第178話 禁断の友情

※次回は土曜日に更新予定です!





「ジャネット~、剣のことでちょっと相談があるんだけど~」


 いつもの要塞村。

 早朝鍛錬を終えたクラーラが、愛用の剣についてジャネットに相談を持ちかけようと工房へ訪れたのだが、そこにジャネットの姿はなく、代わりに起動したばかりのフォルがいた。


「ジャネット様でしたら出かけましたよ」

「え? こんな朝早くに?」

「目的地は遠方とのことでした」

「何しに行ったの?」

「セリウス王国の西に位置するスーファンという町で、年末になると大陸一の同人誌即売会が開かれるんです。どうやらそれがお目当てのようですね」

「ドージンシ? 何それ?」


 聞いたことのない単語に、クラーラは首を傾げた。


「同人誌とは、同じ趣味趣向を持った者同士によってつくられる本のことです。元々はヒノモト王国の東端にあるアーリアーケという町でのみ行われていたイベントでしたが、セリウス王国がヒノモトに対して積極的な外交政策を打ち出したことで、あっちの国で行われている行事をマネするようになったみたいですね。いわゆる異文化交流というヤツです」


 饒舌に語るフォルだが、そうなると疑問点がひとつ浮かび上がる。


「ふーん……本に関するイベントならトアも好きそうなのにね」

「もちろんマスターも参加したかったようですが、あいにく、今回はファグナス様への定期報告日と重なってしまって。予定を変更しようにも、ファグナス様ほどの貴族になると年末年始は公務のため出ずっぱりになってしまうので」

「残念ながら今回は見送りってわけか。出かける前、トアに元気がないみたいだから心配していたけど、それが理由だったのね」


 とりあえず、気にかかっていた疑問が解決し、ホッと控えめな胸を撫でおろすクラーラ。


「ジャネット、楽しめているといいわね」

「まったくです」


 クラーラとフォルは工房の窓から見える空を眺めながらそう呟くのだった。



 ◇◇◇



「いや~……素晴らしいイベントですね!」


 セリウス王国西部――書店街スーファン。

 ヒノモトでは当たり前になっている夏と冬の風物詩である同人誌即売会がストリア大陸で初めて開催された今日。正直、人入りはそれほどないだろうと考えていたジャネットだが、ふたを開けてみれば大盛況だった。

 ただ本を売るだけでなく、たとえば本に出てくる登場人物の衣装を自分でつくって着てみたり、絵が得意な者はその場でスケッチをしたり、各々がそれぞれ考えた楽しみ方を披露し、とんでもない盛り上がりを見せていた。


「来年は是非、トアさんと一緒に来たいですね~♪ できれば、売る側としても参加してみたいですが」


 気に入った本を紙袋いっぱいに入れ、ホクホク顔で休憩中のジャネット。そこへ、


「すみません。ちょっと隣いいですか?」

「え? あ、はい。どうぞ」


 ジャネットの座るベンチに、ひとりの少女がやってきた。種族は人間。年齢はトアやエステルよりもひとつかふたつ年下くらいか。小柄な体躯だが、その両手には本がぎっしり詰まった紙袋が。


「ず、随分と買いましたね」

「へ? ああ……ついつい夢中になってしまって」


 少女ははにかんだ笑みを浮かべていた。


「そういうあなたも結構買いましたね」

「あなたと同じです。私も夢中になってしまって」

「なるほど……あ、北側のブースってもう行かれました?」

「いえ、それはこれから見に行こうかと」

「なら一緒に行きませんか?」

「ええ、是非♪」


 本に関する一大イベントということもあって、参加者のほとんどと共通の趣味を持つジャネットはすぐさま少女と意気投合。まだ見ぬ北側ブースへ向かって歩きながら、お互いの好みを話し合う。

