第168話 トアVSタマキ
要塞村女子組の勘違いにより、トアの実力を測るための戦いは一日延期となった。
日を改め、いよいよ決戦の幕が開く。
「――って、なんだか大騒動になっていませんか?」
決戦地のであるラウラの泉周辺には、トアVSタマキの戦いを一目見ようと多くの見物客が押し寄せていた。
要塞村の村民たちはもちろん、エステルたちの話を聞いたエノドアにあるエルフ印のケーキ屋さんの店員エルフたちから自警団をはじめ町の人々に伝わり、この大騒ぎに発展したのであった。
「しっかし、あのおとなしいトア村長に挑むとは」
「意外とガッツがあるじゃないか」
自警団のツートップ(ジェンソンとヘルミーナ)はローザが用意したイスに腰かけ、優雅なティータイムを楽しんでいた。
「随分と楽しそうですね」
「勘違いしてもらっては困るぞ、タマキ」
「そうだ。これもまた自警団の大切な務め」
「見ろ。ちゃんと横断幕も用意したぞ」
ジェンソンが指さす方向へ視線を向けると、エドガーら男性団員が「頑張れ、タマキ」と書かれた横断幕を掲げていた。その横では少し離れて他人のふりをするネリスの姿も。
さらに、
「ご来場の皆さま~。観戦のお供に要塞村特製フルーツジュースはいかがですか~。大地の精霊様による自信作ですよ~」
「ひとつくれ!」
「俺もだ!」
「こっちは五本もらうぜ!」
「毎度どうも~」
集まった客たちを相手に、フォルが商売まで始める始末。これはもう、ただの手合わせではなく立派なイベントだ。
「えっと……稽古ってことでいいんだよね?」
この状態にトアも困惑しているようで、苦笑いを浮かべている。
「……まあ、いささか不本意な展開ではありますが、あなたと手合わせをしたいという気持ちに偽りはありません」
「そうか……なら――」
トアは腰を落として、聖剣エンディバルに手をかけた。
「それが、サバイバル大会の優勝賞品である聖鉱石で作った聖剣エンディバルですか……」
その輝きに、思わずタマキは息を呑んだ。トアの手にする聖剣エンディバル――八極のひとりである鉄腕のガドゲルの娘ジャネットが生みだした渾身の作。タマキはその美しさを前に声も出せない。
ようやくハッと我に返ると、今度はその聖剣の能力に度肝抜かれる。
まるで燃え盛る炎のごとく溢れる魔力。ひとりの少年から発せられているとはとても思えない量だ。
まともにやり合えば、タマキに勝機はない。
「……これほどの実力差があるのは想定外でしたが――戦いようはあります」
普通なら、これほどの差を目の当たりにすると戦意を喪失しそうなものだが、タマキにはそういった気配が微塵も感じられない。
やがて、タマキは意を決し、戦闘態勢へと移行する。
「む?」
フォルからもらったフルーツジュースを飲みながら観戦していたクレイブは、タマキの異変に気づいて声を上げる。だが、すぐ横にいたネリスには何も感じられなかったようで、反応を示したクレイブにその理由を尋ねた。
「どうかしたの、クレイブ」
「タマキの構え……いつもと違うな」
「え?」
自警団の戦闘訓練でタマキとペアを組むことが多かったクレイブは、いつも見ているタマキの戦闘スタイルと異なっていることに気づいたのだ。
「もしや……あれが本来のタマキの戦闘スタイルなのか?」
クレイブがそう呟いたとほぼ同時に、トアとタマキ――両者に動きがあった。
「暗器使いのタマキ――参ります!」
先に動いたのはタマキだった。
腰の部分についたポケットから素早く小さな球状の物体を取り出すと、それを地面に叩きつけた。破裂音がした直後、辺り一帯を白煙が覆う。
「!? 煙幕弾か!?」
トアは迫りくる白煙をよけるためバックステップで後方へ。だが、この行動を読んでいたタマキは次なる手を打ってくる。
「はっ! はっ! はあっ!」
タマキは煙幕弾を叩きつけると同時に高く跳躍していた。それは、頭上からトア目がけて手裏剣を放つためである。
「!?」
手裏剣が放たれたことを察したトアは咄嗟に回避行動へと移る。だが、それすらもタマキは読み切っていた。
「はああっ!!」
