第177話 セドリックとメリッサ
※次回投稿は木曜日の予定です!
その日の要塞村は穏やかな始まりを迎えていた。
エノドア鉱山のモンスター退治から始まった一連のケイス王子とタマキ絡みの騒動も、今やすっかり過去の出来事として語られている。
「う~ん……寒さがさらに厳しくなってきたな」
吐く息も白くなりつつある中、それでも要塞村の村民たちは元気いっぱいだった。その要因としては、トアの提案により、「要塞村暖房計画」が順調に進み、熱を持つ魔鉱石を廊下などに採用することで温かみが増していることがあげられた。
さらに、去年ジャネットが作った暖房器具が今年も大活躍。寒さに弱い王虎族からは崇められるほどの支持を得ていた。
外は寒くても中は温かい。
おかげで村民たちは今日も元気にそれぞれの仕事に全力で取り掛かることができるのだ。
「うんうん。みんな元気そうで何より――」
村の様子を見て回っていたトアだが、とある廊下に差しかかった際にあるモノを視界に捉えて動きが止まった。目を凝らして見てみると――それは明らかに人だった。人が廊下に倒れているのだ。
「!? だ、大丈夫か!?」
慌てて駆け寄るトア。
近づいてみると、倒れているのはエルフ族のセドリックだった。
「ど、どうしたんだ、セドリック!?」
「うぅ……トア村長?」
衰弱しているセドリックを抱き起し、何事が起きたのかその原因を聞くことにした――が、その場所はここではなく、体を診てもらう必要もあるとケイスの診療所へ運ぶこととなったのだった。
倒れたセドリックの介抱にはフォルとクラーラが加わった。
とりあえず、ケイスの診察を受けるということで、三人は部屋の外で一旦待機。また、マフレナとエステルがエノドアに行き、店で働いている恋人のメリッサたちにセドリックの件を伝えるため向かっていた。
「セドリック……一体何があったっていうんだ……」
「僕の秘蔵推し鎧カタログを見せましたが、一向に元へは戻りませんでした」
「でしょうね」
三人がそんなやりとりをしていると、部屋のドアが開いてケイスが出てくる。ケイスは心配そうな顔をしている三人に症状の説明を行った。
「寝不足ね。今はベッドでスヤスヤと寝ているわ」
「へ? 寝不足?」
言われてみれば、確かに目の下にクマがあったとトアたちは思い出していた。
「何よもう~、人騒がせなんだから~」
同じエルフ族であるクラーラは腕を組んでご立腹――が、その横に立つフォルは顎に手を添えて何やら納得していない様子だった。
「これまで健康体そのものだったセドリック様が、急に寝不足とは……なんだか妙じゃありませんか?」
「そういう日だってあるんじゃないの?」
「何か、寝不足になるような事態に陥ったとは考えられないでしょうか」
「はあ? そんなこと――」
「いいえ。あながち見当外れではないわ」
フォルの疑問に対して懐疑的なクラーラであったが、そこに待ったをかけたのがケイスである。
「彼の健康状態を著しく阻害している原因は間違いなく不眠にある。これは断言できるわ」
「じゃ、じゃあ……やっぱりここ数日の間に、何か夜寝られない出来事が……」
不安げに問うトアに対し、ケイスは静かに首を縦に振る。
「寝られないというか……寝かせてもらえないというか……」
「そうよねぇ。あの子って、確かメリッサちゃんと付き合っているのよね?」
「? メリッサに原因があるっていうの?」
フォルとケイスが顔を合わせてそんなことを言うと、クラーラが疑問を投げかけてきた。
「あの子はセドリックのことを誰よりも想っているわ。そんなメリッサがセドリックを弱らせるようなことを――」
ここで、クラーラの視界にトアが入り込んでくる。直後、クラーラの脳裏によみがえるちょっと昔の思い出。
要塞村にエノドアの人々を招待した際、太ったと勘違いしたエステルがトアを避けていたことがあった。あの時のトアも今のセドリックと同じように弱り切っていた。
「ま、まさか……」
「その『まさか』です。きっと、セドリック様はメリッサに夜の営みで――」
「嫌われたと勘違いされてしまう行動を取ったのね!」
「そうなのよ。でもこれは男女のデリケートな問題よ。いくら昔馴染みだからといってそう簡単に聞きだされるものじゃ――」
「ちょっとエノドアに行って詳細をメリッサ本人から聞いてくるわ!」
「「え?」」
