第173話 オネェ王子からの提案
「あら、そんなに驚くことかしら?」
五人の反応を見たケイスはキョトンとした顔でそう語る。
「だ、だって……王子様でしょ?」
「まあ、一応はそうなのよね。でもでも、あたしってばとっくにお父様から見捨てられている立場だし? そもそも王位とか興味ないし? 自由気ままにやりたいことをやって生きていきたいのよね♪」
クラーラへウィンクを送りながら答えるケイス。
受け止めたクラーラは「ははっ」と頬を引きつらせながら苦笑いを浮かべていた。
「し、しかし、また今回みたく暗殺集団に命を狙われたりしたら……」
「その危険性があるからこそ、要塞村なのじゃろう?」
レナードの心配はローザの一言により一蹴される。
そこへさらにチェイスが加わった。
「ケイス様、これからお城へお戻りになる気は?」
「ないわ」
即答された。
裏を返せば、それだけ意志は強固だともいえる。
「……となると、ローザ殿の言う通りですな」
「へ? つまりどういうこと?」
事態を呑み込めないクラーラは、頭にクエスチョンマークを浮かべながらローザへと視線を移した。どうやら説明を求めているらしい。
「城からケイス王子がいなくなったと分かっているはずなのに、王家から捜索隊が派遣された気配はない。だからといって、命を狙われておる王子をこのまま放置はしておけない――となると、この大陸でもっとも安全な場所へ連れていくしかないじゃろ?」
「! つまり私たちの要塞村ね!」
ここでようやくクラーラの理解が追いついた。
エルフ、銀狼族、王虎族、冥鳥族、ドワーフ、モンスター、ふたりの八極に加えて大地の精霊に女王、そしてさらにドラゴンまで――要塞村の戦力は今やそんじょそこらの軍勢なら軽々と退けられるほどに強力なものとなっていた。
「なるほど。確かにあの村ならば安全だ」
レナードも納得したようだが、肝心の村長トアの表情はあまり冴えなかった。正直、どんな反応をすればいいのか迷っていたのだ。胸を張って「任せてください!」といっても問題はなさそうなのだが、いくら王位継承順位が最下位とはいえ、相手が王子となれば話は別。軽々しく承諾するのは躊躇われた。
「トア村長……ちょっといいかしら」
そんなトアへ、ケイスが言葉をかける。
「あたしは何も自分の命惜しさに要塞村へ住まわせてくれとお願いしているんじゃないの。要塞村に住むことになったからといって、特別な待遇は不要よ。あたしも村民のひとりとしてしっかりと仕事はこなすし、村長であるあなたの意見に従う――普通に接してもらえればいいのよ」
「ケイス様……」
「その呼び方もよろしくないわねぇ。要塞村では村長であるあなたが一番偉いんだから、せめて『さん』づけにしてもらいたいわ」
「あ、は、はい」
いつの間にか、話の主導権はケイスが握っていた。その鮮やかな手口に、ローザも「ケイス王子が国王になった方が交渉事はうまく回りそうじゃがな」と感心していた。
「あたしはね、あなたの村は本当に素晴らしいところだと思っているの」
語り始めたケイス――口調はそのままだが、表情はこれまで見たことがない真剣なものになっていた。
「さまざまな種族が互いに協力をし合って生活を営んでいる。中には、ザンジール帝国との大戦以降関係が悪化したエルフやドワーフもいるっていうじゃない。最初はそんなのただの噂話だと思っていたけど、タマキからあなたたちの村の様子を聞いて現実にあると知り、驚愕したわ」
「そ、そんな……俺は……」
ケイスから褒められるトアだが、自分としてはそんな実感は微塵もなかった。
適性職診断の結果、役立たずのジョブを与えられて絶望し、エステルの件も重なって国を出た。それから紆余曲折を経てたどり着いた現在――トアは仲間たちに囲まれて幸せな日々を謳歌している。
だが、そこに至るまでの経緯の大半は特に狙ってやったものではない。トア・マクレイグという人間が生来持つ人当たりの良さと努力を惜しまない実直な性格があるから成立していると言えた。
ケイスはそれをしかと見抜いている。
でなければ、あれほどの村をまとめられないだろう。
「遅かれ早かれ――それこそ、命を狙われようが狙われまいが、きっとあたしは要塞村へ住まわせてほしいとあなたのもとへお願いにいったわ。それだけ、要塞村は魅力に溢れた場所なのよ」
真剣に語り続けるケイス。
その真っ直ぐな瞳を前に、一度大きく深呼吸をしてから、トアは自分の考えを述べた。
「分かりました。受け入れます」
トアは即決。
さすがにこうもすぐに決断すると思っていなかったクラーラとローザは驚いたようなリアクションだったが、「トアが決めたのならばそれに従う」という意思を示し、ケイスを受け入れたのだった。
トアがケイスの要塞村入りを容認した理由は、何も王子だからというわけじゃない。どこの誰だか分からないが、ケイスは命を狙われている。そんな人物を放っておけないというのがトアの偽りなき本心であった。
とりあえず、夜も遅くなってきたので、今日のところはこれにて解散ということで話がついた。要塞村へ戻るトア、クラーラ、ローザを除く三人はそのままレナード邸に泊まることとなり翌日改めて村を案内する運びとなった。
念のため、自警団へ夜の見回りに参加する人数を増やすよう要請を送り、要塞村としても銀狼族と王虎族から数名をエノドア周囲の警戒に当たらせることとなった。
「それにしても、新しい村民が王子様だなんてね……」
「しかもただの王子ではないぞ。オネェ王子じゃ」
「う~ん……」
ローザはともかく、クラーラの方は相手が王子というところに引っかかりがあるようであった。
「まあ、本人も言っていたけど身分を重んじるって感じじゃなかったし、これから慣れていけば気にならなくなるんじゃないかな」
「大体、お主たちは王子よりもずっと珍しいさまざまなレア種族と生活を共にしておるではないか。それに限らず、英雄であるワシやシャウナとも長らく一緒におるのじゃから気を遣うなど今さらじゃろう」
「……まあ、それもそうね」
思い返してみれば、王子よりももっとややこしそうな種族たちとこれまで小競り合いもなく仲良くやってこられた。今さら王子のひとりやふたり増えてもどうってことない。クラーラはそう考えることにした。
「さて、と……なんだか明日が楽しみになってきたな」
満点の星空を眺めながら、トアは笑顔でそう語るのだった。
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