タマキは地上へ足をつけたとほぼ同時に隠し持っていた鎖鎌でトアを追撃する。
「ぐっ!?」
間一髪のところで、トアは鎖鎌を聖剣で叩き落とした。
ここまで、トアは防戦一方。下馬評では圧倒的不利だったタマキの善戦に、周囲の客から大きな歓声が巻き起こる。
「おいおいおい! こりゃひょっとするとひょっとするんじゃないか!?」
「あのトアがここまで押されるなんて……」
エドガーとネリスは信じられないといった様子だった。
ふたりもクレイブ同様、タマキとは演習でなんども対戦した経験がある。その時の印象からすれば、とてもトアにかないそうになかった。だからこの演習というのも、トアに稽古をつけてもらおうという意味合いが強いのだろうと考えていた。
だが、実際はトアの方が押されている。
この事実に、ふたりは驚いた。
それは要塞組も同じのようで、クラーラにマフレナにジャネット、さらに、戦いが始まった当初はジェンソンやヘルミーナとお茶を飲みながら談笑していたローザでさえ、今は真剣な眼差しを送っている。
誰もが予想しなかったトアの大苦戦。
もしかしたら、トアは負けるかもしれない――が、そんな考えを微塵も持っていない人物がふたりいた。
「何もそんなに驚いているんだ、ふたりとも」
クレイブだった。
「だ、だがよぉ、あそこまでトアが追い込まれたんじゃさすがに――」
「タマキの使う忍者道具に翻弄されているだけだ。それにあの膨大な魔力……トアがその気になれば、聖剣の一振りですぐに決着がつく」
「で、でも、ならどうしてトアはそうしないの?」
「……探っているのだろう」
「「探っている?」」
「そうだ」
クレイブにはトアの狙いが読み取れた。
そして、もうひとりの人物も、まったく同じ考えを持っていた。
――要塞村サイド。
「探っている? どういうことなの、エステル」
クラーラが腕を組むエステルへと問いかける。
てっきり、トアが押されていると思っていた質問者のクラーラやマフレナにジャネットといった乙女同盟は、エステルの言葉の真意を聞くため視線を集中させる。
「トアは、ただ稽古をつけてほしいがためにタマキが勝負を挑んできたと思っていないのよ」
「つまり、この戦いの裏には別の狙いがあると?」
ジャネットにそう尋ねられると、エステルは静かに頷いた。
「まあ、タマキの持つ変わった武器の数々に驚いたということもあって、凄く苦戦しているように見えるけど、トアはまったく本気で戦っていない――けど、それもここまでみたいね」
「わふっ? ――あっ!」
マフレナの短い叫びに、エステルたちは戦況の変化を感じ取って視線を移動。
そこには、再び金色の輝きを取り戻した聖剣を握るトアの姿があった。
どうやらここから本気で戦うつもりらしい。
「……やはり、一筋縄ではいきませんか」
タマキは短刀を構え、トアに突進する。それは半ばやけくそだった。あの魔力はただの抑止力ではない。本気で、タマキの攻撃を弾き返すためにまとっているのだ。そして、タマキは同時に感じる。自分には、あれを打ち破る術がないことを。
だから、せめて最後の抵抗を――そんな気持ちを込めた攻撃だった。
タマキの短刀とトアの聖剣がぶつかり合う。
――が、聖剣に触れるよりも前に、タマキの手にしていた短剣は塵となって消えた。
「!?」
あまりの事態に、タマキは膝からその場に崩れ落ちた。
これまでの攻防――トアはまったく本気で戦っていたわけではない。力の差があることは戦う前から重々承知していたつもりだが、その壁のあまりの高さに声すら失ってしまったのである。
やがて、タマキは力なくこう呟いた。
「私の……負けです」
放たれた言葉に悔しさは感じられない。
むしろ、どこか清々しささえ感じる。
周囲も、懸命に戦ったタマキをバカにするようなことはせず、その健闘を称える拍手を送っていた。
その様子を見たトアは満足そうに微笑むと、聖剣を鞘へと戻し、座り込むタマキへ手を差し伸べたのだった。
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