 すると、揃って純愛物の小説好きであることが発覚する。

 ここでさらに盛り上がったふたりはそれぞれ好きなシチュエーションなどを語り合った。


「私は同世代の男の子――ああ、一応私はドワーフ族ですが、種族は関係なく、好きになった人と末永く幸せで穏やかに暮らしていくような話が好きですね」

「私は禁断の恋愛ですかねぇ。たとえば兄と妹みたいな」

「そういうのもいいですよね!」


 燃え上がるふたり。

 そうこうしているうちに北側ブースに到着した。


「ここは少し他とは違った趣向が多いそうですが……」

「あ、この絵よくないですか?」


 ふたりが立ち止まって見たのは本の挿絵と思われるイラスト。そこには凛々しい佇まいのふたりの少年が描かれていた。


「ふむふむ。少年同士の美しい友情物語でしょうか」

「もしかしたら、ひとりの少女を奪い合うライバル同士なのかも!」


 ジャネットと少女はストーリーを想像しながら次の挿絵を見ようとページをめくった。


「「!?」」


 次の瞬間――ふたりは揃って硬直。

 なぜなら、先ほどの美少年ふたりがベッドの上で裸になり抱き合っている姿が描かれていたからである。


「「な、なな、なっ!」」


 わなわなと手が震えるふたり。だが、決してその手を絵から離すことなく、ジッと見つめていた。


「あ、それ気に入ったのなら差し上げますよ」


 作者と思われる女性から声をかけられたふたりは動揺。もちろん、このようなイラストを私物として手元に置いておくとわけにはいかないので丁重にお断りしようと思った――が、


「……あのですね」


 ジャネットが恐る恐る口を開く。


「私、実は創作活動にも興味がありまして、今回の即売会に参加したのも好きな本を買うためだけじゃなく、その資料を集めるという目的があったんです」

「資料……」

「そう。資料です。創作活動で欠かせない資料も購入する必要があるのです」

「……なるほど。だったら問題ないですね!」


 あくまでの資料のひとつとして、ふたりは同じ絵を購入したのだった。

 紙袋に戦利品をしまい終えたところで、少女が声をあげる。


「あっ!」

「どうかしましたか? 忘れ物ですか?」

「いえ、とても今更なんですが……私たち、自己紹介していなかったなって」


 ここまで意気投合してきたふたりだが、実はまだ名前を名乗っていなかったことに気づいたのだ。まず、少女の方から自己紹介を始める。


「私の名前はミリアと言います」


 青い髪に褐色肌の少女はミリアと名乗った。




 自己紹介を終えたふたりはその後も即売会を満喫。

楽しい時はあっという間に過ぎ、ジャネットは要塞村へ戻らなければいけない時間となっていた。


「ミリアさんは来年もこちらに?」

「もちろん! ジャネットさんは?」

「そのつもりです。来年は……お友だちと一緒に来たいと思っていますが」

「ジャネットさんのお友だちですか? 私も会ってみたいです」

「本が好きな人なので、きっと仲良くなれると思いますよ」


 そんな会話の後、別れの挨拶を交わすとふたりはそれぞれ帰路へと就いた。



 初めての同人即売会はジャネットにとって忘れられない一日となったのだった。



  ◇◇◇



「ミリア? 何やってんだ? 報告書の提出ならもう終わっただろ?」

「あ、プレストン先輩。実は私……執筆活動を始めてみたんです!」

「はあ? ……ああ、この前休みとっていったイベントの影響か」

「来年は作者として参加するつもりです」

「このご時世によくやるよ。とりあえず、そろそろ次の任務が始まるぞ。準備しろ」

「分かっていますよ。――お兄様をたぶらかした憎きトア・マクレイグを倒すための任務ですよね!」

「……ただの小悪党退治だ」



  ◇◇◇



「ジャネット、例の同人誌即売会はどうだった?」

「とても素晴らしかったですよ、トアさん。新しいお友だちもできましたし、それに……」

「それに?」

「なんだか、新しい世界の扉が開けたような感じがします!」

「それはよかった。来年は俺も一緒に行っていいかな?」

「もちろんです♪」

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