第175話 もうひとつの結末

 要塞村に新しくセリウス王国第二王子のケイスが加わった。

 これまでの新入りとは違い、王家の人間ということもあって、村民たちは少し緊張した様子だったが、ケイス本人の社交的な性格も手伝ってあっという間に馴染むことができた。


 ケイスの要塞村での役割は、「医師」ということで決定となった。 

 というのも、タマキ曰く、ケイスはセリウス王立学園で医療の専門知識を身につける学科に所属し、そこを首席で卒業したのだという。薬学に関する知識にも精通しており、限定的ではあるが、薬の調合もできるらしい。


 卒業も公務の合間に勉強を重ね、知識を蓄えていたと本人は語り、そういった方面でこの要塞村に貢献できるだろうとのことだった。

 その情報を受けたトアは、早速ドワーフたちを引き連れて診療所づくりに励んだ。

 まず、いつものようにリペアで空いている部屋の内装を整え、必要な道具はクラフトで作った。それでもカバーしきれない部分については、ケイスからの要望を聞いたドワーフたちによって調達される運びとなった。

 さらにケイスは大地の精霊たちが運営する農場にも足を運び、そこで医療用として使える植物の栽培を依頼した。精霊たちには無縁の代物だが、村民たちのためになるならと快諾したようだ。


 こうして、着々とケイスの要塞村移住に向けての準備が整う中、動向が定まっていない人物がいた。


 それは――タマキだ。


 元々、彼女はケイスからの命を受けてトアたち要塞村の様子を探るために送り込まれた存在だ。今となっては、お役御免の身。セリウス王都へ戻り、次の任務へ戻る。言ってみれば、彼女はトアやエステルがかつて所属していた聖騎隊の一員みたいなものだから当然そうなのだろうと考えていたのだが、どうやら複雑な事情があるらしかった。


「あの子は孤児なのよ」

「孤児?」

「そう。だから、あの子はあたしが個人的に雇っている用心棒みたいなもの。だから、戻っても彼女に居場所は……」


 そこで、ケイスは言葉に詰まる。

 だが、トアからすればその問題の解決はさほど難しくはないだろうと踏んでいた。

 なぜなら、すでにタマキは自分の居場所を見つけているから――そう。エノドア自警団という居場所を。



  ◇◇◇



 翌日早朝。

鉱山の町エノドア――自警団長ジェンソンの自宅。


「ふんふふ~ん♪」


 鼻歌交じりに調理をするのはジェンソンの娘モニカ。その横にはモニカの親友である双子エルフの妹ルイスが立っていた。

 ふたりは並んで料理に勤しんでいる。

 朝食と弁当のふたつだ。

 ひとつはモニカがクレイブのために、もうひとつはルイスがジェンソンのために弁当を作っていた。


「できた! そっちはどう、ルイス」

「ちょっと待って……これでよし、と!」


 モニカとルイスは完成を祝ってハイタッチ。すると、キッチンから聞こえるにぎやかな声とおいしそうな匂いにつられてジェンソンが起きてきた。


「なんだなんだ? 今朝は随分と賑やかだな」

「あ、お邪魔してま――っ!?」


 ジェンソンへ挨拶をしようと振り返ったルイスは硬直。寝起きで、しかもルイスがいることを知らなかったジェンソンは上半身裸の状態だったのだ。


「ちょ、ちょっと! お父さん! なんて格好してるの!」

「へ? ……おっと! こいつは失礼!」

「い、いえ、お構いなく……」


 俯くルイスの表情はどこかにやけているようにも見えた。




 その後、朝食を済ませるとルイスは作った弁当をジェンソンへと手渡す。


「いやぁ、こんな可愛いエルフの子にお弁当を作ってもらえるなんて。俺もまだ捨てたものではないな!」


 浮かれまくるジェンソン。

 どうやらモニカが計画した弁当計画は見事成功を収めたようだ。


「さて……次は私ね!」


 ルイスの成功を目の当たりにしたモニカも、クレイブへ弁当を渡すため出撃。ルイスは店の仕事があるため、夕方に報告する約束をして別れた。


 モニカは父ジェンソンと共に町の中心部を抜けて自警団の駐屯地へと向かう。よく来ている場所であるが、今日は弁当を渡すという一大イベントが控えているのでさすがに緊張しているようだった。

