第172話 マークの正体
ざわざわざわ――
エノドアの町は騒然となる。
この辺り一帯を治める大貴族のファグナス家は誰もが知るところ。だが、そのファグナス家当主がオネェ口調の一鉱夫に跪いて頭を下げている。
一方、相手のマークは少し戸惑ったような表情になり、頬をポリポリとかくと未だに頭を下げ続けるチェイスへ提案をする。
「場所を変えましょうか」
◇◇◇
マークの提案により、急遽移動を開始。
移動先はチェイスの息子でこのエノドアの町長を務めるレナード・ファグナスの館に決定した。
当初はマークとタマキ、それからチェイスの三人が向かう手筈であったが、マークからの要望でトア、クラーラ、ローザの三人が加わることに。エノドア自警団組は後日経過報告を伝えるということでそれぞれ帰宅。フォルは要塞村へと戻り、トアたちの帰りを待つ村民たちへ事態の報告をすることとなった。
こうして、合計六名でアポもないままレナード邸を訪ねる。
最初はびっくりした様子のレナード――だが、来客のひとりにとんでもない人物が紛れ込んでいたことが分かるとさらに狼狽した。
「あ、あなたは――ケイス様!?!?」
「ケイス?」
トアは首を捻る。
レナードがケイスと呼んだのは鉱夫のマーク。しかし、マーク自身がそれを否定していない様子から、恐らくケイスという名前が本名なのだろうと察する。それくらいなら別段取り立てることではないのだが、問題はそのケイスという名前にあった。
「あれ? ケイスって名前……前にどこかで聞いたことがあるような」
「なんじゃ。お主はまだ気づいていなかったのか」
腕を組んで唸るトアのすぐ横で、とんがり帽子の魔女ローザがため息交じりにそんなことを言う。
「ローザさんはケイスさんを知っているんですか?」
「知っているも何も……思い出してみろ。地下古代遺跡でレラ・ハミルトンを倒した後、チェイスの屋敷へ報告に行った時のことを」
レラ・ハミルトンといえば、自律型甲冑兵――つまりフォルの生みの親であり、今や地下迷宮の看板娘となっているアイリーンに施したような霊体維持処置により、処刑された後も魂だけは地下古代迷宮に留まって世界征服の機会を虎視眈々と狙っていた女性だ。
だが、結局その目論見もトアをはじめとする要塞村の村民たちによって打ち破られた。
その後、事態の全容をチェイスへと報告したのだが、その際にケイスの正体について言及されたとローザは語った。
トアは必死に記憶の糸をたどり、その時のことを思い出す。すると、チェイスの言い放ったある言葉が脳裏に浮かんできた。
『長男のバーノン王子は現在騎士団を率いて遠征の最中ですので、言いだしたのは次男のケイス王子か三男のジェフリー王子かと』
「…………王子?」
「そうじゃ。あの男はセリウス王国第二王子のケイスじゃ」
「…………」
トアは絶句。
まさかあのオネェ口調で鉱夫の仕事を真面目にこなしていた人物が、大陸で二番目に大きいセリウス王国の第二王子だったなんて――その衝撃が凄すぎて、しばらく呼吸さえ忘れてしまうほどだった。
その後、ケイスの正体をトアの口からクラーラへと伝える。
クラーラも最初は疑わしい視線を送っていたが、チェイスやローザが「そうだ」と断言する以上、これはもう覆られない事実なのだと受け入れた。
「うふふ、まあ驚くのも無理はないわね。あたしは滅多に公務へ顔を出さなかったし。出たとしても、父の意向で今とはまるで違う雰囲気で参加していたから♪」
レナード邸の応接室にあるソファに腰を下ろし、メイドの淹れたお茶を飲みながらお気楽調子で答えるケイス。どうやら、公の場に顔を出す時は素を隠していたため、式典などで顔を見たことがある者でもすぐには気づかなかったようだ。
「それにしても、視察にいらっしゃるなら事前に仰ってくださいよ。それならば、きちんとおもてなしをいたしましたのに」
チェイスが言うと、ケイスは唇を尖らせた。
「あたしってそういうかしこまった空気ってどうも苦手なのよねぇ」
「し、しかし……」
「それに、あなただって分かっているでしょ? あたしの立場」
「「立場?」」
落ち着きを取り戻したトアとクラーラが再び同時に首を傾げる。
そんなふたりの解説役になったのはタマキだった。
「ケイス様は王位継承順位が最下位なんです」
「え? で、でも、国王陛下の実子なんだよね?」
「そうなんですが……」
トアからの追及に言葉を詰まらせるタマキ。だが、その理由をトアとクラーラはすぐに察した。
「それにしてもこの紅茶おいしいわねぇ~♪」
「きょ、恐縮です!」
女性らしい口調に女性らしい仕草。
長身痩躯でハンサムな顔立ちとは裏腹に、中身は完璧な淑女であった。
「国王陛下はケイス様の女性らしい振る舞いが気に入らないようで……三男のジェフリー様はおろか、他の者にも大きく差をつけられています」
トアは納得する。
ケイスがこの町に「マーク」という名前で現れたのは今から一週間前。周りの人間が気づかなくとも、城から王子がいなくなれば大規模な捜索隊が出されそうなものだ。それこそ、トアたち要塞村にも捜査の手が伸びてもおかしくない。
だが、現実には今日この瞬間までセリウス王国の王子が紛れていたことに誰も気づくことはなかった。暗殺部隊が差し向けられているというのに。
それらの情報を合わせると、このケイス王子は国にとってあまり重要なポストにいない人物であることが分かる。
――しかし、
「でも、当人はあまり気にしていないみたいよ?」
クラーラが指摘した通り、ケイスは暗殺部隊が迫っていると聞かされた後もあっけらかんとした態度を続けていた。
「そうなんです。そこが唯一の救いというか……ケイス様は王位継承にこれっぽっちも興味がないのです。暗殺部隊が送り込まれても動じていないのは、自分がいなくなってもこの国は問題なく機能するからという気持ちからなんです」
「そ、そんな……」
たとえ王位継承順位が低くても、国王の息子であることには変わらない。そんな王子がフラフラとこんな田舎町を出歩いていたら、目をつけられても文句は言えないのだ。
だが、タマキ曰く、ケイスは「それも仕方がない」と吹っ切れているのだという。しかもその理由は「自分は最初から見捨てられているから」という悲しいものだった。
「何か思惑があってのことじゃない?」
「単純に自分の興味関心があるモノ以外はいい加減なんです、ケイス様は」
トアによる必死のフォローもタマキは一蹴。これまで何度も王子のそんな自由な性格に振り回されてきた苦労人だからこそ吐ける本音といえた。
少し不貞腐れた様子のタマキに気づいたケイスはニヤニヤと笑みを浮かべながらトアへと話しかけた。
「あたしがお忍びでここへ来た最大の理由は――あなたよ、トア村長」
「へ? お、俺ですか!?」
突然の指名に、トアの声は思わず上ずった。
「そうそう。元々、タマキにお願いしてあなたたち要塞村の動向を探らせたんだけど、我慢できなくなって直接出向いたってわけ♪」
「ど、どうしてそんなことを……」
トアには皆目見当もつかなかった。
なぜ、セリウスの第二王子が要塞村へ目をつけたのか。
さらに、ケイスからある驚くべき提案が出された。
「そこで相談なんだけど……あたしを要塞村へ住まわせてくれない?」
「…………」
一拍ほどの間を置いてから、
「「「「「ええええええええええええええええええええ!?」」」」」
ローザを除く五人(トア、クラーラ、タマキ、チェイス、レナード)の大声が屋敷内に轟いた。
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