第176話 次の目標は?

 要塞村で暮らし始めたセリウス王国のケイス第二王子。

 元々、誰が相手でも分け隔てなく接する社交的な性格もあって、彼の職場である診療所に訪れる人の数は日に日に増していく。要塞村専属の医者ということで、村民たちは「先生」と呼んで慕っていた。


「先生、あなたからいただいた薬のおかげで腰痛がなくなりましたよ」

「先生! 子どもの熱が下がりました! ありがとうございます!」

「先生の塗り薬のおかげで転んだところのケガがもう治ったよ!」


 次から次へと、診療所へお礼にやってくる村民たち。そんな彼らを、ケイスは笑顔で見守っていた。

 村長トアもケイスが馴染んだことに一安心する――と、同時に次なる課題に向けて動きだした。




「ふふ~ん♪」


 早朝の要塞村。

 鼻歌交じりに狩りへの準備を進めるマフレナ。本格的に冬らしい寒さになってきたが、そんな気温の変化を感じさせないくらい、いつも通りに明るく笑顔で作業をしていた。すると、


「……あれ?」


 嗅覚が鋭い銀狼族であるマフレナは、自室にいながらある人物の匂いを感じ取っていた。


「トア様?」


 マフレナが嗅ぎ分けたのはトアの匂い。窓から外を眺めると、確かに部屋からそれほど離れていない位置にトアが腕を組んで立っていた。


「トア様!」

 

 その姿を発見したマフレナは、窓から外へ飛び出し、トアのもとへ。


「マフレナ? どうしたの?」

「トア様こそ、こんなところでどうしたんですか?」


 ふたりがいるのは要塞の中にいくつかある中庭のひとつ。ここはほとんど手つかずの状態だった。


「あ、分かりました! 新しい建物を造るんですね!」

「うん。そのつもり――なんだけどね」


 歯切れの悪いトアの口調に、マフレナは不安を覚える。


「何か困りごとですか?」

「ああ、いや、困りごとってほどのものじゃないよ。……ここには、できたら教会を造れないかなって」

「教会? ――あっ」


 マフレナは思い出した。

 先日、エノドア鉱山のモンスター退治を依頼しにきたナタリーの話だ。


「トア様とエステルちゃんが昔住んでいたっていう教会のことですね」

「そうなんだ。ナタリーさんの話だと、俺とエステルにとって両親代わりになってくれたシスター・メリンカが子どもたちと一緒にこっちへ来るかもしれないって話があって、それならこの要塞村にこないかなって」


 トアはずっとシスター・メリンカのことが気がかりだった。

 エステルの件で大きなショックを受けたトアは、その時の勢いのままフェルネンドを出てきてしまったため、シスター・メリンカにはまともに別れの挨拶をしないままだった。

 それはエステルも同じで、トアがフェルネンドを去っただけでなく、罪人として手配されてしまったことにショックを受け、真実を知るためにフェルネンドをあとにした。

 そんなわけで、トアはシスター・メリンカがセリウスへやってくるかもしれないという話を聞いてから、この要塞村へ招こうと考えていたのだ。


「まあ、本当にシスターがこっちへ来るかどうかまだ分からないんだけど」

「でも、トア様としては来てほしいんですよね?」

「……うん。今のフェルネンドは健全な状態とは言えないからね。俺たちが元いた聖騎隊も今じゃ事実上解散状態らしいし」

「トア様……」


 そんな話をしていると、第三の人物が現れる。


「なんじゃ、朝っぱらからこんな場所で逢瀬か?」


 黒いとんがり帽子がトレードマークのローザだった。


「ち、違いますよ、ローザさん!」

「かっかっかっ! 分かっておるわ。それで、なんの話をしておったんじゃ?」

「実は――」


 トアはシスター・メリンカと教会――つまり、孤児を育てるための施設を建設したいという自身の気持ちを告げた。


「結構なことではないか。幸い、要塞村の食糧事情や敷地にはまだまだ余裕がある。子どもが十人増えようが二十人増えようが問題なかろう」

「ええ。あとはシスターの判断に任せるしか――」


「きゃあああああああああああああああ!」


「「「!?」」」


 会話の途中で入り込んできた子どもの悲鳴。


「なんじゃ!?」

「川の方からみたいです!」

「行こう!」


 トア、マフレナ、ローザの三人は悲鳴のした方向へ走りだした。さらに、悲鳴を耳にした他の村民たちも、大慌てで向かった。

 そこは春から秋にかけてモンスター組によって漁が行われるキシュト川。トアたちが現場に到着すると、まず視界に入ったのはでは岩場から青ざめた表情で川を眺めている王虎族のタイガとミューだった。

 

「タイガ! ミュー! どうかしたのか!?」

「師匠!」

「村長さん!」


 トアを見つけたタイガとミューが駆け寄ってくる。ひどく狼狽していて、必死に何かを訴えかけているが、冷静さをなくしているせいで要領を得ない。だが、ふたりが懸命に川を指さしているのだけは分かり、そちらへと視線を移す。


「あっ!?」

 

 川の中腹で何やらバシャバシャと水がはねている。目を凝らすと、それは銀狼族の少女であった。

 ここでトアは事態の全容を把握する。

 タイガとミューと一緒にこの岩場で遊んでいたところ、足を滑らせて川に落下。そのまま流されてあの位置まで運ばれてしまったらしい。


「くっ!」


 トアはすぐに川へ飛び込んで助けようとした――が、そのトアを抜き去って川へ飛び込んだ者がいた。


「! ケイスさん!?」


 銀狼族の少女を救うため、冷たい川の水をもろともせずに飛び込んだのはケイスだった。ケイスはあっという間に少女のもとへとたどり着くと、自分の体にしがみつかせて戻ってこようとする。

 だが、冷たい川の水は容赦なくケイスから体力を奪う。寒さで体が震え、動きが明らかに鈍くなっていた。


「今行きます!」

「わふっ! 私も行きます!」


 トアとマフレナも援護のために川に入る。さらに、後から合流した銀狼族のジンやオークのメルビンも飛び込み、ケイスと少女を救出した。




「へっくし! ちょおっと無茶しすぎたかしらね」


 要塞村の共同浴場(男湯)に入りながら、ケイスは照れ臭そうに笑った。


「でも、格好良かったですよ」

「うむ。さすがは王子だ」

「私も驚きました」

「いやねぇ。今はただの医者よ」


 トア、ジン、メルビンから称えられてさらに照れるケイス。

 笑い合う四人が風呂から出ると、ちょうど同じタイミングで出てきたマフレナと合流。そこへフォルがやってきて、村の宴会場でみんなが待っているからと五人をせっつくようにしてその場所へと案内する。そこではケイスたちが救った少女とその家族、そして全村民が待ち構えていた。

 少女の家族からお礼を言われ、またしても照れるケイス。

 それが終わると、今度は大宴会が始まった。


「本当ににぎやかな村ね、ここは」

「俺もそう思います」


 トアとケイスは嬉しそうに微笑むと、騒がしい宴会の輪の中へと飛び込んでいった。

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