第167話 タマキからの果たし状

 エノドア自警団の駐屯地には団員が寝泊まりする部屋がいくつかある。

 だが、ここで生活している者は今のところただひとりだけ。


「むむ……」


 ヒノモトから来た新入りのタマキだ。

 彼女は仮眠室のひとつを私室として使用する許可をもらい、ここで暮らしている。室内には故郷であるヒノモトの品で埋め尽くされていた。

 そんなヒノモトグッズの中から、硯と墨汁を取り出し、黒い布製の下敷きを机に置くと、その上に真っ白な紙を置く。さらに毛筆を手にして準備は整った。


「いざっ!」


 カッと目を見開き、字をしたためる。

 その間、タマキの脳裏をよぎっていたのは鉱山でトアの戦闘シーンを見ることができなかった自分に対してクレイブが言い放った言葉であった。



『そんなにトアの戦っている姿が見たいのならば、自分で戦いを申し込んだらどうだ?』



 これにはタマキも衝撃を受けた。


「私としたことが……もっと早くに気づくべきだった」


 タマキがエノドア自警団に入った目的――それは、特殊な水晶を介して会話をしていた「あのお方」にトア・マクレイグの実力と人間性を報告すること。直接要塞村で観察するには八極の存在もあるから危険ということで、少し距離のあるエノドア自警団に入った。

 当初は一時的な仮の所属という立場を貫いていたが、最近ではここでの生活もまんざらでなくなりつつあり、ちょっと危機感を覚えている。


「っ! い、いけない! 私にはやらなければいけないことがある!」


 エノドアの生活は悪くない。 

 だが、だからといって恩義ある今の主人は裏切れない。

 ゆえに、与えられた任務をこれ以上先延ばしにすることはためらわれた。そこで、クレイブが提案した通り、自分自身がトアと戦うという選択肢をチョイスしたのである。

 ちなみに、口頭でトアに伝えなかったのは他の者に勘繰られないようにするためだ。

 改めて、タマキは精神統一。

 トア・マクレイグの実力を知るため、「鍛錬の一環として手合わせを願いたい。他の村民に見つからないよう、ひとりで指定した時刻と場所に来てもらいたい。くれぐれも仲間は呼ばないように」という旨をしたためた。

 その後、こっそりと部屋を抜け出し、木々をつたって要塞村までたどり着くと、トアの私室のドアの隙間にこっそりとその手紙を差し込んだ。


「これでよし」


 誰もが認める生真面目なトアのことだ。この手紙の通りに行動するだろうとタマキは読んでいた。自警団の一員としてすでにトアの頭に自分の存在はあるだろうから、警戒はされないだろう。


