまった。
「どうした!?」
「す、すいません。前方に人だかりが……」
「何っ!?」
遅かったか。
馬車にいた誰もがそう思った。
すぐさま飛び降りて、人だかりへと分け入っていく。その先には――
「さあて、悪党はこれで全員か?」
「……そうです」
暗殺部隊を構成する二十四人全員が、頑丈なロープでその身を縛られていた。すぐ横にエドガーとネリスの姿があり、さらにクラーラたちとほぼ同じタイミングで連絡を受けたジェンソンとヘルミーナも駆けつけていた。
「さて、これにて一件落着かな」
そこへさらにトアもやってくる。
「トア!?」
トアの姿を確認したクラーラは大慌てで駆け寄った。
「え? クラーラ? どうしてここに?」
「いろいろあったのよ! それより、無事だった?」
「この通り、なんともないよ」
「よかった。……あ、そうだ! この暗殺部隊が狙っていたっていう人は大丈夫なの!?」
「この人たちが狙っていた人? いや、誰かはちょっと分からないけど――」
「もう、なんの騒ぎよ~」
酒場からマークをはじめ、鉱夫たちが出てくる。店の目の前で大捕物が繰り広げられていたのだが、彼らは酒に酔っていたせいか今まで気がつかなかったらしい。
へべれけ状態となっている集団の先頭を歩くオネェ口調のマーク。そんな彼の姿を視界に捉えたタマキとチェイスは表情が一変する。
「! な、なぜここにいるのですか!!」
大慌てで駆け寄るタマキ。その目じりには涙がたまっていた。
「あらあら……とうとう見つかっちゃったわね。バレないように町には行かず、鉱山近くの詰所で寝泊まりしていたのに」
タマキの登場に驚きを隠せない様子のマーク。さらに、続けざまに周りを驚かせる事態が起きた。
「…………」
そのきっかけはセリウス王国でもトップクラスに位置づけられる大貴族のチェイス・ファグナスであった。チェイスは足早にマークのもとへと歩み寄ると、いきなり跪いて深く頭をさげた。
この行動に、マークの正体を知るタマキ以外全員が驚いた。マークを取り囲むように立つ鉱夫たちも、あまりの出来事に酔いは一瞬にして醒めたようだ。
「相変わらず大袈裟ね、チェイス・ファグナス」
そんなチェイスの態度に、マークは特に大きな反応を示すわけでもなく、淡々とそういってのけた。
「ま、マークさんって一体……」
「何者なの?」
トアとクラーラは互いに顔を見合わせてからほぼ同時に首を捻るのであった。
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