第174話 ようこそ、要塞村へ

 翌朝。


 トアはケイス王子と面識のあるクラーラとフォルを連れてエノドアを訪れた。

 目的はもちろん、ケイス王子の護衛兼案内役だ。

 ちなみに、昨夜襲撃してきた暗殺集団はチェイスの屋敷に常駐する王国騎士たちによりセリウス王都へと移送された。


 トアたちがレナード邸に着くと、待ちきれなかったのかケイスが飛び出してきた。その後ろからタマキもついてくる。


「待っていたわよん♪」


 朝からテンションの高いケイス。

 それをため息交じりに眺めているタマキ。

 どうやら、ケイスは要塞村へ行くのが相当楽しみにしていたようだ。


「このエノドアもいい町ねぇ。活気があるし、エルフのお店もいい感じ。何より、町長が私好みのいい男なのよね♪」


 そう言って振り返るケイス。そこには玄関先まで見送りに来た、苦笑いを浮かべるレナード町長とその町長を守るようにすさまじい形相を浮かべながらケイスを睨むヘルミーナの姿があった。


「て、ヘルミーナさん、いつの間に……」

「女の勘というヤツでしょうかね。レナード町長の貞操の危機を感じ取ったのでしょう」

「貞操って……女性っぽい仕草だけど、ケイス王子は男でしょう? だったらなんの心配もないじゃない」

「クラーラ様……」

「……何よ、その『分かっていないなぁ』ってリアクション」


 大きなため息とともに肩をすくめるフォルに、クラーラはカチンときたのか抗議をする。しかし、フォルは気にも留めず解説を始めた。


「ならば想像してみください」

「何を?」

「マスターとクレイブ様が腕を組んで歩いている姿を」

「!?」


 一瞬にして、クラーラの表情が絶望に包まれた。


「エステル様やマフレナ様、ジャネット様が相手ならばまだあきらめもつくでしょう。ですが相手がクレイブ様となると――」

「いやあああああああ!!」

「な、何っ!? どうしたの!?」


 突然、背後にいたクラーラが叫び声をあげたことで、トアやケイスたちは驚いて振り返る。そんな反応を目の当たりにしたクラーラは大声を出したことを恥ずかしがって縮こまってしまった。




 トラブル――とまでは言えない出来事はあったが、概ね問題なくケイス王子の移動は開始された。

 道中、暗殺者集団の急襲を警戒しながら進む。

 だが、さすがに昨日の今日で新たな集団を送り込んでくるのは難しいようで、何事もなく村へと到着。


「すっごいわねぇ!!!!」


 到着して早々に雄叫びにも似た感想を叫ぶケイス。

 無理もない。

 エルフや銀狼族など、普通の人間ならば容易くは出会い種族ばかりがズラリと勢揃いしている。その数は今や百に迫ろうとしていた。


「タマキの報告にあった通りだわ……」


 ケイスは瞳を大きく見開き、その体はわずかに震えていた。それはきっと感動から来るものだろう。


「あら? あの人……」

「わふっ! きっと朝トア様が言っていた王子様ですよ!」

「なるほど。そう言われると、どこか気品を感じますね」


 エステルとマフレナとジャネットが、戻ってきたトアたちを発見して近づいてくる。エステルは人間だが、マフレナは銀狼族でジャネットはドワーフ。どちらもケイスにとっては初めて出会う種族だ。

 三人娘はいつもの調子でケイスに挨拶――が、肝心のケイスはガチガチに緊張しているようで、どこかぎこちなかった。


 その後、ケイスは要塞村の様子を村長であるトアと一緒に見て回った。

 まずは村を支える神樹ヴェキラ。


「これもまた噂に違わぬ迫力ね」

「俺も初めて見た時は圧倒されました」


 巨大な根が地下水に浸かり、地底湖のように広がっているその空間は、時の流れから隔絶されたような、不思議な感覚に浸らせてくれる。要塞村でも一、二を争う癒しのスポットと言えた。

 続いてはドワーフの工房。


「リペアやクラフトでは手に負えない細かな品や修繕については彼らに一任しています」

「ここも凄い活気ね」


 気合を入れたドワーフたちが、村民からの要望に応えるため、さまざまな品をここで作りあげている。その情熱に、ケイスは深く感心していた。


 続いては大地の精霊たちが運営する要塞農場。

 ここでは村に住む子どもたちと大地の精霊たちが協力して畑の管理を行っていた。


「子どもたちが率先して働いているのね」

「ここでは仕事も遊びみたいなものですから」


 賑やかに、楽しそうに、けれども、彼らの頑張りは間違いなく要塞村の食糧事情に大きく貢献していた。


 続いてはエルフの運営する要塞牧場。

 ここではエルフ族たちによってさまざまな家畜が飼育されていた。


「エノドアにあったケーキ屋さんで使われるミルクはここで生産されたものだったのね」

「何から何まで、エルフたちによるアイディアでできているんですよ」


 その後も要塞村を案内していくトア。

 ケイスはそのひとつひとつに新鮮な感動を覚えたらしく、どれも興味深げに見ていた。すると、ふたりが共同浴場を見学している時、おもむろにケイスがこんなことを語りだした。


「ねぇ、トア村長……あたしには好きな絵本があったの」

「絵本……ですか?」

「そう。戦争などで国を失った人々が協力をして新しい国をつくって幸せに暮らすって話。まあ、どこにでもありそうな、ありきたりなストーリーだけど、あたしはこのお話がとても好きで、いつかセリウスもこんな絵本みたいな国になればなって思っていたのよ」

「ケイス王子……」


 王位継承権に興味がないという話は事実だろう。だが、やはり王家の人間として、国の未来を案じる気持ちはあるようだ。ただ、今の自分の立場からすれば、実現はかなり難しいといえる。

 ――だが、そんな理想郷がこの要塞村にはあった。


「……ねぇ、トア村長。改めてお願いしていいかしら? ――私をこの村へ住まわせていただけないかしら?」

 

 ケイスは丁寧な言葉づかいで、トアに対し深々と頭を下げた。

 かつて、チェイス・ファグナスにも頭を下げられて動揺したことがあるトアだが、今回の場合は事情が違う。相手は王子。腐ってもこの国で最大権力を持つ一族の人間。その人物が頭を下げているのだ。動揺するなという方が無茶である。


「あ、頭をあげてくださいよ、ケイス王子! そのことについてなんですが……もう答えは出ています」

「え?」


 ケイスとしては予想していなかった答えのようで、思わず間の抜けた声が漏れた。

 トアは「ついてきてください」とだけ伝えると、スタスタと要塞村中央広場へ向けて歩きだした。その意図を読み切れないケイスはあとをついていく。

 そうこうしているうちに、何やら要塞村の中央部が騒がしくなっていることにケイスは気づいた。その原因はなんだろうと考えているうちに中央広場へと到着。そこには驚くべき光景が広がっていた。


「こ、これは……」


 思わず、ケイスはトアを抜き去って広場へと駆け込む。


「さあ、酒の準備だ!」

「待て待て、まずは料理が先だろ」

「フォル、こっちの料理を大テーブルに運んで」

「了解です、エステル様」

「わふっ! 追加の料理も来ましたよ!」

「なら、それは私が運ぶわ」

「お手伝いします、クラーラさん」

「ありがとう、ジャネット」


 要塞村の面々が、宴会の準備を進めていたのだ。

 呆気に取られているケイスの背後から、トアが声をかける。


「ケイス王子の歓迎会ですよ」

「か、歓迎会? じゃ、じゃあ――」

「はい」


 トアはケイスに向かって笑顔で告げた。



「ようこそ、要塞村へ」

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