 トアVSタマキ。


 明日の昼――その戦いの幕が上がる。



  ◇◇◇



「ふあぁ~……」


 タマキが要塞村を去ってから数時間後。

 まだ朝霧が周囲を包む早朝。要塞内を歩くのはうっかり徹夜してしまったジャネットであった。


「またやっちゃったなぁ……」


 徹夜を反省するジャネット。常々、エステルからは「夜更かしは肌に悪いわよ」と注意を受けているのだ。

 だが、八極である父鉄腕のガドゲルの血を色濃く受け継ぐジャネットは、一度熱中すると時間を忘れて作業に没頭する癖があった。


「……今からちょっとだけでも寝ようかなぁ――あら?」


 ジャネットが歩いていると、ふとある部屋のドアに紙が挟まっていることに気がついた。


「? こんなところに? ――て、この部屋は」


 なぜ紙が挟まっているのか、それ自体も謎だったが、そこがトアの部屋だったことがさらに謎を深めた。


「……トアさんの部屋にメッセージ?」


 ジャネットとしては見過ごせない。

 悪いとは思いつつ、書かれている内容を知るため、ジャネットは丁寧に折りたたまれていた紙を広げた。


「っ! こ、これは!?」


 中身を把握したジャネットは、ただちにエステル、クラーラ、マフレナの部屋を訪ね、乙女同盟を緊急招集したのだった。




 要塞内会議室。

 そこでは、手紙の第一発見者であるジャネットを議長とし、この由々しき事態の全容が明かされた。


「これは今朝、トアさんの部屋のドアに挟まっていた紙です」

「中にはなんて書いてあったんですか?」


 マフレナが無邪気に尋ねると、ジャネットはコホンと小さく咳をしてから真剣な顔つきで答えた。


「ズバリこれは……恋文です」

「こっ!?」

「いっ!?」

「ぶみっ――て、なんですか?」


 狙いすましたようなマフレナのボケに、他の三人はガクッと脱力。


「あ、あのねぇ、マフレナ……恋文っていうのはつまりトアへの――」

「トア様へ……なんですか?」

「それは、その……」


 言いにくそうなクラーラ。実はメンバーで唯一正しい子づくりの仕方を知っていたにもかかわらず、この手の話がメンバー中もっとも苦手なのであった。

 顔を真っ赤にしたクラーラに代わり、エステルが答える。


「この手紙には、トアのことが好きだって気持ちが書かれているのよ」

「えぇっ!? じゃ、じゃあ、私たち以外にトア様のことを好きな人が……」

「そういうことよ。――もっとも、それが本当にラブレターならね」


 エステルは冷静だった。

 ジャネットから手紙を受け取ると文面を確認し始める。それが終わると、大きく息をついてから手紙をジャネットへと戻した。


「今日のお昼……エノドアの外れにあるラウラの泉で待っているから来てほしい。大事な用件があるって書いてあるけど、肝心のトアへの想いについては書かれていないじゃない」

「で、でも、この文体はどう見ても告白するために呼び出しているとしか思えないですよ!」


 確かに、思わせぶりというか、それっぽい感じがしないでもないと思う。

 だが、エステルはどうにもきな臭さを感じていた。


「……分かったわ。こうなったら私たちが取るべき行動はひとつね」

「ど、どうするんですか?」

「私たちが直接この子に会うの」

「「「ええっ!?」」」


 エステルの提案に、三人は声を揃えて驚いた。



  ◇◇◇



 その日の昼。


「そろそろね……」


 指定されたラウラの泉では、完全武装したタマキがトアを待ち構えていた。

 完全武装といったが、その出で立ちは普段と変わらないように見える――が、タマキはヒノモト人だけが与えられるレアジョブ《忍者》である。その特性上、使用する武器は暗器が多いため、目に見える場所に装備されているものは少ない。

 虚をつくことを前提に作られた武器の数々は、タマキの全身に仕込まれていた。


 やがて、周囲を囲む木々の向こうからこちらへ近づく気配を感じ取った。


「来たか――って、え?」


 タマキは困惑する。

 近づく気配はひとつでない。

 複数人がこちらへ向かってやってくる。


「トア・マクレイグじゃない……?」


 偶然の来訪者か、はたまた狙いを察知したトアによって送り込まれた刺客か。

 とりあえず臨戦態勢を取るタマキの前に現れたのは四人の少女だった。


「!? え、エステル殿? それにクラーラ殿にマフレナ殿……ジャネット殿まで!?」


 顔見知りの少女たち四人が、険しい顔つきでこちらを見つめる。


「……さすがは要塞村の村民。私の狙いに気づいたのか」


 身構えるタマキの前に、代表としてエステルが一歩前に出た。


「タマキ……まさかあなただったなんて」


 困惑したような表情のエステルは、タマキへ問いかける。


「本気なの?」

「本気……?」

 

 本当は戦いたくないが、トアをつけ狙うのであれば容赦はしない――そう言いたいのだろうとタマキは解釈した。その返事は、


「そうです。私は本気です。そのことを、トア殿へ伝えるため呼び出したのです」


 真正面から宣言され、エステルたちは目を見開く。

 しばらく沈黙が続いた後、「ふふ」とエステルは微笑んでこう告げた。


「分かったわ。まずは仮加盟ってことでいい?」

「? か、加盟?」


 訳が分からず、タマキは思わず聞き返した。

 だが、エステルだけでなくクラーラやマフレナ、ジャネットもなんだか納得したようにうんうんと頷いている。タマキは完全に置き去りとなっていた。






 その後、何やらとんでもない行き違いが発生していると感じたタマキは、改めて手紙の内容に従い、トアと鍛錬のため手合わせを願いたいと申し出た。

 エステルたちは最初意味が分からずポカンとしていたが、トアへ恋愛感情があるわけじゃないと分かるとその願い出を引き受けたのである。


 ――当事者であるはずのトアの意見はまったく聞かずに。

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