第179話 雨の日の過ごし方

 要塞村にある地下迷宮と地下遺跡。

 このふたつのスポットでは黒蛇のシャウナを中心に日々探求が続けられていた。

 領主チェイス・ファグナスから地下迷宮&遺跡の調査については正式に許可を得ており、その報告はトアの役目でもあった。

 ここで得られたさまざまな魔法アイテムやフォルの改装資料などはローザやジャネットの手に渡り、村の発展のため有効活用されている。

 ただ、その広大な規模に対して調査員が少ないため、時間を要していた。そのため、エノドアやパーベルから若者数名を雇おうという案がトアとシャウナ、そして最初期から地下迷宮に潜り続けている銀狼族のテレンスの間で出され、正式にチェイスから許可を得ようと朝早くからファグナス邸へ向けて出発していた。




 その日の要塞村周辺の天候はあいにくの雨。

 地下迷宮第一階層の道具倉庫では、朝からフォルが整理を行っていた。

 

「もう、シャウナさんったらフォルさんにばかり片づけを頼んで」

「構いませんよ、アイリーン様。それに、ここでこうして片づけをしている間はあなたとお話することができますからね」

「フォルさん……♡」


 ナチュラルにいちゃつく甲冑と幽霊。

 ふたりきりの空間で作業を続ける中、フォルがある物を発見する。


「おや? これは……」

「なんですの? カード?」


 フォルが手にしたのは五十枚ほどの紙の束。大きさや絵柄などから一見するトランプのように見える。


「懐かしいですねぇ」 

「知っていますの?」

「アイリーン様は知りませんか? これは――」

「フォル~」


 カードのことを説明しようとした途端、フォルは何者かに呼ばれる。振り返ると、そこには装備を整えたクラーラ、エステル、マフレナ、ジャネットが立っていた。


「みなさんがこちらへ来るとは珍しいですね。どうしたんですか?」

「ほら、今日はこんな天気でしょ?」

「外で鍛錬をしようにもびしょ濡れになってしまうから、この地下迷宮にいるモンスターたちを相手にしてみようって話になったの」

「わふっ! 特訓の成果を見せますよ~!」

「ちなみに私は武器の性能チェックのためついてきました」


 クラーラ、エステル、マフレナは日頃の鍛錬の成果を発揮するためここへ来たらしい。と、その時、フォルの手にしているアイテムが目に入ったクラーラが声をあげた。


「あんたそれ何持ってんの?」

「これですか? これはかつて帝国で一大ブームを巻き起こした皇帝ゲームという遊びに使用する道具です」

「「「「皇帝ゲーム?」」」」


 アイリーンを含めた四人の少女の声が重なる。


「まあ、ルールは実際にやってみればわかるでしょう」


 フォルはそう言って、カートの一枚を取り出すとそれをマフレナへと渡す。


「まずはマフレナ様が皇帝です」

「わふ? 皇帝?」

「この場で最も権力を持った人物です。続いて、みなさんにはこれを」


 そう言って、今度は他の三人に数字の書かれたカードを渡す。


「では、マフレナ様はこちらから二枚選んでください」

「わふっ!」


 さらにマフレナが二枚のカードを引く。

 ひとつには数字の「3」が書かれ、もうひとつには「マッサージ」という言葉が書かれていた。


「わふ? これは?」

「それでは、3番の人が皇帝にマッサージをしてください」

「え? 私ですか?」


 3番のカードを引いたのはジャネットだった。

 ここまでの一連の流れから、エステルは大体のルールを把握した。


「なるほど。皇帝のカードを引いた人がそっちの指示と番号が書かれたカードを引く。書かれた指示は皇帝の引いた数字カードの人が実行する――ということでいいかしら?」

「その通りです、エステル様」

「ふ~ん……そういうことね」


 エステルは完全に理解したようだが、クラーラは完全に知ったかのようだ。


「どうですか、マフレナさん」

「わふ~♪」


 一方、皇帝の命に従い、ジャネットはマフレナの肩を揉んでマッサージをしていた。


「凝っていますね~」

「そうなんですよね~。最近は前よりも肩が凝る頻度が増している気がします……なんででしょう?」

「ホントナンデカシラネ」


 瞳から光の消え失せたクラーラがマフレナの胸部を見つめながら呟く。


「元々はパーティーの余興として用いられていました。まあ、あまり大人数でやると何もできないで終わる人も出てくるので、ちょうど今くらいの人数が望ましいですね」

「あっ! 思い出しましたわ! 確かうちで開かれたパーティーでもお父様たちがそんな遊びをやっていましたわ!」

「へぇ……ねぇ、フォル。もう一度やっていいかしら。今度はちゃんと皇帝を選ぶところからスタートで」

「分かりました」

 