全力ダッシュで診察室を飛び出していったクラーラに対し、止めなくてはいけない的な発言をしつつ、興味津々のためなかなか行動に移さないオネェ王子と喋る甲冑。そんなふたりへ、トアは至極冷静に正論を放った。
「あのクラーラに限って、おふたりが思っているようなことをメリッサに質問したりしませんよ」
「「ちぇ~っ」」
分かっていたくせに、わざとらしく拗ねたような声を出すフォルとケイスだった。
◇◇◇
トアたちが(精神的に)死にかけているセドリックを介抱している頃、エノドアにあるエルフ印のケーキ屋さんでも同じような光景が広がっていた。
「だ、大丈夫!? メリッサ!」
「しっかりしてください!」
エステルとマフレナが店内でげっそりとしているメリッサへ声をかけるも応答なし。双子の妹であるルイスでさえお手上げ状態だった。
果たして原因はなんなのか。
当事者がこんな状態であるため詳しい話を聞くのは困難か――に、思えたが、ここでルイスがあることに気づき、事態は急変する。
「あれ? お姉ちゃん……セドリックからもらった指輪は?」
「!?」
途端に、店で働くエルフたちの声でざわつき始めた。
「ゆ、指輪?」
「そうなの。セドリックから贈られた指輪が――」
「うわ~ん!!!!」
ルイスがエステルへ説明している途中に、メリッサが大声で泣き始めた。
普段の彼女から想像できないほど取り乱した姿に、エステルたちは大慌てになるが、やがて落ち着きを取り戻したメリッサから詳細な話を聞くことができた。
「じゃあ、そのセドリックがドワーフさんたちに弟子入りして作った指輪をなくしてしまったのね」
「そうなんです……」
セドリックはメリッサの誕生日に指輪を贈ろうと、ジャネットをはじめとする村のドワーフたちに短期弟子入りをしていた。その甲斐もあってか、納得のいく指輪が完成し、それをプレゼントとしてメリッサへと贈った。
当然ながらメリッサはこのプレゼントに感激。ちなみに、エステルたちの前では恥ずかしいので口にしなかったが、この時、「結婚指輪みたいだね」、「そのつもりで渡したんだ」というやりとりがあった。
ともかく、そんな気持ちのこもったプレゼントをなくしてしまったことでメリッサは酷く気落ちし、それを引きずってセドリックとの関係がギクシャクしていたのだ。
「どこでなくしたか、心当たりはないかしら?」
「エノドアでなくしたのは間違いないと思います」
「そう。――だったら、手分けして探しましょう!」
エステルがそう提案すると、マフレナやエルフたちも声をあげた。
「わふっ! 大切な指輪を探すお手伝いをします!」
「私もするわ!」
「私だって!」
「私はモニカにも頼んでくる!」
エルフたちは店じまいの準備を進め、ルイスは援軍にモニカを招集するため飛び出していった。
一方、エステルは元同僚であり親友のネリス、クレイブ、エドガーたちが所属する自警団に相談し、指輪捜索を手伝ってもらうことに。さらに噂は伝播していき、さまざまな人たちがメリッサとセドリックのために協力をしてくれた。
これもすべてはメリッサの人柄によるところが大きい。
今や彼女はこのエノドア全体のアイドル的な存在になりつつあったのだ。
「あ、ありがとうございます……」
感極まって嗚咽をこぼすメリッサを慰めつつ、エステルとマフレナも捜索に参加。町の至るところを調べていると、中央広場にある花壇の近くで女の子が「あったよー」と指輪を発見する。
「そうです! 間違いありません! ああ~……本当によかった」
「これからは気をつけてね、メリッサ」
「はい!」
女の子から指輪を受け取り、満面の笑みを浮かべるメリッサ。その様子を見ていたエノドアの人々からは大きな拍手と歓声があがったのだった。
こうして、セドリックとメリッサのお騒がせなトラブルは幕を閉じた。
――が、この事件は思わぬ余波をもたらした。
「はい、あ~ん♪」
「あ~ん――うん! メリッサの料理は今日も最高においしいな!」
「もう、セドリックたら♪」
ただでさえ無自覚にいちゃついていたふたりのいちゃつきぶりがエスカレート。これまで以上に仲睦まじい関係となったのである。
「……砂糖吐きそうになってくるわね」
「心中お察しします」
クラーラとフォルはツッコミを入れる気力もなく、他の村民たちも静かに見守る方向でふたりを応援することにしたのだった。
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