第169話 謎多き新入り

 トアVSタマキの手合わせ――という名の割と本気っぽい戦いは、神樹の魔力と聖剣の効果を発揮したトアにどう足掻いても勝てないと悟ったタマキがギブアップ宣言をすることで決着がついた。

 



 要塞村大浴場(女湯)――労働でたまった疲労をお湯で流そうと、エステル、クラーラ、マフレナ、ジャネット、そしてタマキの五人が肩までしっかりとつかっている。


「それにしても、あなたもやるわね」


 おもむろに、クラーラがタマキへと話しかける。


「? 何がですか?」

「神樹の魔力と聖剣を手にしたトアに手合わせを申し込むなんて、なかなかできることじゃないわ!」

「は、はあ……」


 クラーラの勢いに、タマキは押され気味だった。どうも、お風呂に入ってからどうにもクラーラの態度がおかしい。なんだか距離が近いし、妙に親身だった。――そして、微妙にその優しげな視線が胸元に集まっているような……


「あなたには……なんだか親近感が湧くのよねぇ」

「親近感?」


 そう語るクラーラの瞳から、光が消え失せていた。さらに、先ほどまでタマキに注がれていた視線が少しそれている。一体どこを見ているのかとタマキが追ってみると、


「わふ~」


 体が温まってきたらしく、頬を紅潮させたマフレナがいた。


「? なぜマフレナ殿を――」


 言い切る前に、タマキは察する。それを理解した時、クラーラと同じように瞳から光が消え失せた。


 ドドドン!


 プカプカと湯に浮かぶマフレナの大きな胸。それこそが、ふたりの少女の瞳から光を奪った元凶であった。

 

 

 ――否。



 マフレナだけではない。


「いいお湯ね、ジャネット」

 

 ドドン!

 マフレナほどのインパクトはないが、着実に成長を続けるエステルの胸。


「本当に。一日の疲れが全身から溶け出していく感じです♪」


 トン!

 マフレナとエステルには及ばないが、それでも十分なサイズがあるジャネット。

 

「「…………」」

 

 一通り見回ったクラーラとタマキは、固く手を握り合った。


「強く生きるのよ、タマキ」

「ええ」


 こうして、クラーラとタマキの間に熱い友情が芽生えたのだった。




 入浴後。

 

「「ぷはっ! 最高っ!」」


 風呂上がりのフルーツ牛乳に舌鼓を打つクラーラとタマキ。風呂場での一件もあり、ふたりはすっかり意気投合したのだった。


「晩御飯はどうする? こっちで食べていく?」

「そうですね。今日は夜の見回り当番でもありませんし」


 そんな会話を要塞正門付近でしていると、薄暗くなってきた森の中にぼんやりと光る謎の球体を発見する。


「な、何?」

「近づいてくる……え? 馬車?」


 やってきたのは馬車だった。

 屍の森に住むハイランクモンスターは、要塞村の存在もあってめっきり数が減った。それでも、夜ともなれば活発に動きだす者もおり、今も周辺は銀狼族や王虎族の若者たちが見回っている。

襲われるかもしれないというリスクを負いながらも、なぜその馬車は要塞村を目指しているのか。理由はまだ分からないが、とりあえずその馬車はかなり慌てた様子で、ピシピシと馬を叩く御者の鞭の音が響き渡っていることから、非常事態であることは間違いなさそうだ。


「い、一体何なんでしょうか?」

「……タマキ、村のみんなを正門に集めて」

「え?」

「もしかしたら、敵かもしれない」


 神樹の放つ上質な魔力を求めて、また新たな敵が現れたのか――クラーラは咄嗟にそう判断し、タマキに応援を呼ぶよう頼んだのだ。


 だが、馬車から降りてきたのは予想外の人物だった。


「あ、あなたは!?」


 クラーラの叫び声が夜空にこだました。



  ◇◇◇



 要塞村に謎の来客が訪れる数時間前。

 タマキとの戦いが終わった直後、トアはフォルを引き連れてエノドア鉱山に来ていた。ここにいる新入りに会うためだ。


「やあ、元気にしているかい?」

「キュー♪」


 その新入りとは、以前、エノドア鉱山に居着いたことで問題となった巨大モグラ型モンスターだった。彼はすっかりここが気に入ったようで、鉱夫たちの仕事の手伝いをすることになったのである。詳しい仕事の内容は、要塞村のメルビン(オーク)とエディ(ゴブリン)が通訳をして伝え、今では立派な魔鉱石運搬係として貢献している。

 トアはその仕事ぶりを見に来たのだった。

 ちなみに、このモグラ型モンスターは鉱夫長シュルツの提案により、アレックスという名前がつけられていた。


「いやはや、一時はどうなるかと肝を冷やしたが、トア村長のおかげで解決するどころかこうして優秀な働き手が増えて嬉しい限りだ」


 そう語るのは鉱夫長のシュルツ。対して、トアは遠慮がちに照れ笑いを浮かべていた。すると、そんなふたりのもとへ迫る人影が。


「あら、あなたが噂の村長さん?」


 その言葉に、トアは違和感を覚えた。

 口調が女性だったので、てっきり女性に声をかけられたのだと思った――が、明らかに声色は男性だ。それもかなり野太い。

 踵を返して声のした方向へ体を向けると、そこに立っていたのは男性だった。

 作業着に身を包むその男性は緑色の綺麗に切り揃えられた髪に、垂れ下がった目じりが特徴的で、ニコニコと温和そうな笑みを浮かべている。


「ああ、紹介するよ。彼は先日入った新入りのマークだ」

「どうも♪」

「あ、初めまして」


 シュルツから紹介されたマークという新入りと握手を交わすトア。さっきのは気のせいだったのかもと思っていたが、


「いや~ん♪ ホントに可愛い少年じゃな~い♪」


 気のせいじゃなかった。

 マークは腰をくねらせながらジリジリとトアへと迫る。

 危険を察知したフォルがふたりの間に割って入った。


「マ、マーク様、悪ふざけがすぎますよ」

「やあねぇ。悪ふざけじゃないわよ。これがあたしの素なの♪」

「……そ、そうでしたか」


 さすがのフォルもどう対応していいのか困っているようだ。


「ま、まあ、こんなヤツだが働き者だし、いいヤツなんだよ」


 引きつった顔でフォローを入れるシュルツ。だが、それは決して取り繕った評価というわけではないようで、仕事へと戻っていったマークは周囲の鉱夫たちと和やかに話ながらテキパキと作業をこなしていた。


「ふ~む……男性でありながら女性のような振る舞い……人間とは本当に奥の深い生き物ですね、マスター」

「…………」

「マスター?」


 トアはジッとマークという男を見つめていた。

 フォルでさえ気がついていないが、トアはあの男に何か秘めたる事実があるのではないかと思っていた。それは根拠などない、いわば直感なのだが、どうにもあの男から漂う気配は常人とは違う気がしてならない。そんな予感が心の奥底で引っかかって離れないのである。


「あの人は一体……」


 謎のオネェ鉱夫マーク。

 その存在はトアの脳裏にしかと焼きつけられたのであった。

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