 エステルからの提案で再び皇帝ゲームを始める。

 幽霊であるアイリーンは残念ながら参加できないが、エステル、クラーラ、マフレナ、ジャネットの四人で再開することに。

 正規のルールに従って皇帝を決するため、フォルは四つの細い木の棒を用意する。その先端を赤色で塗り、それを隠して四人に引かせた。色付きを引き当てた者が次の皇帝になるルールだ。


「あ、私だわ」


 皇帝に選ばれたのはエステルだった。


「では、こちらの二枚のカードを引いてください」

「ええ」


 エステルはフォルが手にするいくつかのカードから二枚を引き抜く――と、


「うん?」


 フォルは何か違和感を覚えた。

 ほんの一瞬のことで、それがどのようなものであるか明確に説明できないが、明らかに「何かが違う」と思えた。

 不思議がるフォルを尻目に、エステルは早速番号のカードから開く。


「私の命令を聞くのは2番の人ね」

「あ、私だわ」


 相手はクラーラだった。


「こうなったら素直にエステル皇帝陛下の命令を聞くとしましょうか」


 とぼけた感じに言うクラーラの姿を見たマフレナとジャネットはクスッと笑う。つられるようにエステルも笑みを浮かべるが――明らかにクラーラの発言に対しての笑みではなかった。


「じゃあ……次は命令のカードね」

「あ、ど、どうぞ」


 先ほどまでと違い、どこか異様な気配を感じさせるエステルは引いたカードに書かれていた指示を読み上げた。


「あら……これはなかなか刺激的な試みね」

「え? なんて書いてあったの?」


 クラーラが興味津々といった感じでカードを覗き込む。そこにはこう書かれていた。



【2番が皇帝にキス】



「!?」


 まさかの指示に頬を引きつらせて固まるクラーラ。


「き、キスですの!?」

「「キス!?」」


 アイリーンが大声でカードに書かれた内容を叫ぶと、マフレナとジャネットも驚きの表情を浮かべた。


「……あ、あはは、さすがにこれはやりすぎでしょ、フォル!」


 ゴン! 

 クラーラはフォルの悪ふざけと断定していつものように拳で兜を吹っ飛ばす。これで終了――と思いきや、


「ダメよ、クラーラ……皇帝の命令は絶対なんだから」

「えっ!? ちょっ!? エステル!?」


 エステルに止まる気配はない。

 クラーラの顎を指でクイッと持ち上げて、少しずつ顔を近づけていく。本来なら抵抗するはずなのだが、あまりにも突然の事態でクラーラはまったく反応できないでいた。


 ふたりの唇の距離があと数センチに迫った時――


「はあっ!」


 壁にめり込んだ兜を引っ張り出して装着し、テーブルに置いておいたカードをフォルが手にした直後、どこからともなく聞こえてきた声と共にそのカード目がけて斬撃が放たれた。それは的確にカードだけをバラバラにしてフォルの度肝を抜く。


「ふぅ……危うく手遅れになるところだった」


 颯爽と登場したのはファグナス邸から戻ったシャウナだった。


「ローザから妙な魔力を感知したという報告を聞いてここへ飛んできたが……まさかこのカードに人心を惑わすような魔力が込められていたとはね」

「シャウナ様……一体何がどうなっているんですか?」


 事態をまったく呑み込めないフォルはシャウナに問う。ちなみに、カードがバラバラになった途端、エステルは意識を失って倒れ、今はクラーラに抱き起されている。


「これは……私の迂闊さが招いたミスだ」



 シャウナはすべてを語り始めた。


 あのカードは地下迷宮で見つけた物だが、妙な気配を感じたのでしばらく放置していたらしい。だが、呪いのアイテムである可能性もあるため、ローザにも見てもらって正体を突きとめようとしていたとのこと――が、それをうっかりフォルへ伝え忘れていたまま倉庫の整理を依頼してしまったというのだ。


「ともかく、こいつからはもう魔力を感じない。呪いは解かれたようだ」

「随分と簡易的ですね」

「恐らく、これの持ち主がイタズラ目的で仕込んだものだろう。それが発動されぬまま現代まで残っていたということだ」


 シャウナは「これにて一件落着」と事態の収束を告げたが――事はそう簡単に運びそうになかった。




 その日の夕食中。


「ねぇ、フォル」

「何かありましたか、マスター」

「なんかエステルとクラーラ……不自然じゃない? 目を合わせると慌てて逸らして、でもなんだかお互いを気にしているような」

「気のせいですよ、マスター」

「え? でも……」

「気のせいですよ、マスター」

「…………」


 フォルは強引にトアからの質問をシャットアウトしたのだった。




 その日の深夜。


 今回の事件の余波はそれだけにとどまらなかった。


「男同士だけでなく女同士も……アリといえばアリですね!」


 ベッドで横になるジャネットは、さらに新しい扉を開けようとしていた。

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