 ジェンソンはとっくにドアから室内へ入っていったが、なかなか踏ん切りのつかなかったモニカは五分ほど経ってから入室――が、そこで目の当たりにした光景に、思わず絶句する。


 室内中心部の少し開けたスペースで、クレイブの腕に寝ながら全身を押しつけているタマキの姿があった。


「!?!?!?!?!?」


 まさかの事態に大口を開けて茫然自失のモニカ。そこへ、ネリスが近づいてくる。


「あら、モニカ。今日はどうしたの?」

「ね、ネリス!? あ、あれ!?」

「あれ? ――ああ。あれね」

 

 体を密着させて寝転がるふたりを前にしても、ネリスは落ち着いた様子だった。


「な、何しているんですか!?」

「研究だそうよ」

「け、研究?」


 ネリスの言葉の意味を理解できず、首を傾げる――と、ここでクレイブとタマキが体を離して起き上がった。


「どうでしたか?」

「うむ。武器をなくした時の非常手段としては有効だな」


 クレイブとタマキは冷静な口調と顔つきで先ほどの密着状態を振り返っていた。ふたりがあまりにも真剣に話し合っているものだからツッコミも入れづらく、結局さっきまでと同じように立ち尽くすしかなかった。

 そんな状況を見かねたネリスが解説を挟む。


「さっきふたりがやっていたのは、腕ひしぎ十字固めっていうヒノモト王国に伝わる伝統的な体術のひとつらしいわ」

「た、体術?」

「そういうこと。昨日から随分と熱心に技を磨いているぜ?」


 そこへさらにエドガーが合流する。


「あのふたりのことなら心配はいらないと思うぜ? その証拠に――見ろよ。年頃の男女があれだけ体を密着させていたというのにまるで甘酸っぱい雰囲気がない」

「まあ、それは言えるわね。クレイブもタマキもストイックな性格だし、浮ついた感じもないから心配しなくてもいいと思うけど」

「うぅ……」


 エドガーとネリスからそう声をかけられたモニカだが、やはり心配なものは心配だ。

 ここで、モニカが来たことに気づいたクレイブが挨拶にやってくる。


「おはよう、モニカ。こんな朝早くにどうしたんだ?」

「あ、え、えっと……お弁当を作ってきて……」


 いきなりのクレイブ登場に慌てつつも、目的である弁当を差し出すモニカ。それを受け取ったクレイブは爽やかな笑顔を浮かべてお礼の言葉を贈った。


「ありがとう、モニカ。昼休みにありがたくいただくよ」

「あ、う、うん! そ、その、できたら感想とかもらえると嬉しいな」

「分かった。では、これはじっくり味わっていただくとしよう」

「やった♪」


 モニカの弁当作戦もルイスに続いて成功。浮かれながら振り返ると、そこには驚愕の表情を浮かべるエドガーとネリスの姿が。

 

「え? ど、どうしたの、ふたりとも」

「い、いや……あいつがあんな気の利いたことを言えるなんて意外だな、と」

「そうね。いつものパターンなら『みんなでいただくよ』とか言いだすだろうなって思って心配していたのに」


 付き合いが長いからこそ、クレイブの態度の変化に驚いているようだ。

 一方、クレイブとモニカのやりとりを遠くから見ていたタマキは微笑んでいた。こうした空気は入団当初こそどう対応したらいいのか分からなかったが、慣れてきた最近では自然に受け入れることができるようになっていた。

 そんなタマキの肩をポンと優しく叩いたのはヘルミーナだった。


「どうだ? 自警団での生活は?」


 ヘルミーナはケイスがレナード宅へ泊った際にタマキの生い立ちを聞いていた。その身の上がトアやエステルによく似ていたということもあり、ヘルミーナはタマキ自身が望めばこのままエノドア自警団へ残れるようジェンソンに掛け合うと約束した。

 ジェンソンの説得は成功するだろうが、問題はタマキ自身の気持ちだった。

 ケイスは近い年齢の若者が多く所属する自警団で暮らし、このまま一般人として生きていく道もあると自身の考えを伝えた。

 ヘルミーナは本人の気持ちを優先させることを漸騰しながらもそれに賛同した。そうした経緯もあり、直接タマキと面談をしてみると、


『こちらでお世話になりたいと思います』


 タマキは即座に自警団へ残る道を選択した。


「これからも頼むぞ、タマキ」

「はい」


 こうして、エノドア自警団にタマキが正式に加わったのだった。

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